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二 東の悪魔

 東の悪魔、ラフレシア。

 そう名乗った巨大なドラゴンが、不気味に微笑んでいる。

 その姿はなんと美しく、悍ましいのだろう。

 用件を問われたニユは、だが負けじと声を張り上げて答えた。

「アタシはニユ。……ここへ来たのは、貴方に手を貸して貰いたいからだよ」

 漆黒の悪魔は首を捻り、それから納得して頷く。「手を貸して貰いたい……? ああ、つまり契約しろという事なのね?」

 契約。それは以前にも聞いた事がある。

 北の悪魔、ダフォディルと相対した時、ニユは契約しないかと言われたのだ。その時は断ったが、今度は違う。

 ニユは心を決め、頷いた。「そう。その契約をして欲しいんだ」

「無理なのね」だが、ラフレシアは首を振る。「貴様が何の為にワタクシと契約をしたいのかは知らないのね。でもワタクシは、ワタクシより強い奴としか契約しないのね。……貴様達がそんなに強いとは思えないのね。今ならまだ見逃してやるのね、さっさとワタクシの城を去るが良いのね」

 そう、はっきりと拒絶を示される。そこへモイザが口を開いた。

「まだ名乗ってなかったわね。うちはモイザよ。……じゃあ訊くけどあんた、『望みを叶える』悪魔なの? そうじゃなかったら、うちらは戻るわ」

 しかし悪魔は――。

「いくら慈悲深いワタクシでも、人間風情にそう簡単には妖術を教えてやらないのね」と言って、答えてくれなかった。

 困った事になった。

 もし仮にラフレシアが『望みを叶える悪魔』でなければ、契約を交わす必要はない。

 しかし何も分からない以上、手を引く訳にもいかないのだ。つまり、選択肢は一つ。

「分かった。じゃあ貴方と戦って、勝つ。それで契約を結ぶ。……良いよね?」

 漆黒の悪魔はふん、と鼻息を漏らすと、緑色の瞳で少女達を射抜いた。「分かったのね。貴様達がそれで良いのなら、そうしてやるのね。思い上がった事を後悔させてやるのね、人間」

