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翌日、帝光ホテルベイサイドの34階のスイートルームで死体が発見された。その日の16時、繁華街の路地裏で銃殺された2人の男の死体が発見された。
午前1時、死体発見現場から少し離れた飲み屋が並ぶ商店街で銃の発砲事件が起こる。女性が一人流れ弾に当たり重症で病院に運ばれる。
一般人を巻き込んだヤクザの抗争、朝のニュースはそれを大々的に取り上げた。
「うっわー…俺、光莉ちゃんと夕飯この辺にしようかって話してたけど、止めててよかったー」
「何で?」
「光莉ちゃんが明日は朝早いって聞いたから、市内の方が早く帰れるしいいじゃん」
「え……お前もう4ヵ月も経っててラブホ行くって発想ねぇの?」
「お兄ちゃん!」
昨夜も遅くに帰ってきたアカネは洸哉が用意したトーストをかじりながらだるそうにニュースを見ていた。そしてアカネに言われたことで顔を赤くし怒る洸哉も自分の分のトーストとハムエッグを持って食卓に着く。
「お兄ちゃんが病気で番が出来ないのは知ってるけど、貞操観念ってものはちゃんと持って欲しいよ。αがΩに番うって、そのΩの人生を自分のものにしちゃうってことでしょ? 俺は光莉ちゃんと結婚したいと思ってるけど、まだ俺は学生だし、光莉ちゃんをちゃんと養うことができない立場だから…司法試験に受かって、弁護士になってちゃんとお金を稼ぐようになれるまでは迂闊にそういうことはしないの」
「真面目か」
「真面目です」
喋りながらも洸哉はしっかりと朝食を食べて、アカネより先に席を立った。アカネはぬるくなったコーヒーを啜る。
「お兄ちゃん、今日も遅いの?」
「んー、多分な」
「それ絶対遅いね。夜食は作って冷蔵庫に入れとくからね」
食器を洗いながら洸哉はアカネに言う。アカネはテレビから目を離して、あと一口分のトーストを口に入れる。
「ここで速報が入りました。銃撃事件の被害に遭った女性の死亡が確認され、警視庁は抗争していた暴力団への容疑を殺人に切り替えるとの発表です。昨夜未明にA区で発生した複数の暴力団員による発砲事件、重症で搬送された女性が先ほど死亡し、警視庁は暴力団への容疑を殺人に切り替えると発表しました。それでは現場から中継です」
テレビから突如流れた速報、アナウンサーが言葉で伝え終わると画面は物々しい事件現場が映った。そしてテーブルに置いてたアカネのスマートフォンも振動した。画面には熊井からの着信と映っている。
「おはようございます。乗り込みますか?」
「話が早すぎるし、ウキウキするな」
熊井にはお見通しだった。
「俺たちはA区の六道会本部だ。本庁の暴対が既に動いてるからお前は直接向かってくれ。俺たちも今から向かう」
「ういーっす」
「言っとくが、何があっても発砲禁止だからな」
「話が通ってんなら大丈夫っしょ。下っ端なら素手でいけるし」
あまりに物騒なアカネのやりとりに洸哉は開いた口が塞がらない。
(お兄ちゃん、警察官の言葉じゃないよそれ…)
アカネは食べた終えた皿をシンクまで持っていき、すぐにソファに置いてあったワイシャツとスラックスに着替える。洸哉はカーテンレールに掛けていたスーツジャケットを取り、ハンガーから外してアカネに渡す。
「暴対って大変だね」
「ヤクザとやり合う部署なんか希望者いねぇからな。あとヤクザ顔の捜査員も絶滅危惧種だし」
「あー…」
(お兄ちゃんも、普通にしてれば俳優さんとかアイドルみたいなんだけど、どこかヤカラ臭がするんだよなぁ)
洸哉は納得してしまう。
アカネは財布とスマートフォンだけを持つと「じゃあな」と言って家を出た。アカネが脱ぎ散らかした寝巻きのシャツとジャージを拾って洸哉はアカネが出て行ったドアを見つめた。