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やがて街道は山道へと変わり、そこから少し登ったところから、グンジを乗せた荷車は山道から脇道へと逸れていく。脇道をさらに進んだ先、太い丸太塀で囲まれた集落が姿を現した。現在は対カムラートの前線基地とも言うべき、山賊の根城である。
荷車に気がついたのだろう、塀の上の見張りが根城の中に合図を送る。
上げられた丸太門の下を潜って根城の中に入り、門前の広場に停車した荷車に、山賊の下っ端がわらわらと寄ってきて、積荷を下ろしていく。それを横目で見ながら、グンジは荷車を降りた。キンスとハススもグンジに続く。
広場の先はいくらかの畑になっており、さらにその先に建物が並んでいる。放し飼いにされているランミーが数羽、頭を前後に振りながら歩いている。
グンジが根城の様子を眺めていると、
「頭ー、助っ人の方々、到着しやしぜー」
と、見張りが外に向かって叫んだ。
グンジの振り向いた先、今しがたグンジたちが潜ってきた門から、男が手下を引き連れて根城に戻ってくるところだった。
門を潜り、グンジたちに歩み寄ってくる男は、まさに筋肉の塊のようだ。腕も脚も、どこもかしこもパンパンに膨れ上がり、内側から押された服が、破れそうなほど張り詰めている。自身よりも大きな獲物を担いでいるが、その足取りは些かの乱れもない。
グンジたちの前に立ったその男が、
「よく来てくれた、歓迎するぜ、ついてきな」
と、見た目通りの豪快さで顎をしゃくり、さっさと歩いていく。「こいつを頼む」と担いでいた獲物を無造作に渡された手下が、あまりの重さにふらついて、慌てて他の者に支えられていた。
男に案内されたのは、根城の中でも一際大きい建物の一室だった。中心に丸い座卓が据えられただけの殺風景な部屋で、その座卓の奥側に、男がどかりと胡座をかく。顎をしゃくって座るよう指図する男に従って、グンジたちも座卓の前に腰を着いた。相変わらずの片膝立ての胡座をかいたキンスが男の正面、その左右にグンジとハススが胡座をかく。開け放たれたままの部屋の入口から、手空きの山賊たちが覗き込んでいる。
「おいコン、地図持ってこい」
男に名を呼ばれた寄り目の小僧が、
「へい、頭」
と言って、駆けて行った。
グンジたちに向き直った男が、おもむろに口を開く。
「俺が頭のシーリクだ」
シーリクの名乗りに続いて、グンジたちも名乗りを上げる。
「キンスだ」
「俺はハスス」
「グンジという」
グンジの名前に、山賊たちがざわりと揺れた。
「へぇ……エンデンの旦那が相当な腕っぴきを引き込んだと吹いちゃいたんで、いってぇどんな野郎がやって来るのかと思っちゃいたが。なるほど、お前さんなら不足はない。あのグンジが味方に付くんなら百人力だ」
シーリクが言うあのが、どれを指しているのかは、やはりグンジには分からない。
互いの自己紹介が終わったところで、丁度よく寄り目のコンが、丸めた地図を抱えて部屋に駆け込んでくる。地図を受け取ったシーリクは、コンの頭を、その太い腕で乱暴にグリグリと撫で回してから、地図を座卓の上に広げた。
「さっそくだが、仕事の話だ」
シーリクはグンジたちを一度見回してから地図に目を落とし、その地図の一部を人差し指で丸く囲む。
「くそったれのカムラートどもがいやがるのは、恐らくこの辺りだ」
次に、先ほどの丸の外側をすうっと指でなぞった。
「俺たちはこう囲んで追い込みを掛ける。助っ人の兄さんたちには、ここに陣取ってもらいてぇ」
シーリクが地図の一点を指し示す。
「ここだけぽっかりと広場みてぇになっている。カムラートどもを叩っ斬るにはお誂え向きだ」
「広さはどれくらいだ?」
キンスの問いに、
「なに、兄さん方が得物振り回して暴れるには十分な広さがある」
と、シーリクは答える。
続いてグンジが、
「群れの規模は今どれくらいだ?」
と問うが、
「正確なところは分からねぇが」
と前置きしてから、
「三十から四十ってところだろうと見ている」
と、シーリクは告げた。
「三十から四十……」
