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 洋輔がアカネと初めて喋ったのは新緑の季節、それからジメジメとした梅雨の季節、うんざりするほどの太陽が照る夏と残暑を過ぎ、紅葉にはまだ早いくらいの肌寒い秋になった。

 羽根山署はあの青井興業の若頭一派逮捕と田中 ツカサ殺人事件からは大きな事件はなく、ぼちぼちと平穏な日々を送っていた。

 洋輔は日々の業務やちょっとした事件に駆り出されて目まぐるしく動く。

 洸哉は夏に司法試験を受け、合否を待ちながら将来に向けて勉強の日々を過ごしている。そして梅雨の時期に、意中の女性、上条 光莉に告白し晴れて恋人同士となり、順調に愛を育んでいる。

 アカネたち暴対は青井 凌雅の逮捕によって起こってしまう小競り合い等々の後始末に追われている。


 この日、アカネは留置場にいた。拘留中の被告人との面会のためだった。

 面会室に通されて10分ほど待つとアクリル板越しの部屋のドアが開き、刑務官に連れられた被告人が現れた。青井 凌雅であった。逮捕されてからおおよそ4ヵ月、髪は伸び髭も薄く生え、清潔感あるエリートヤクザの面影が薄れている。顔を上げてアカネの顔を見て驚いた表情をした。


「灰島さん…」

「よぉ、座れや」


 アカネにそう言われて凌雅は恐る恐る椅子に座り、アカネと対面する。


「久しぶりだな。塀の中はどうだ?」

「健康的な生活を送れてますよ。酒も出ない、飯の時間も決まってる…仕事に追われることもない」

「いいご身分だな」

「灰島さんは? 相変わらず忙しいんでしょうね」

「うるせー」


 アカネは以前と変わらない調子で凌雅と和やかに話し始める。


「ねぇ、灰島さん。町はどう?」

「警察にそれ訊くか? 嫌味か?」

「ごめんごめん。そうだよな…灰島さんや熊井さんがいるんだ…」


 安心したように凌雅は笑う。アカネは凌雅の横にいる刑務官に目をやって「これは許可をもらってる」とクギを刺すように言う。刑務官は「了解しました」と返す。それを聞くとアカネはポケットから雑に白い封筒を出し、中の紙を広げて凌雅に見せた。


「……オヤジが書いた」

「…………っ」


 凌雅は俯いて涙を流す。アカネが持ってきたのは、青井興業組長、つまり凌雅の父が直筆で書いた青井興業の解散届だった。


「釈放された下のモンは支援施設の紹介でカタギの仕事についてる。生活基盤も徐々に作っていってる、心配するな。オヤジも警察管轄の病院に入ってきちんと治療は継続してる」

「灰島さん、何から何まで…ありがとうございます」


 凌雅は深々と頭を下げた。アカネは「いいから顔上げろバーカ」と笑い解散届を懐に仕舞った。そして今度は笑みを消して真剣な声になる。


「ところで相模 カナタってのは、本当にお前のコレだったのか?」


 アカネは凌雅に乗り出して右手の小指を立てた。凌雅はそれを見て軽く横に首を振る。


「相模は、ウチのシマにある田中が経営してたΩの接待クラブのキャストの一人で、どうやら田中に囲われていると聞き、田中を失脚させる為に交渉してただけです」


 凌雅はしっかりとアカネの目を見て答えた。


「だよな」

「こんなヤクザの言うこと信じてくれるの、灰島さんと熊井さんだけですよ」


 凌雅は呆れたように笑う。するとアカネは凌雅の頭を撫でるように、アクリル板に手をやった。


「青井のオヤジ、お前に謝ってたぜ。息子でαで、もっと違う将来があったのかもしれねーのに、極道なんてクソみてぇな道を歩かせちまったって…もう、お前はカタギだ、18から末端組織の幹部やらされて死ぬほど苦労したんだから、もう一度死ぬほど苦労して幸せになれよって」

「………そんな、の……本当にオヤジが…?」

「ああ」


 アカネが伝え終わると今度は子どものように凌雅は泣きじゃくった。落ち着くまで凌雅を見守ろうとしたとき、アカネの後ろのドアからノック音が聞こえ、「失礼します」と刑務官が入ってきた。


「灰島警部補、羽根山署より応援要請がきております。至急とのこと」

「はぁ? 何の応援だよ」


 アカネは顔を顰めた。すると刑務官の後ろから制服を着た知らない巡査の男がいてアカネに敬礼し、事態を説明した。


「××三丁目のスナックで立てこもり事件が発生、女性1名が人質にとられ犯人の男は暴力団関係者を自称し『灰島を連れてこい、ぶっ殺してやる』などとわめいております」

「俺? 犯人の特徴は?」

「金髪のショートカットで、スカジャンを着ており、赤い拳銃を所持してます」


 巡査の「赤い拳銃」という言葉で凌雅も顔を上げた。


凛太朗(りんたろう)だ…!」

「ああ、間違いねぇな。あのガキ、何してんだ…!」


 アカネは椅子から立ち上がって凌雅に「悪いな」と謝って部屋を出ていこうとする。

「灰島さん!」


 凌雅は思わず立ち上がると、横にいた刑務官に精され椅子に座らされるよう押されるが、焦るようにアカネに訴える。


「凛太朗を頼む…! あいつは……っ」

「分かってるさ」


 振り返ることなくアカネはそう言って面会室をあとにした。


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