5
取調室付近は慌ただしくなり、連絡を受けた殺人事件の捜査本部の刑事が続々とやってくる。取り押さえていた洋輔は息が限界を超えてしまい他の一課にバトンタッチすると一目散に取調室から逃げていった。
その背中を見送ったのは、洋輔の直属の上司である刑事部・捜査一課の課長、長興 崇文だった。崇文はすぐに取調室に入ると、β性の刑事に的確に指示を出す。
「隔離独居房に連れていけ。Ωの被疑者が興奮状態で危険な状態だと病院に連絡。フェロモンに当てられた者は急ぎ救護室で抑制剤を使用し待機しろ」
崇文はα性だが、緊急逮捕の報を聞いてすぐに即効性の抑制剤を服用していたのであろう、恐ろしいほどに冷静だった。容疑者を連れ出す場面を見送ると、椅子に座ったままのアカネの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「お前が睨んだ通りだったな、助かった」
「田中は青井のオヤジと懇意だったからな。息子が仕切りだせばナメた態度とるのは当然だろ。ヤクザと警察ナメたら命ねぇってのに、馬鹿だよなぁ」
そう言ってアカネは大きなあくびをしながら椅子から立ち上がった。崇文には一切目を合わせず、記録係の女性署員に近づくと、彼女の頭をポンポンと優しく叩いた。
「怖がらせちまって悪いな。お疲れさん」
「い、いえ…職務です、から」
「君、新人でしょ? ここの署もΩ少ないから大変だと思うけど、ほどほどに頑張ろうな」
アカネに笑顔を向けられた彼女は顔を真っ赤にして「はい…」と弱々しく返すしかできなかった。
(あーあ、あの子もアイツに魅せられちゃったねぇ……張り込み続きで髪もアブラでべっとべとだし、髭もうっすら生えて、何日も風呂に入ってねぇのに…爽やか王子に見えちゃうんだよなぁ)
「長興ぃ、俺マジ眠ぃからあとの処理よろしくー。逮捕したのは俺じゃなくてお前が寄越した一課のボウズなー」
「は? アカネ、お前当事者だろうが」
「うっせーなー、もう4日帰ってねぇんだよバーカ」
アカネはそう言うと取調室をあとにした。残された崇文は大きな溜息を吐いた。