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 明け鳥の鳴き声もすっかり消え失せて、太陽が高く登った頃、グンジは大通りを歩いていた。

 宿を出る際、宿屋のオヤジにスーズ商会の場所を尋ねたところ、「その辺の通りで訊けば、誰でも知ってらぁ」とにべもなかった。仕方なく、適当な通行人を掴まえて場所を尋ねたが、なるほど、オヤジの言は正しかったらしく、「スーズ商会ならあっちだ」と、迷う素振りもなく指を指す。それに従って歩いていけば、やがて一本の大通りに行き当たった。

 街の活気をそのまま映すように、大通りには多くの人が行き交っている。その大通りを、人の流れに乗って歩いていくと、右手に一際立派な看板が見えた。真鍮の瀟洒な看板に刻まれているのは、「スーズ商会」の商会名だ。その下の開け放たれた入口からは、引っ切り無しに人が出入りしている。


 グンジが入口から入る時、ちょうど出てくる者と擦れ違った。グンジの姿をチラリと見て、怪訝そうに首を傾げる。確かに、膝まであるマントですっぽりと全身を包んでいるグンジは、商会員や取引相手には見えないだろう。首を傾げはしたが、忙しいのか、そのままそそくさと出て行った。

 中に入ったグンジには、やはり怪訝な視線が向けられる。皆が仕立てのしっかりとした服装の中で、グンジはひどく目立った。戸惑ったように、おずおずと一人の男が近寄ってくる。

「あの、私どもの商会に、何か御用でしょうか?」

「突然押し掛けて済まない、グンジという。酒場の店主の口利きで、仕事の話を聞きに来た」

グンジの名前を聞き、納得したようで、途端に表情が和らいだ。

「グンジ様ですね、お話は伺っております。すぐに商会長が参りますので、どうぞ奥でお待ちください」

「商会長が?」

 今度はグンジが面食らう番だった。駆け出しの商会ではあるまいに、スーズ商会は、大通りに立派な店舗を構える大店である。てっきり、会うのはそこまで上役の人間ではないだろうと思っていた。まさか商会長自らが会うとは考えてもいない。

 戸惑うグンジをそのままに、男は別の商会員にグンジの案内を引き継ぐと、足早に商会の奥へと消えていった。きっと、商会長を呼びに行ったのだろう。


「こちらでございます」

 案内されたのは、応接室だった。但し、普通の応接室ではない。置かれた家具や並べられた調度品は、グンジの目から見ても一目で高級品と分かるもので、かなり上等な部類の部屋に案内されたことは一目瞭然である。

「すぐにお飲み物をお持ちします」

そう言って、商会員は部屋を出ていく。

 一人残されたグンジは、改めて部屋を見回した。やはりどれをとっても一級品で、もし傷でも付けようものなら、とても弁償できる物ではない。僅かに逡巡した後、腰の剣だけを外して、グンジはソファに浅く腰掛けた。外した剣は、自らの左側に静かに立て掛ける。

 グンジが腰を落ち着けたところで扉がノックされ、先ほどの商会員が、盆にカップと菓子を盛った小皿を載せて戻ってくる。それらをグンジの前に並べると、

「今暫くお待ちください」

丁寧に一礼すると、去っていく。

 カップを静かに持ち上げると、若木の香りがふわりと漂う。一口含むと、思いの外強い酸味に些か驚くが、すぐに甘味に取って変わり、最後に仄かな渋味が舌に残った。

 簡単な荒仕事だと思っていた。どこかのゴロツキや野獣をひっぱたいて終わりというような、そんな単純な仕事だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 小皿に盛られた菓子を一つ手に取る。上品ではあるが、何の変哲もない焼き菓子である。口に入れると、そのままホロリと解けた。噛んだ感触が殆どしない。控え目な甘さの割に、確りとしたコクがある。

