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酒場の厚い木の扉を押し開いて中に入ると、途端に雑多な料理とアルコールの匂いに包まれた。テーブルの間を縫うようにそのまま奥に進んで、空いているカウンターの背の高い椅子に、半ば凭れるように腰掛ける。
店内を見回すが、美人の店員は人気らしくて、あちこちから声が掛かっていて、掴まえる隙がない。仕方なく、そのまま視線を回していくと、カウンターの向こうの無愛想な男と目が合った。
「キーリウと……何か適当に頼む」
グンジの注文に、店主は「おう」と、無愛想に返す。
壁際に置いてある樽から、木のジョッキにぞんざいに注ぐと、それをカウンター越しに、ドンッとグンジの前に置いた。
「料理はちょっと待ってな」
やはり無愛想にそれだけ言うと、店主はキッチンに引っ込んでいく。
ジョッキを傾けると、グンジの渇いた喉を生ぬるいキーリウが滑り降りた。喉をチリチリと、弱い泡が刺激する。喉から食道、胃へ流れたキーリウに、空きっ腹の底が熱くなる。半分ほどを飲み干したところで、グンジはジョッキを戻した。ゆっくり吐き出した息は、コンリの甘い匂いがした。
ほどなく、木の深皿とパンを一つ両手に持って、店主が戻ってくる。
「お待ち」
相変わらずの無愛想な声でそれをグンジの前に置くと、店主はグンジをじろりと見た。
「見ない顔だな」
店主の問いに、
「ああ、この街にはさっき着いたばかりだ」
そう答えて、グンジはパンを手に取った。それを適当にちぎって、大きい腸詰めが顔を覗かせているシチューに放り込んでいく。
「グンジという。仕事を探している」
グンジの名前を聞き、その顔の白く濁る右目を見た店主の片眉が、ピクリと上がる。
「ほう、お前さん、噂に聞く早手のグンジかい」
「そう……呼ばれることもある」
小さく顔を顰めるグンジを、店主は面白そうに眺めた。
「それで仕事だが、何かあるか?」
スプーンの先の爪に腸詰めを刺し、それを噛み切りながら、改めて訊き直す。歯を押し返す皮の破れたはしから、どっと肉汁が口中に広がった。
「仕事ねぇ。お前さんが噂通りの腕っぴきなら、いくつか話せることもあるが……。お前さん、何か希みはあるかい?」
「この街に長居する気はない。手っ取り早く済む仕事だとありがたい」
脂っぽくなった舌を、キーリウを飲んで洗い流す。
「そういうことなら、そうだな……」
顎を撫でた店主の視線が、束の間、虚空を彷徨った。
「そうだ、お前さんにぴったりの仕事があるぜ」
グンジに戻ってきた店主の顔が、にやりと笑う。
そこに、例の美人店員からの注文の声が割り込んだ。「はいよ」と怒鳴り返して、店主はキッチンに引っ込んでいく。グンジに背中越しに振り返って、
「明日、大通りのスーズ商会に行ってみな、話は通しておくからよ。きっとお前さん向きのヤマだぜ」
それだけを告げて、完全にキッチンに引っ込んでしまった。なにやらガチャガチャと作業音がする。
シチューを目一杯吸い込んで、とろりとふやけたパンをスプーンで掬う。濃厚な乳の風味の向こうに、小麦の微かな甘味がした。