何も言い返せない
「この俺が今回行った行為のか?」
「ええそうよ。確かに私はこの目で見たもの」
嘘は言っていない。
あれは紛れもなくカイザルであると断言できる。
仮面を被って衣服も普段とは違う物を着ていた為バレていないと思ったのか、それとも押し通せば違うかもと私が考え直すとでも思ったのかは知らないが、私は確かにあの仮面の男にカイザルが一瞬にして変身する姿を一部始終みていたのだ。
見間違えるはずがない。
なので私は、自信満々にカイザルを睨む。
バラされたくなければ、私の言う通りにしろと。
「ああ、君は実際に仮面で隠したその下の素顔が俺であると疑う余地もないくらいには知っているみたいだが──」
「──ではっ!?」
「──だが、先ほども言ったが誰が信じるのだ?」
「誰がって……」
「傍若無人で自己中心的、気に入らないことがあると物に当り、暴力を振るう。 力で勝てないと知るや権力に頼りやりたい放題で、少し前には婚約者であるスフィアに対してパーティー会場の公衆の面前で婚約破棄をする、その様な最低な男が、婚約破棄をしたスフィアを助けるためにワイバーンを使役するような賊相手に単騎で乗り込み追い返す」
そこまでカイザルは言うと軽く微笑む。
しかしその目は笑っておらず、詐欺師のそれであった。
「いったい誰がこんな話を信じるのだ? それにもしブリジットさんがその事を誰かに告げたところでこう思うだろう。『きっとカイザルに弱みを握られて、荒唐無稽なでたらめ話を広めてこいとでも言われたのだろう』と。 自分自身の事だ。 ブリジットさん一人が真実を告げた所で誰も信じない事くらい分かるさ」
「……」
悔しいが、何も言い返せない。
きっと、カイザルが言うように私一人がどれだけ頑張って広めようとも誰も信じようとはしないどころか、むしろ弱みを握られていると勘違いをした挙句に最悪私を助けようとカイザル相手に行動に移す者まで現れてもおかしくない。
「まぁ安心しろ。 俺はあの事をバラすつもりなんか毛頭ない。 もともと俺がスフィアを婚約破棄をしたが故に起こった事件でもある。 俺が婚約破棄をせずクロード殿下の席がブリジットさんのままであったのならばモーデル家も動かなかっただろうしな。その件については謝って済む問題ではないが一応迷惑をかけてしまった事には変わりないので謝らせてくれ。 申し訳ない」
そう言って頭を下げた後、雑木林を後にするカイザルは、私のよく知るカイザルではなかった。
そして、普段のカイザルの態度と私だけが見たカイザルの態度を見て違和感とある種の確信にも似た直観を感じて今回の婚約破棄にもきっと何かしら婚約破棄をしなければならない理由があると踏んだ私は睡眠時間を削って調べ始め、カイザルがスフィアとの婚約破棄をしなければならない理由を突き止めるの為に動き始めると共に「あの飄々とした表情を絶対に崩してやるっ!!』と意気込むのであった。