 これだけの大店の商会長が出張ってくるとなると、話が大きく違ってくる。ひしひしと面倒事の予感がするが、まさかここまで来て逃げ出すわけにもいかない。

 再びカップを傾ける。口に残るコクのお陰で酸味がまろやかになり、一口目とは風味が変わる。

 取り敢えずは、話を聞いてみなければ何も始まらない。グンジは静かに待っていた。


 さほど待たされることもなく、その男はやって来た。

「どうも、お待たせしてしまって申し訳ありません。私が当商会で商会長を務めさせて頂いております、エンデンと申します」

 年の頃は、まだ四十を過ぎたばかりといったところか。中背のグンジと目線は同じくらいだが、横幅は貫禄があり、その為、実際よりも大きく見える。

「グンジだ。よろしく頼む」

 いかにも商人らしい、人好きのする柔和な顔で差し出されたエンデンの手を握ると、その厚い手は、力強くグンジの手を握り返してくる。

 二人が腰を落ち着けると、新たな飲み物が用意された。

「お噂はかねがね聞き及んでおります。大変な腕をお持ちだとか」

飲み物で口を湿らせてから滑らかに話し出したエンデンの言う噂が、一体、どの噂を指しているのかは、グンジには分からない。

「ぜひその腕を見込んでお願いしたいのは、カムラート退治です」

 カムラートと言えば、然して珍しくもない四つ足の獣である。大人の胸ほどの高さがあり、その、前面にせりだした口にずらりと並ぶ牙と鋭い爪は、容易に人間を害する。常に群れで狩りをすることもあり、襲われて命を落とす者も少なくない。確かに、一般の者からすれば脅威であろうが、スーズ商会が出張ってくるほどの問題かと言えば、それは疑問だ。

「あれは花が芽吹く少し前のことでございます」

 エンデンの視線が、過去を見るように宙を向く。グンジは菓子を一つ口にする。

「当商会の荷車がカムラートに襲われまして、命からがら逃げ帰ってまいりました。幸い怪我人が出た程度で済んだのですが、積荷がいくらかやられまして。もちろんすぐに討伐の者を向かわせました。街道の安全は、我らの死活問題ですから。しかしこれが、なかなか思うようにいきませんで。ここらを仕切っている山賊とも協力して事に当たっていますが、罠を仕掛けても見向きもされず、群れを追えば、散々追いかけさせられたところをあべこべに襲われる有り様でして。ほとほと手を焼いている次第です」

困った困ったと言うエンデンには、まだ余裕が見える。

 山は山賊の領分である。その山賊が追って捉えきれないとは、これは尋常なカムラートではない。グンジは飲み物で口中の粉っぽさを洗い流す。

「群れのボスが代わったか?」

グンジの独り言のような問いに、

「私どもも同じように考えています」

と、エンデンが受ける。

「山賊の頭が言うには、見たことがない程大きい足跡が残されていたそうです。身の丈を超えるカムラートを見たという者もおります」

「それがボスだと?」

「恐らくは」

そこで一度、エンデンは会話を切った。

「それで、これからどうする?」

「案はございます」

エンデンがグンジの目を見て言う。

「総力を挙げて、カムラートの群れを逃がさないように追い込みます。そこを精鋭でもって討伐しようかと。グンジ様にはぜひ、精鋭部隊のほうに加わって頂きたく」

「ふむ……」

 要は、強力な個体を正面から斬り伏せようというのである。面倒なことは何もなく、斬って捨てればそれで終いとは、確かに、グンジ向きの手っ取り早い荒仕事だ。グンジは再び菓子に手を伸ばす。

「もし断った場合は、どうするつもりだ?」

「現在、別のお二方には了承を頂いております。本来は、もう暫く時をかけて人を集めるつもりでございました。今日明日にどうこう、という話でもないですし。しかし、グンジ様が加わって頂けるならば話は別です。すぐにでも山賊に渡りを付けて、明日にでも動ければと」

 グンジは束の間、目を閉じた。口中で菓子が解ける。目を開いた時には、思いは定まった。

「わかった。この仕事、受けよう」

「そう……ですか。ありがとうございます。いや、本当に助かりました」

 エンデンが、思わず、といったふうに、詰めていた息を小さく吐き出した。終始、どこか余裕を感じさせるように振る舞っていたが、実態は違っていたのかもしれない。

「それでは、さっそく明日、向かって頂きたいのですが」

「ああ、構わない」

 そうして、明日の簡単な打ち合わせをして話は終わった。肝心のカムラートについては、詳しい話は山賊に訊くことになった。カップを干して、グンジは席を立つ。小皿には菓子が残っている。

「もし失礼でなければ、包みましょうか?」

エンデンの言葉に、

「それには及ばない」

と断ったグンジは、自分の皮袋に菓子を入れた。

「よろしければ、こちらもどうぞ」

そう言って、エンデンは自身の前の小皿を差し出す。

「それでは、遠慮なく」

グンジはそれも皮袋に入れた。

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