 隣でモイザが溜息を吐いているのを聴きながらニユは、棍棒を握り、静かに微笑んでいる悪魔へと殴り掛かって行った。

 東の悪魔との戦いの火蓋が、今、切られたのであった。


 二つの大きな羽を広げ、蛇のようなすらりとした体に四本の逞しい手足を付けた、優美なドラゴンの頭部へと棍棒を叩き付けようと、ニユが棍棒を振り上げる。

「とろいのね」

 だがその攻撃は悪魔の長い槍のような尾によって防がれ、同時に体当たりを喰らって少女は吹っ飛ばされた。

 続いてモイザが踊り掛かる。「これでも喰らいなさい、悪魔!」

 唯一鱗がない腹部へと鉈が向けられるが、これまた届かない。「ワタクシを舐めてやがるのね、人間」

「――あ」モイザは息を呑み、硬直する。

 瞬間、姿を消し、直後彼女の背後に出現した悪魔ラフレシアは、赤毛の少女を腕で叩き飛ばした。

 モイザの小柄な体が宙を舞う。

 石壁に背中を叩き付け、動けなくなっていたニユはやっと立ち上がり、ラフレシアを睨み付けた。「想像はしてたけど、手強い……」

「こんなもんじゃないのね」

 そう嗤うと、ラフレシアはまた消える。

 そして気が付けば地面へ激落したモイザの全身に、鋭い針が突き立っていた。「うぐぅ」

「モイザ!」

 叫び、茶髪の少女は彼女の元へと走り出す。

 一体今、何が起こったのか分からない。分からないが、針が突然に消滅し、モイザの体中から激しく血が吹き出した。

 ニユの脳内を、激しく警報が鳴り響く。

 ――このままでは、モイザが死んでしまう。また、失ってしまう。

 それだけは嫌だ。それだけは、嫌だった。

 止めどなく、小柄な少女の体から血が溢れ出す。それを抱き、ニユは必死で呼び掛けた。「モイザ、モイザ! 返事して!」

 しかし答えはない。完全に気を失っているのだ。このままでは失血死してしまうだろう。

 どんどん軽くなって行くように感じられる少女の体を硬い地面に置いて、ニユは絶叫した。「ラフレシア! よくもっ」

「戦うと言ったのは貴様達なのね。自業自得なのね」

 確かに、悪魔の言葉は正しい。正しいが、ニユの胸に激しい怒りの炎が燃え上がった。

「覚悟――!」

 走り、殴り掛かる。ダメだ、届かずに肩を鋭い爪で抉られる。でも諦めない。尻尾を潰す。壁へ叩き付けられた。

「うっ」呻きつつ、立ち上がって漆黒の竜を睨むニユ。

 すると、なんと尻尾が復元していた。そしてそのまま悪魔は視界から消え去り、瞬きの後、ニユの背後へ。

 背中に強い衝撃を受け、ニユの視界が赤く点滅する。

 痛みに一瞬意識が遠のきかける。が、なんとか手繰り寄せて自分の右太ももを見てみれば、鋭利な剣が突き刺さっていた。

「――え」

 そしてさらに、彼女は動揺させられる。

「……くくく、不用心にも程があるのね」驚くべき事に、剣が喋ったのだ。――否、その表現は正しくない。この剣こそが、あの悪魔だったのである。

 剣が消滅、再び目の前にドラゴンが現れた。「そろそろお遊びも終わりにするのね。ワタクシ、疲れたのね」

 そこでニユはやっと、理解に至る。

 悪魔を舐め過ぎていた、と。

 北の悪魔ダフォディル。あいつは極めて弱かった。だから、甘く見ていたのだ。

 この悪魔は、それと比較にならないぐらい強い。――それこそ、ニユ一人では太刀打ちできない程に。

 棍棒を振り上げる。何の意味もないと分かっていても、ニユはそうするしかなかった。

 瞬間、彼女の脳裏に懐かしい仲間達の顔が浮かぶ。黒髪の少年、金髪の少女、そして栗毛の少女。みんなとまた会うと、誓ったのに。

 愛山羊に、戻って来ると言ったのに。

「ごめんね」

 思い切り棍棒を振り下ろしながらニユは、茶色の瞳から無念の涙を流した。

 だが、直後襲い来る筈の死は、訪れなかった。

 恐る恐る目を開いたニユは、あまりの驚愕に絶句した。

 正面には、地面に倒れ伏し呻く、黒竜の姿があった。

 そして――。

 その上に、ここにいる筈のない白山羊が乗っかっていたのだ。

「エジー!」

 あまりの嬉しさに、ニユは震える。

 何故なら優美な雌山羊の鋭い角が、悪魔の胸を突いていたのだから。


「うぐ。あぁ、はぁ、はぁ」

 喘ぐ悪魔の胸から、大量の血が流れ出している。

「……エジー、ありがとう」ドラゴンの上に立つ白山羊にニユは心から感謝した。

 だってエジーが駆け付けてくれなかったら、ニユは今頃肉の塊になっていたに違いないのだから。

 愛山羊に踏み付けにされる悪魔へと、ボロボロのニユは問い掛ける。

「これでアタシ達の勝ちだよ。――約束通り、契約、してくれるんだよね?」

「う、ぐぁ」呻き、身悶えしながら、悪魔は力なく微笑んだ。「……分かった、のね」

