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警察署の一階は市民が気軽に入れる唯一の場所で、免許証の更新講習(ビデオ鑑賞)を行ったり、拾得物の手続きや相談カウンターなどがあり、かなり雑多な場所である。洋輔は「総務課」と下げられた札の下を見て光莉を探すが見あたらないので、近くにいた署員に訊ねる。
「すいません、上条さんいますか?」
「上条? 上条は二階じゃないか? 確か迷子の保護で駆り出されてる」
洋輔は「ありがとうございます」と律儀に礼をし、階段で二階へのぼる。すると二階の休憩用スペースに制服を着た黒髪ポニーテールの女性警官と背の高い茶髪の私服の男性、そして泣いている子供がいた。
(上条さん、と誰だ?)
洋輔は恐る恐る近づいて「あのー」と声をかける。すると女性警官は洋輔の方を向く。見覚えのある顔、上条 光莉だった。
「あ…えっと……一課の…」
「東海林です」
光莉は姿勢を正して洋輔の方に身体を向けて敬礼するが、洋輔は「いいよいいよ」と遠慮しながら笑う。
「昨日バタバタしててお礼言うの忘れてて申し訳ない。昨日は急な残業だったのに引き受けていただき助かりました、ありがとうございます」
洋輔は光莉に向けてしっかり頭を下げる。光莉は恐縮して「とんでもないです!」と慌てふためく。
「いや、本当に…非番だったはずなのに……灰島さ、灰島警部補にはすっごい怒られましたし」
(結局入り口の看板ガン凹みのままだったな)
「灰島…」
光莉と一緒にいた茶髪の男性は立ち上がって洋輔の方を向いた。
「もしかしてお兄ちゃんのこと知ってますか?」
「へ?」
茶髪の男性はまだぐずっている小さな子供を抱えながら洋輔に歩み寄る。おそらく大学生くらいの今時な青年だった。
「俺、灰島 洸哉って言います。ここの警察署に勤める灰島 アカネの弟です」
「お、弟さん⁉」
キラキラとした笑顔、タレ目だがはっきりとした顔立ち、アイドル顔負けの長身イケメンだった。アカネとは似てるようで、雰囲気が真逆だからなのか血縁を想像できない。
「灰島さんの弟さん…が、どうしてここに」
「お兄ちゃんの忘れ物届ける途中で迷子を見つけて、この子が落ち着くまで一緒にいてあげたかったんです」
「そ、そうなんですね。ご協力、感謝いたします」
洋輔は洸哉に敬礼をする。すると洸哉に抱えられていた子供はキャッキャと笑い洋輔の真似をして敬礼ポースを取る。その笑顔に光莉も安心していた。
「東海林さん、ありがとうございます。親御さんと離れてずっと泣いてたので、やっと笑ってくれて…よかったぁ」
光莉の母性溢れる笑顔に洋輔は一瞬だけドキッとするが、洸哉を見ると洸哉は顔を真っ赤にして光莉の表情に首ったけという様子であった。
そんなほのぼのした空間の中に乱暴な足音が近づいていた。
「洸哉」
洸哉は呼ばれた方を見た。光莉と洋輔も続くと、ワイシャツを着崩しているアカネが不機嫌そうにしていた。
「お兄ちゃん、これ大事な書類だろ? ったく、家に仕事を持って帰るからこうなるんだよ」
洸哉は抱えていた子供をおろすと、床に置いてたリュックサックから茶封筒を出してアカネに手渡した。
「うっせーなー…っと、上条と、洋輔ぇ?」
アカネは封筒を受け取って脇に抱え、光莉と洋輔を見て少々驚く。
「何? 洋輔、お前上条狙ってんの?」
「は…はい?」
「上条、美人だし狙ってるα野郎は多いから大変だぜー」
「狙ってませんから!」
このご時世、セクハラになる親父臭い発言をニヤニヤと愉快そうにアカネは言う。するとアカネの膝に、先ほどまで洸哉が抱えていた子供が体当たりをする。
「おねえちゃんは、おじさんじゃないの! おにいちゃんとけっこんするの!」
子供の言う「おねえちゃん」は光莉で、「おじさん」は洋輔であろう。そして「おにいちゃん」は洸哉なのだろう。だからか三人そろって顔が赤くなった。洋輔は慌てふためいて光莉と洸哉を見た。洸哉は何かを察して首を横に振る。
「違いますから! 俺ただの大学生だし!」
「へー…この前、俺に上条の名前聞いてきたよな? あのグレーの首輪つけてる可愛い警察官ダレー? って」
アカネはまた悪巧みをするような笑顔をする。洋輔もさっきの洸哉の赤面で察してはいた。
「嬢ちゃん、いいこだー。よーくわかったな」
体当たりをしてきた子供をいつの間にか手懐けたアカネは子供に高い高いをして肩車をする。洸哉は本当に慌てて顔を真っ赤にした。
「ま、まだ青臭いガキだがαだし、帝東大の特待生で将来の優良物件だぜ、上条」
「ふへ⁉」
光莉はそう言われて洸哉を見ると目が合ってしまい、お互い顔を真っ赤にして顔を逸らした。
(少女漫画かよ!)
