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翌日、洋輔は二日酔いの頭を抱えながら出勤した。
「おはようございます…」
「東海林、どうした?」
「ちょっと…二日酔いで」
「珍しいなぁ。お前全然俺らとも呑みに行かないのに」
「あ…まぁ…」
「合コン?」
「いえ…あの……暴対の灰島さんと」
グイグイ話しかける先輩に対し、洋輔は素直に答えると先輩は青い顔をしていた。そして近くでガタッと誰かが立ち上がる音がした。音のなった方に目を向ければ、いつも冷静沈着な一課の課長、長興 崇文が妙に焦った表情で洋輔を見ている。
「え…っと……な、何かマズかった、ですか?」
洋輔はバツが悪そうに自分のデスクに座ろうとするが、速足で崇文が洋輔に近づき洋輔に詰め寄る。
「暴対の灰島と、メシ食っただけか?」
「は、ひゃい! 居酒屋でメシを食っただけです!」
「本当に何もないか⁉」
「何かって…何ですか⁉」
崇文から妙にピリついたオーラが放たれて洋輔は固まってしまう。
(課長のオーラ…な、なんだこの身に覚えがある空気……あ)
洋輔は先月のαの被疑者の取り調べを思い出した。被疑者は自分の番のΩのことを話す際に嫉妬と憎悪を放出してえらいことになってしまった。その時の被疑者と同じオーラを今崇文に向けられていたのだった。
「か、課長! 本当に何もないです! 俺は帰って寝たかったのに灰島さんから連行されて奢らされたんですって! お開きした瞬間直帰しました!」
「本当の本当だな⁉」
「だ、大体! 課長はもう奥様もいらっしゃるじゃないですか!」
洋輔はこの恐怖から解き放たれたくて思わず叫んでしまった。すると崇文は何かに気が付いたようにオーラを消して、洋輔から離れた。事情を知ってるであろうその場にいた署員は「あーあ」とため息を漏らす。
「悪い……東海林、仕事に支障が出る量の酒量は感心しないぞ」
「あ…申し訳ないです……」
そう言って崇文は部屋を出て行った。洋輔は呆然としたまま席に着く。
(こ、怖かったぁ……確かに灰島さんはΩで俺はαだけど、灰島さんはヒートも無いって言ってた)
「俺だって、Ωなら誰でもいいわけじゃないっての」
本音が不意にこぼれると隣にいた先輩刑事が思い切り笑った。
「言うねぇ東海林も」
「え?」
言葉が出たことの自覚がない洋輔は不思議そうに先輩を見る。
「確かに俺も、あれが自分の番だったら嫌だなー。常に命がけって感じだし、一緒にいても心休まりそうにねぇっつーか……やっぱ総務の上条ちゃんくらいフワフワ女子がいいよなぁ」
(上条…あ、昨日取り調べの記録係してくれた)
「あ! しまったぁ! 先輩ありがとうございます!」
洋輔は大事なことを忘れていた。昨日の相模 カナタの取り調べの際、アカネだけでなく夜勤終わりの総務課のΩ女性、上条 光莉にも頭を下げ記録係を頼んでいた。しかし緊急逮捕等々の処理に追われ、上条 光莉へお礼も何も言ってない。真面目な洋輔は立ち上がってすぐに総務部のいる署の一階フロアへ駆けていった。