 白山羊が、そっと身を離す。するどたちまちドラゴンの胸に空いていた穴が塞がり、悪魔はゆっくりと立ち上がった。

「流石に、今のは意表を突かれたのね。悔しいけど、素直に負けを認めるしかないのね。……契約、してやるのね」

 無事な悪魔の姿を見て、ニユは心底安心した。最悪、死んでしまって契約不可能、なんて可能性もあったのだ。エジーは本当に、上手くやってくれたものである。

 すんなりと契約してくれると言ってくれた悪魔だが、ニユはその前に彼女へ言うべき事がある。「さっき、自分の傷を治したでしょ。お願い、モイザを治して」

 せっかく悪魔と契約できても、モイザが死んでしまっては話にならない。

 しかしドラゴンは首を振った。「あの小娘はワタクシに負けたのね。生き返してやる義理はないのね」

 もたもたしていたら、モイザが死んでしまうではないか。

 もう二度と、仲間の死など見たくないのに。

 途端にニユの中で、怒りが爆発した。

「早く! 良いから治して!」そして思い切り、祠の片隅で横たわっていた赤毛の少女を投げ付けた。

 少女の体を全身で受け止めながら、怒りに揺れる茶色の瞳を見て、悪魔ラフレシアは小さく溜息。「……仕方のない人間なのね」

 そう呟く黒竜の全身がモイザを包み込み、瞬きの後、穴だらけだった少女の体に変化が起きた。

 穴が全て塞がれ、蒼白だった顔色が元通りになったのである。

「う、ぅぅ」

 ――それから、赤毛の少女が閉じていた瞼を開き、目を覚ました。「……ニユ?」

 どうやら寝ぼけているらしい彼女に抱き付き、ニユは嬉し涙を流さずにはいられない。「モイザ、モイザ。ああ、心配したよ。良かった、モイザまで死んだらアタシ、どうしようかと思ったよ」

 ニユの胸中の不安はすっかり晴れ、彼女はモイザが生きていてくれていた事を心から喜んだのだった。

「放しなさい、ベタベタするんじゃないわ」と、モイザが恥ずかしげに顔を赤らめているのは、誰にも見えなかった。


「契約の方法を教えて」

 ひとまず落ち着いた後、ニユはこう端的に切り出した。

 その質問に、ラフレシアは大きく頷いた。

「契約というのは、互いの利益が得られるよう、協力するという意味なのね。ワタクシと貴様の契約条件はこうなのね。――ワタクシは貴様に力を貸す。その代わり、貴様はワタクシに平伏すが良いのね。分かったのね?」

 つまり。「貴方と友達になる代わりにアタシ達を手伝ってくれるって事でしょ。良いよ」

 だが悪魔は、なんだか納得のいかない表情をする。「微妙に違うけど……、まあ、良いのね。契約するのね」

 契約方法はこうだ。

 ラフレシアの体の一部を切り取り、それをニユが食する。そして互いに名乗るだけだ。

 悪魔という者はその名の通り、悪質な存在だ。

 でもニユはそんな彼女と手を組むのが、もはや全く嫌な気がしなかった。何故だろう。ラフレシアには殺されかけたというのに。

「アタシはドッゼル王国男爵令嬢、ニユ!」

「ワタクシは東の悪魔、『変化の力』使いラフレシアなのね!」

 叫び、手を握り合う。すると二人は不思議な光に包まれ、瞬きの後には祠に元の暗さが戻った。

「これで……?」

 首を傾げるニユ。いまいち実感が持てないが――。

「そう。契約が済んだのね。これからよろしくなのね、ニユ」

 という訳で、契約が結ばれたらしい。

 漆黒のドラゴンはどこか嬉しげに微笑む。が、ニユはある事に気付いてしまった。「……あの、さっき、『変化の力』って言った?」

「そうなのね。ワタクシの妖術は、自分や触れた物を変形させる『変化の力』なのね。傷を治せるのも体の形を変えていたからだし、ワタクシの姿が消えたのも風になったからなのね」

 それをはっきりと聞いて、ニユは思わず肩を落とした。「そう、なんだ……」

 待ち望んでいた、『望みを叶える』悪魔ではなかったらしい。

 それは、可能性として分かっていた事ではあるが、かなり落胆せざるを得ない事実であった。

「どういう事なのね?」

 首を捻る悪魔に、ニユは一通り説明した。

「だから、『望みを叶える』悪魔が欲しかったんだけど……」

 だが。「ニユ、そんなに気を落とす事はないわ。『望みを叶える』悪魔は絶対にいる、その事実には違いがないでしょう?」と、赤毛の少女に優しく肩を叩かれた。

 モイザの言葉の通りだった。

 いつまでも残念がっていてもしようがないではないか。

 それに。「ワタクシがいるのね。……ニユ、貴様はもうワタクシの契約者なのね。だから、契約悪魔であるワタクシは貴様の事を手伝って、きっと『望みを叶える』悪魔を見つけてやるのね」

