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 日が昇りきるかどうかという頃、グンジたちは待ち伏せの場所に来ていた。ここまでグンジたちを案内してきた下っ端は、案内が終わると、そそくさと根城へ取って返している。あの太い丸太塀で囲まれた根城なら、門を落としてしまえば、滅多なことは起こらないだろう。

 木に凭れ掛かるようにして立つキンスは、欠伸を噛み殺していた。間近に迫る大一番に、とくに気負いは見せない。

 ハススは、その見かけ通りの身軽さで、木の上に登っている。そこからじっと、山賊たちが追い込みを掛けているはずの方向を見ているのだが、こちらは少し気が入りすぎているようだった。

 グンジも、キンスと同じように木に凭れ掛かりながら、カーミンの実を噛み砕いている。

「しっかし、朝っぱらから元気だねぇ、山賊たちは」

 キンスが独り言のようにぼやいて、また一つ欠伸を噛み殺した。

 キンスが言うように、山中には、山賊が追い込みを掛ける野太い怒鳴り声が響き渡っている。最初は遠くで聞こえていたものが、日が昇るのに合わせるように段々と近くなり、決戦が近いことをグンジたちに報せている。

 そのまま待つこと、暫しの間、

「合図だっ」

というハススの声が、木の上から降ってくる。声に僅かに遅れるようにして、今度はハスス自身が木の上から降ってくる。地面に降り立ったハススは、そのまま地面に伏せるようにして、片耳を地に付けた。

 グンジとキンスは、凭れていた木から体を起こすと、そのまま、一歩二歩と前に出た。ゆっくりと場の空気が張り詰めていく。

 じっと音を聴いていたハススが、ぱっと顔を上げる。

「来るぞっ」

 ハススの叫び声から、遅れること一呼吸。広場の奥の薮ががさりと揺れて、そこから一頭のカムラートが駆け出してきた。続いて二頭三頭と、続々とカムラートが湧き出してくる。

 グンジは、手の中のカーミンの実を、思い切りよく投げつけた。ひょうっと飛んだカーミンの実が、先頭のカムラートの鼻面を強かに打つ。「きゃんっ」と鳴いて、カムラートが揉んどり打つが、群れの勢いは止まらない。

 グンジの後方で、口中でブツブツと唱えていたハススの正面、突き出した両手の先に水が集まった。それが見る間に凍り、氷の礫に変じる。放たれた氷礫がカムラートを打ち据えるが、それでも群れの勢いは止まらない。

 そこにキンスが躍り出た。構えた槍を、裂帛の気合いと共に横に振り抜く。槍に打ち飛ばされたカムラートが、仲間を巻き込んで吹き飛んだ。それでようやく、群れの勢いが衰えた。

 その時には、グンジはすでに剣を抜いていた。キンスの脇を抜けるようにして、カムラートの群れに突っ込んでいく。グンジの後に続くように、同じく両手に短剣を構えたハススが飛び掛かっていく。

 走り込んだ勢いそのままに、グンジは地面から掬い上げるような振り上げでカムラートを斬り飛ばす。グンジはそのまま、返す剣の振り下ろしで、別のカムラートを斬り伏せた。

 ハススは跳び跳ねるように戦っている。一撃必殺とはいかないまでも、確実にカムラートに手傷を負わせていく。その身軽さで攻撃を跳び避けながら、カムラートを抑え込んでいた。

 キンスの戦いぶりは、実に派手だ。右に左に、豪快に槍を振り回し、カムラートを近づけさせない。そうして、キンスの前で思わずたたらを踏んだカムラートは、キンスの鋭い突きの一撃で、その頭を断ち割られた。突きを放ったキンスを隙と見たのか、別のカムラートが背後から飛び掛かるが、戻す槍の石突きで宙に打ち上げられる。

 敵味方入り乱れる乱戦だが、確実にカムラートは討たれていく。後から後から新手のカムラートが湧いてくるが、このままいけば討伐は難しくないだろう。まさにそんな時だった。

