周囲を騙す為の演技
だとすればあれほどの魔術を扱えるカイザルはいきなりこれ程までの力を得たとは考えられず、さらに人目に隠れて想像を絶する努力をしてきたのであろう。
修練場全体を氷の花で埋め尽くすなどいくら才能があって努力したところで使用できるような魔術ではない事くらい私は知っている。
そして、あれほどの魔術を扱える人物であればいくらその実力を隠そうとしたところで不自然な行動や違和感という物はどうしても目につく物なのだが、カイザルと過ごした数年間の学園生活でそれら違和感、演技している実力と実際の実力差による不自然さというのを気持ちが悪いほどに何一つ感じていないどころか、カイザルは魔術も碌に扱えないクズだと疑いもしなかった。
なぜ気付けなかったのか?
それはガレットというカイザルの奴隷が言っていたように今までクズの演技をしてその微かな違和感を消し去っていたのであろう。
しかしながらそれだけではカイザルがクズではない事にはならないのだが、私の中ではカイザルがクズではないという答えが出てしまっていた。
自分でも思っていたではないか。
本当にクズで、本当に魔術や武術に長けていたのだとすれば家の権力だけではなく武力でも悪行を重ねていたはずであると。
そして、今までそれをしてこなかった事こそがカイザルが行ってきた数々のクズ行為が演技である事が分かる。
それこそスフィアの件も万が一イレギュラーが起こったとしても息をするように助けることが出来たからこそ行ったのであろう。
そしてカイザルの作戦は成功し、婚約者を襲わせるというインパクトの強さも相まって学園の誰もがカイザルをクズだと信じて疑わない環境が出来あがった。
確かに、それが分かればカイザルはスフィアとの事件があってからは異様なほど大人しい事に気づく事ができたのだが、逆に言えば全て周囲を騙す為の演技だったと分からなければ気付く事はできなかっただろうし、現に私は今の今まで気付くこともできなければカイザルがクズであると信じて疑わなかった。
そうなってくると新たな疑問が出てくる。
なぜそれ程までの力が必要だったのか、どうやってその力を手にする事ができたのか、なぜ隠さなければならなかったのか。
結局それらはいくら考えても分からないまま一日が終わり、気が付けば放課後になり、帰路についていた。
「……ただいま帰りました」
そして私はあまりに濃い一日により疲れ果てていた為、生気のない声音で帰った事を告げ、いつもは勉強の邪魔になるからと行く事がない兄の部屋へと無意識のうちに向かっていた。
恐らく『私以上に魔術に長けている兄であれば何か知っているのでは?』という考えに、無意識に思い至ったのかもしれない。