「ラフレシア……。ありがとう」

 他二人に励まされ、ニユの中に元気が湧いて来た。「そうだよね。頑張って、絶対探し出そう!」

「そうよ」

「一緒に頑張るのね」

 そうして、東の悪魔、ラフレシアは一行に仲間入りしたのであった。


「この姿じゃ城の外には出られないのね。人間の姿になってやるのね」

 祠から出ようと提案したニユに、軽く首を振ってラフレシアがそう言った。

 確かに、漆黒の竜の姿では外を出歩けないだろう。

「見てるが良いのね」

 瞬く間に、黒ドラゴンの姿が消え失せる。そして直後現れたのは、黒髪の美女だった。

「うーん。なんか違うのね」

 また消え、今度は金髪の少年に。「これは全然イメージ通りじゃないのね。もう一回」

 クルクルクルクルと、ラフレシアの姿が変化する。そして「これで良いのね」と言った彼女の姿を見た他の少女二人は、目を丸くした。

 そこに、白髪ツインテールを揺らす、文句なしの美少女が佇んでいたからである。

 色白で細身、すらりと背が高く、顔立ちが良い。そして全身に纏った青紫色の長袖長丈ドレスはとても豪華で、とても美しい。

「わあ。綺麗だね」

 驚き、ニユが思わず拍手するとラフレシアは満足げに頷いた。「当然なのね。ワタクシの美貌に見惚れるが良いのね」

 だがモイザはなんだか不満げに顔を背ける。「正体は悪魔の癖に。うちの方がずっと美人だわ」

「うるさいのね!」ラフレシアは顔を真っ赤にし、怒鳴る。

 そこで終わっていれば良いものを――。

「それにあんた、変な口調だわね」とモイザは追い討ちをかけた。

「これがワタクシの喋り方なのね! 何か文句でもあるのね?」

 そして極め付けは。「気持ち悪いわ」という赤毛の少女の一言だった。

「むっ。許さないのね、人間風情が! 許さないのね、侮辱なのね! 豚にしてやるのね!」

「うるさいわ、黙ってなさい悪魔風情が」

 そこから二人が揉め始める。せっかく仲良くなった所なのに、とニユは溜息を吐きながら、一触即発の少女達の間に割って入った。「まあまあ。二人とも喧嘩しないで。これから一緒に旅をするんだから、仲良く、ね?」

「……分かったのね。今だけは貴様を許してやるのね」

「……分かったわよ。仕方ないわ、こいつを一時的に見逃してやるわよ」

 茶髪の少女の言葉に、モイザとラフレシアは引っ込んだ。

 ニユは苦笑しながら思う。「二人って、似た者同士だね」

 しかしそれが気に食わなかったようで――。

「違うのね!」

「違うわ!」

 と、一斉に否定されたのだった。


 そんなこんながありながら、大活躍してくれたエジーに跨った三人は、祠を出た。

「三百年眠ったワタクシの城とも、お別れなのね」

 ちなみにラフレシアの話によれば、彼女はここの、自称『城』で三百年間も眠っていたらしい。なんと長生きなのだろうか。不死なのだろうか。

「……ここから離れるの、名残惜しい? 残ってても、良いんだよ?」

 背後を振り返り、冗談混じりにニユがそう問う。が、白髪の少女は首を横に振り、緑色の瞳を輝かせた。

「ううん。こんな所、もう飽き飽きなのね。ワタクシも貴様達みたいに、広い世界を見てみたいのね」

 広い世界を見てみたい。その気持ちが、ニユにはよく分かった。

 一度目の旅立ちの時はニユもそう思ったものだ。そしてその気持ちは、今でも消えていない。

「そうだね。一緒に旅して、世界中を回り歩こう!」

 そう微笑み合うニユとラフレシアに挟まれた位置に座るモイザは、小さく「うちは、早く家に帰りたいわ」と漏らしていた。

「エジー、走って!」

 こうして、ニユ、モイザ、ラフレシアの三人を乗せた白山羊は、南の悪魔の寝ぐらへと向かって駆けて出したのだった。

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