嫌です
「それで、追っ手というのは誰であったか分かるか?」
恐らく俺の親父が雇った刺客か、ブリジットの実家であるモーデル家の雇った刺客か、娘を傷ものにされたスフィアの実家であるラヴィーニ家の雇った刺客か。
少し考えてみただけでこれ程の数の候補が上がるのだから我が事ながら嫌になる。
ただ平穏に過ごしたい。
たったこれだけの事すら容易にできないのだからいっその事誰も知らないどこか遠くに逃げてしまいたいと思うのだが、だからと言って明日食べるものに困る生活をしたい訳ではない。
伝手も無く、よそ者に与えられる仕事などたかが知れているし、街に出て仕事を探そうにも今度は実家にバレる可能性が高まって来る。
八方塞がりとはこの事かとは思う。
「いえ、私を追っていたのはクロード殿下です」
「そうか。 やはり俺の父親が仕向けた刺客……は? なぜ? 見間違いなどではなくて?クロード殿下が?」
「はい。 間違いなくクロード殿下でした」
意味が分からない。
右を見ても左を向いても異性に囲まれ、求婚されているクロード殿下が、わざわざブリジットを追いかける理由は何だ?
確かにブリジットの実家であるモーデル家の爵位は公爵であり、クロード殿下の周りにいる異性よりかは家格がトップレベルで婚約候補に挙げられていてもおかしくはない。
しかしながらそれだけである。
同じ四公爵家であり、代々魔術師の家系でもあるアーバン家の令嬢、エミリーも同年代、そして学科こそ普通科と魔術科と違えど同じ学園の同級にいるのだ。
わざわざブリジットに拘る必要も無い。
「何故クロード殿下はブリジットを追いかけていたんだ?」
これではクロード殿下がブリジットに恋慕している様ではないか。
いやそれこそ、異性を選り取り見取り選べる立場のクロード殿下に限りそんな事などあり得ない。
それにもしクロード殿下がブリジットに恋心を抱いていたのだとすればとっくの昔に婚約をしているはずである。
「申し訳ございません。 私にも何故クロード殿下が私を追いかけて来るのかまでは分かりかねます」
そして俺の問いにブリジットは申し訳なさそうに答える。
もしかして前回の事件で何か掴みかけており、それにブリジットが絡んでいると思っているのか?
間違っているが、遠くもない。
実際ブリジットは全く関係なかったのだが、こうして俺と繋がってしまっているのだから。
「これからは俺たち学園では赤の他人として──」
「──嫌です」
「だが現にクロード殿下がお前を怪しんで尾行まで──」
「──嫌です」