 ヤツがのそりと姿を現した。戦場を一睨みして、雄叫びを上げる。あまりの咆哮に、ビリビリと空気が震える。乱戦の真ん中に陣取っていたグンジと目が合った。

 カムラートである。確かにカムラートなのだが、大きさの桁が違った。通常のカムラートの三倍を優に超えているのではないかという巨躯は、大人でも簡単に丸呑みにしてしまいそうな迫力がある。周りに侍るカムラートが、まるで子どもに見えた。

 ゆっくり動き出したかに見えたボスは、瞬きの間に、グンジへ襲い掛かっていた。グンジは迫る爪を咄嗟に剣で受けたが、踏ん張りが効かずに、そのまま吹き飛ばされる。地面を三度転がり、そこから横っ飛びに飛び退いた。寸前までグンジがいたところを、ボスの前足が叩く。地面が爆ぜて、グンジに小石が降り注ぐが、気にしてはいられない。

 地面を叩いて動きを止めたところを、今度はグンジがボスに斬り掛かった。素早い横振りは、しかし、ボスが俊敏に退いて避けてしまう。僅かに剣の先がボスに届いたが、固い毛に阻まれて、傷を負わせることは叶わない。

「グンジ、大丈夫か?」

 横合いから、キンスの声が掛かる。それに

「問題ない」

と答えてから、グンジはボスと睨み合った。

 先の攻防で、生半な剣ではボスには届かないことは分かった。爪の一振でグンジが挽き肉になってしまうのも。

 キンスは流石の安定感で、ボスの巨躯にも動揺せずに、どっしりと構えてカムラートを捌いている。問題はハススだ。ボスの威圧感に当てられたものか、動きが固く、どこか精彩を欠いている。今のところはカムラートと遣り合えているが、一つ間違えれば、一気に押しきられてしまいそうな危うさがあった。ここにきて、経験の差がハススを焦らせる。

 一合二合とボスと斬り結ぶが、互いに決め手を欠いて、再び離れた。その距離、グンジの足で六歩。グンジの間合いの遥か外であり、ボスにとっては刹那の距離だ。ちらりと見たハススは、限界が近いようにグンジには見えた。

 ここが死国の入口と定めたグンジが剣を握り直す。身体の正面に、静かに剣を置いた。漲る覇気が右目に集中し、その白濁が紅く染まる。グンジの気配が変わったのを感じたのか、ボスが身を低くして唸りを上げる。ボスも、次の一撃が生死の崖際であると悟ったようだ。

 グンジには、線が視えていた。ハススに向かう線、キンスに向かう線、カムラートたちに向かう線、ボスに向かう線、そして自身に向かう線。

 ボスがグンジに飛び掛かる。六歩の距離はみるみる潰れ、巨躯がグンジに迫る。世界に走る線がどんどん減っていくが、グンジは微動だにしない。

 ボスの鼻面がグンジの間合いを越える。線は後数本を残すのみだが、グンジはまだ動かない。

 目前まで迫ったボスが、必殺の爪をグンジに振り下ろす。その瞬間、グンジの視る線が一つになった。二頭の獣が一本の死線で結ばれる。グンジの剣が閃いて、死線の上で獣たちは交錯した。

 その一閃を、ハススは見た。キンスも、周りのカムラートたちも見た。喉笛から首の半ばまでを断ち斬られたボスから、パッと血の華が咲く。その巨躯は断末魔も上げずに、どうっと横倒しになった。


 時が止まったような静寂の中で、一頭のカムラートが短く吠えた。それを合図に、敗けを悟ったカムラートたちが散り散りになって逃げていく。ハススはその後を追おうとするが、キンスがそれを止めている。いくらハススが身軽とはいえ、カムラートの足に追いつけるものではない。

 逃げていくカムラートの背を見送りながら、グンジは静かに剣を鞘に収めた。太陽は、すでに高く昇っている。カーミンの実を一つ、口に放り込んだ。

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