洋輔はあまりにも初々しい二人を見て心がムズムズした。
「三丁目の交番から連絡があった。この子の母親が駆け込んできたらしい。ったく、どんだけ体力あるんだよこのお嬢さんはっ!」
呆れたようなセリフとは逆にアカネはグルングルンッと回って肩車した子と遊ぶ。子供もキャッキャと喜んでいる。
(あれ…? 刺々しい雰囲気ゼロじゃん灰島さん……)
「灰島さん、もしかして男にだけ厳しいですか?」
洋輔は納得のいかない顔をしてアカネに訊く。アカネは悪びれず「当たり前だろ」と答えた。
「上条、送ってくぞ」
「了解しました!」
光莉はアカネに指示されるとそれについて行く。一歩踏み出したところで洸哉の方を振り向き、敬礼する。
「ご、ご協力、ありがとうございました」
光莉の顔は真っ赤だった。アカネは肩車をしたまま「それいくぞー!」と廊下をダッシュし、光莉は「待ってください!」と必死に駆け足でアカネを追いかけた。その背中を見送ると洋輔も立ち去ろうと洸哉の方を向いた。
「あ、あの…えっと……」
洸哉はまだ顔が赤かったが、少し表情を引き締めて洋輔と向き合う。
「あの、失礼ですけど……もしかして、おにい…兄とは、その…特別な関係だったりしますか?」
「……え? どうしてそう思うんですか?」
(あれ? なんかこの質問というか、雰囲気デジャブな…)
「だって…お、兄が人のことを下の名前で呼ぶところ、初めて見たし…刑事さん、αですよね?」
「まぁ、αですけど」
「お兄…兄はαの人にあんな砕けた笑顔を見せたことありません。いつも仏頂面だし…俺以外の人の前で警戒心を解くことも、なかったのにって…あ、今みたいな子供はまた別ですよ? だけど、刑事さんいたのにあんなにはしゃぐ姿を見せてるのが不思議だったので…」
洸哉は少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。そう言われた洋輔は困惑するしかなかった。どうにか答えの言葉を探し、脳をフル回転させる。
「えっと…灰島さん、の弟さん」
「あ、俺は洸哉でいいです。呼びにくいでしょうし」
「じゃあ、洸哉くん。俺は昨日灰島さんと初めて喋ったし、課も違う、灰島さんからしたらどうしようもない新人警察官の一人だよ。昨日も初対面で怒鳴られて、酒奢らされて……」
忘れていたはずの二日酔いがぶり返して少し頭が痛くなった。
「そうだったんですね……」
洸哉は少し残念そうな顔をする。そしてリュックサックを背負って、もう一度洋輔と向き合う。
「俺、帝東大の法学部三年の灰島 洸哉です。改めてよろしくお願いします」
「へー! すごい優秀なんだね!」
名のある大学名を聞いて洋輔は感心しながら洸哉を見た。
「俺はここの刑事部捜査一課の東海林 洋輔です。よろしくね」
洋輔と洸哉は握手をして「じゃあまた」と別れた。
(さっき特待生って灰島さん言ってたな…帝東法学の特待生ってマジですげーよ…警察官になったら100%エリートじゃん……)
αながら自分の平凡さと比べてしまい洋輔は深くため息をついた。




