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「この度は、本当にありがとうございました」
見送りに出てきたエンデンが、商会前で、改めて頭を下げた。
「ああ」
と、言葉少なに答えたグンジだが、懐の暖かさに、僅かに眉が下がっている。
ボスのカムラートは、あれから山賊の根城に運ばれた。運ぶ際には、あまりの巨躯に男十人でも持ち上がらず、見かねたシーリクがボスの下に潜り込み、それでどうにか運ぶような有り様だった。
運び込まれた根城でも、大変な騒ぎになった。見張りは化け物がやって来たのかと勘違いし、英雄たちの凱旋を出迎えようと待ち構えていた女衆は叫び声を上げ、あまりの恐ろしさに下っ端が腰を抜かした。
しかし、そこは山賊の一味ということなのだろう。すぐに気を取り直した女衆はさすがの胆の座り方で、地面にへたり込んでいる下っ端の頭をひっぱたいて、さっさと解体の準備に取り掛かった。ボスに群がった女たちが、見事な包丁捌きで皮を剥いでいく。それでも、すっかりと剥ぎ終えるのに、実に半日を要する大仕事となった。
残りの死体は、急報を受けて、自らクコに跨がって駆け付けたエンデンの指示により、地面に埋められることになった。綺麗に骨を取り出して、それを商会に飾るのだと言う。「素晴らしい商会の目玉が出来ました」と、エンデンはホクホク顔だった。
その夜は、エンデンも交えての再びの宴会となり、遅くまで山賊の騒ぐ声が山に響いていた。
明けて翌日、迎えの荷車で、エンデンと共に街に戻ったグンジたちは、その足で商会に向かい、仕事の報酬を受け取った。色を付けたというエンデンの言葉通り、渡された報酬はずしりと重い。それを懐に入れ、はしゃぐハススを先頭に、商会を出てきて今に至る。
商会の前は、大変な人集りとなっていた。商会の前に飾られた、ボスのカムラートから剥ぎ取った皮が原因である。街道の安全と、商会の力を喧伝するために飾られたそれは、皮だけであっても、見る者に、その威容を堂々と見せつけている。こんな化け物が潜んでいたのかと恐がる者、これを討つなんて英雄だと憧れる者、てんでバラバラに騒いでいる。目端の利く物売りが騒ぎに便乗しようと声を張り上げ、さながら祭りの有り様である。
そんな騒ぐ人々がグンジたちに気がついて、英雄たちの登場にわっと歓声が上がる。送られる声援に、ハススは誇らし気に胸を張り、キンスは暢気に手を振った。
「いいかお前ら、よぉく聞け。こいつが化け物を仕留めた凄腕だ。剣振りで血の華咲かせる、人呼んで、華のグンジとはこいつのことよ」
気を良くしたキンスが、やおらにグンジを押し出して、大音声で名乗り上げる。これに、群衆がさらに沸いた。方々から掛けられる「グンジ」の掛け声に、グンジは仕方なしに手を挙げて応えた。
「なあ、本当にもう行くのか?」
「ああ」
名残惜しくて、ハススは引き留めるが、グンジに残るつもりはない。
あれから、スーズ商会が音頭をとって、本当に祭りになってしまった。グンジはその混乱に乗じて、さっさとその場を逃げ出した。
しばらく街に腰を落ち着けるというキンスとは、そこで別れている。「縁があったら、また会おう」という、至極あっさりとした別れだった。互いに生死の定まらぬ流れ者同士、そんなものである。
街門までグンジについてきたハススは、まだ「もう少しいればいいのに」と、ブツクサ言っている。そんなハススの頭を一つ撫でて、グンジは街門を越えた。
一人、街道を歩いていく。横を荷車が通り過ぎていく。後ろで別れを惜しむハススの声がする。風の吹くまま、次に降り立つ場所に当てはない。屋台のランミーの串焼きにかじりついた。