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 朝日が登っていくらか経った頃、グンジは街門にやって来ていた。疎らに立つ人の中にエンデンの姿を認めて、そちらに近づく。歩き寄るグンジに気付いたらしいエンデンの顔には、あの人好きのする笑顔が浮かんでいる。

「おはようございます、グンジ様」

挨拶を寄越すエンデンに、「ああ」とだけ返したグンジが、

「待たせたか?」

と尋ねると、

「いえ、こちらも間もなく用意が整うところでして」

と、グンジの背後に目を遣りながら、エンデンが答える。

 グンジが振り向くと、クコに牽かれた二台の荷車が近づいてきていた。一台の荷車には樽や麻袋が満載になっている。きっと、山賊のところへ届ける物資なのだろう。そしてもう一台には、二人の人間が乗っていた。

 やがてグンジたちの前に停車した荷車の車上から、

「お前さんが助っ人かい?」

と、一人が声を掛けてくる。それに、

「ああ、そうだ」

と答えて、グンジは荷車に乗り込んだ。

 クコに跨がるそれぞれの御者に、「頼むぞ」と声をかけていたエンデンが、グンジたちの下に戻ってきた。車上の三人を見上げて、やおら表情を真剣なものに変えたエンデンは、

「良い報告をお待ちしています」

と、深く頭を下げるのだった。


 御者がクコの首を軽く叩くと、クコが、その太い二本足を力強く前に踏み出す。トストスと、三本指で地面を掴んだクコが歩き出すと、それに牽かれた荷車がガタリと揺れた。

 エンデンに見送られて、ガラガラと荷車が街門を越えていく。空は良く晴れている。


 動き出した車上、最初に口火を切ったのは、先ほど話し掛けてきた男だ。

「まずは自己紹介といこう。俺はキンス、よろしく頼む」

差し出された手を握り、グンジが返す。

「グンジだ」

 片膝を立てて胡座をかくその姿勢からでも、かなり大柄なことが分かる。全身を鱗で覆われているので年の頃はよく分からないが、低く落ち着いた声は、相応の時間を重ねた者のそれだった。得物であろう槍は使い込まれていて、歴戦の強者然としている。

 そのキンスの縦割れた目が、グンジの名を聞き、その右目を見て、面白そうに細められた。

「俺はハスス」

 次に名乗りを挙げた男は、キンスとは対称的に、まだ若い。少年と言っても差し支えないような幼さの残る顔の横、尖った長い耳が、好奇心を表すようにヒクヒクと動いている。腰に帯びている二振りの短剣も傷は少ないが、この仕事に加えられているということは、それなりの腕なのだろう。

「しかし……昨日突然、助っ人が見つかったから予定を早めると言われたときは面食らったが。なるほど、お前さんなら納得だ」

 キンスの言葉に、ハススが目をしばたたかせる。

「何だ?有名なヤツなのか?」

「おう、どうやら駆け出しの小僧は知らないとみえる」

「もう小僧じゃないっ」

むっとしてハススは言い返しているが、相手をするキンスは笑っている。グンジは皮袋を取り出して、中のカーミンの実を口にする。

「分かった分かった、悪かった。そうさ、お前はもう小僧じゃない。一端の男だ。なぁ兄弟」

キンスが無遠慮に肩を叩くのを、ハススは嫌そうに振り払った。グンジがカーミンの実を噛み砕くと、香ばしさの後に、独特の苦味が口中に広がる。この苦味を苦手とする者も多いが、グンジに言わせれば、この苦味こそが癖になる。

「それでこっちの御仁だが、潰しのグンジといやぁ、ちょいと名の知れた腕利きだ」

「へー」

二人の視線がグンジに向く。グンジは僅かに視線を逸らした。

「腕に覚えはあるが……他人が俺をどう呼んでいるのかは知らん」

グンジが次を口の中に放り込む。

「潰しの二つ名とは、何だか凄そうだな」

目を輝かせるハススに、

「敵に回ったヤツを、その家ごと叩っ斬って潰しちまったって、そりゃあ有名だ」

と、キンスが語って聞かせる。

「ずいぶんな大立ち回りだったって聞いてるぜ?」

面白がるように、キンスがグンジに話を振るが、

「まあ、そんなこともあったな」

と言うのみで、それ以上は語ろうとしない。あの件に関しては、グンジにとっても全くの予想外であった。お陰で、半ば逃げ出すように去ったことで、謝礼も満足に受け取れなかったのだが、それがまた美談のごとく語られていると聞いた時は、いっそ名を変えるべきかと悩んだほどである。グンジの眉間に皺が寄ったのは、カーミンの実の苦さばかりのせいではない。

 しかし、黙して語らずのグンジの態度は、ハススの琴線には触れたらしく、

「格好いいな、俺も付かねぇかなぁ、二つ名」

と、はしゃいでいる。

 ハススは放っておいて、グンジは街道に目を向けた。

「ずいぶんと少ないな」

「ん?……ああ、確かに少ない」

グンジの視線を追って街道に目を向けたキンスは、グンジの言わんとするところが分かったらしい。

 今進んでいる街道は、クコ車が二台、悠々と並べられるほど道幅が広いが、グンジ一行の他には僅かに三台が見えるだけである。

「いつもこうなのか?」

 グンジは問うが、

「いや、俺も流れ者だからなぁ」

と、キンスもはっきりしない。

「いや、本当はもっと多いんだよ」

ただ、ハススだけは表情を固くした。

「俺はこの街の生まれなんだ。だからよく知ってる。少し前までは、もっと荷車だって来てたんだ。俺も荷下ろし手伝ったりもしてたんだよ、金払いも悪くなかったからさ。それがカムラートのせいでさっぱりさ」

 たかがカムラート、されどカムラートといったところか。グンジがエンデンから感じたように、状況は、思いの外逼迫してきているのかもしれない。何か思うところがあるのか、誰も口を開かない。グンジがカーミンの実を噛み砕く音だけが後方へと流れていく。

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