ハススが息を飲む。想像していた以上の多さだったのだろう。だが、グンジとキンスは、それを聞いても表情一つ動かさない。
「ほう、さすがに肝の座り方がちげぇな」
感心したように、シーリクが洩らした。
「ボスさえ斬ってしまえばそれまでだ」
「グンジの言う通りだ。しょせんは獣、ボスさえ殺っちまえば後はバラバラ、どうとでもならぁ」
「俺たちも同じ見立てだ。そう、ボスさえ殺っちまえばいい。ただ問題は、そのボスを殺れるのかだが……」
シーリクは顎を一撫でする。
「手下が言うには、化けもんみたいなデカさのカムラートらしい。最初は、手練れを集めるだけ集めて囲んじまおうって算段で、エンデンの旦那と話を進めてたんだ。そこに突然現れたのが、グンジ、お前さんだ。どうだ、化けもんカムラート、兄さん方は斬れるか?」
「それが仕事だ。問題ない」
グンジは事も無げに答える。
ハススは未だに固まったままだが、
「なぁに、カムラートごときに遅れは取らんよ。なぁ兄弟」
と、キンスに水を向けられると、
「あっ、当たり前だっ」
と強がるのだった。
「よっしゃ、話は決まりだ。今夜は豪勢にするから、たらふく食ってくれ。明日は夜明けからカムラート狩りだ」
シーリクが上げた声に、途端にハススの目が輝きだす。
「なぁなぁ、さっきのヤツも食えるのか?」
ハススが言うさっきのヤツとは、シーリクが担いでいたピリムのことである。
「もちろんだ。好きなだけ食え。今時期のピリムは旨いぞ」
「うぉー」
無邪気にはしゃぐハススだが、
「後悔しねぇようにな。最後の晩餐かもしれんからな」
と続いたシーリクの言葉に、顔を引き攣らせた。そんなハススを見て、キンスは笑っている。
赤く色づいた夕日が地の底へ沈んでしまうには、まだ幾分か余裕がある。それでも、根城の広場で煌々と燃える篝火は、かなり明るく感じる。木を組んで、勢いよく燃えている篝火は、火の高さが子どもの頭を越えているのではないか。
近づくとかなりの熱のため、グンジは少し離れたところから、丸太を椅子代わりにしながらそれを見ていた。隣には、キンスが同じく避難してきている。周りでは山賊たちが三々五々、飲み食いしており、料理が一段落した女たちも、それに加わっていた。その間を、用事を言いつけられたらしい下っ端が走っていく。
ハススは、まだピリムの肉の前に陣取っているようだった。どうやら今夜の獲物をピリム一筋に定めたらしく、突き立てられたナイフで肉を削いでは、まさしく一心不乱に食っている。面白がった山賊たちが、ハススの周りで煽り立てる声が賑やかだ。
手に持つジョッキからキーリウを飲み、キンスが静かに口を開く。
「なあ、頭の前ではああ言ったが、実際のところ、どう思う?」
話題は、明日のカムラート討伐である。
「頭に言ったことに嘘はない」
グンジは片手に持った皿の中で、ピリム肉の上に刻んだモイソの葉を乗せる。
「しかし、四十は侮れない数なのも確かだ」
そのまま、モイソの葉を巻き込むように、肉を巻いていく。
「ああ、俺もお前さんと同じ思いだ。やはり、いかに早くボスを討てるかが肝になるな」
「そうだな。後から後から引っ切り無しに襲われたんでは面倒だ」
筒のようになったそれを、グンジは口に放り込んだ。筋肉質なピリムは噛めば噛むほど味が出る。
「俺やお前さんなら遅れを取ることもなかろうが……ハススはなぁ」
キンスがちらりとハススを見た。ハススはピリムと格闘中だ。
「それなりに腕は立つようだが、さすがに荷が勝つだろう」
濃いピリムの旨味に、モイソの辛味が華を添える。
「それで肝心のボスだが……グンジ、任されてくれるか?」
「問題ない。俺としても、お前ほどの腕利きが脇を固めてくれるなら心強い」
キーリウで口中を洗い流し、グンジは次の肉に取り掛かる。
「ところでお前さん、さっきっから、えらく旨そうなもん食ってんな」
キンスが覗き込んだグンジの手元には、皿の中にピリムとモイソが山を作っていた。
「どうだい、一つ俺にくれないかい?」
と、キンスはねだるのだが、
「食いたいなら、自分で取ってこい」
と、グンジはにべもない。