二 新たな仲間
少女を取り囲む男女四人が、ニタニタと不気味な笑みを浮かべている。
「良い女だ。良い女だ。ゆっくり堪能したいなあ。すぐに殺すのは勿体ないなあ」大柄な男が、獣の目で少女を見た。
「そうさね。たっぷり虐めて、それから全部頂くさね」小柄な女が嗤い、ナイフをクルクルと手の中で回す。
「わっ。こいつ、鞄なんか持ってら。……うわっ、大金だぜ大金。こいつ、どっかの貴族かも知れねえぜ」痩せた男が背負い鞄を見つけて大喜び。
「なら、こいつは殺すのが一番って事ですね。分かりました、ではいたぶって、殺して差し上げましょう」背の高い女がそう言って、ナイフを赤毛の少女の喉に突き付けた。
――このままでは、彼女が殺されてしまう。
咄嗟にそう思い、ニユは声を張り上げていた。「貴方達、その娘を放しなよ」
一同の目が、ニユ一人に集まる。
「誰だ、お前」
「アタシはドッゼル王国男爵令嬢、ニユ! ここらを騒がせてる強盗っていうのは貴方達だね。……もう一度言うよ。その娘を放しな」
ちなみに、ニユが彼らを強盗と推察できたのは簡単な事。目の前の状況を見れば分かる。赤毛の少女の事も身ぐるみを剥がして殺そうとしていたのだろう。
「生意気な小娘め。放してやるもんかよ」
痩せた男がニユを真っ直ぐ睨み付け、飛び掛かって来る。
今は生憎、背負い鞄ごと棍棒紛失中である。が、ニユは襲い来る男の手からナイフを楽々と奪い取った。
それに仰天する男は、避けられて何もない地面に激突。頭から血を流し、倒れる。
「うわっ」
エジーとニユの連携プレイを見て、他の三人が声を上げる。
「あ、貴方、わ、私達を殺そうとしたら、この娘の命は、ありません、よ?」
しどろもどろでニユを脅迫する背高の女だが、それは全く何の意味もない。
「魔人すら倒したアタシが、貴方になんて負けると思う?」
直後、そう言って微笑む茶髪の少女の姿が、女のすぐ背後にあった。
血飛沫が炸裂し、ナイフで頭を割られた女が爆ぜ、血を撒き散らす。彼女にナイフを突き付けられていた赤毛の少女は驚きの眼差しでニユを見つめた。
白山羊は今度は大柄な男に走り向かい、突進。
そして瞬きの後、吹き飛ばされる男の胸を、ニユの手のナイフが抉っていた。
残るは最後の一人、小柄な女。
「許して……、許して欲しいさね。あ、あたしゃ、あいつらに命令されて、仕方なく殺してただけさね」
「本当? アタシ、さっき聞いたよ。たっぷり虐めて、全部頂くって楽しそうに嗤ってたの。……あれ、本心だよね?」
ニユの眼光に、たじろぎ、女はただひたすらに首を振って命乞いを始めた。「ごめんなさいごめんなさい。許して、許して……」
「ダメ」だが、キッパリとニユは首を振る。「だってきっと、今アタシが見逃したら、明日も誰かが殺される。そうでしょ?」
「違う、違うさ……」
女が言い終える前に、その腹にナイフが突き立っていた。
白目を剥き絶叫を上げて、彼女は倒れ伏す。
――これにて、戦いは終幕した。
「大丈夫?」
よろよろと立ち上がった赤毛の少女に、ニユはそう尋ね掛けた。
「……ええ、大丈夫よ」俯き加減に答えた彼女は、さっと踵を返して走り出そうとした。
その腕を掴み、ニユは少女と顔を突き合わせる。「逃げないで」
「化け物! あんたは化け物よ! 放して。放してってば! うちは死にたくないっ」
怯えた黒い瞳でこちらを見つめ、泣き叫ぶ少女を茶髪の少女は思い切り抱き寄せた。
「……え?」
「大丈夫。鞄を返してくれたら、殺したりしないから。ね?」
驚き、身を竦ませる赤毛の少女。だが命惜しさに彼女は鞄を突き出した。「……これよ、返すわ。さようなら」
また逃げ出そうとする。だが、背負い鞄を受け取ったニユはそれを許さずに、彼女を全身で包み込み、放さない。
「……アタシはニユ。ねえ、貴方の名前は?」
震える少女はニユの胸の中で、ひどく静かに呟いたのだった。「モイザ。うちはモイザよ」
「モイザ。良い名前だね」
前にもこんな事があったなとニユはなんだか懐かしくなりながら、涙を堪えて笑う。「なんでこんな事をしたのか、話して」
「……嫌だけど、良いわよ」
不満げに鼻を鳴らして、相変わらずにユニーク抱き込まれたままの少女、モイザはゆっくりと話し出した。
モイザは、西方の村の百姓の娘として生まれた。
その村は年中猛暑で野菜もなかなか育たない。なのでモイザの家はかなりの貧乏だった。
家族は母と妹だけで、女だらけ。
それでもなんとかやってはいたのだが、モイザが十三歳の時、悲劇は起こった。
妹のオリーが、重い重い病気にかかったのだ。
ありったけの金を注ぎ込んだが、どんな医者でも彼女を治せなかった。
モイザはオリーの事が大好きだった。
歳は三つ違い。非常に優しくて、でもどこか抜けていて、心から愛していた。
しかしオリーの病気はどんどん悪化して、モイザが十五歳になる頃には余命一年と宣告された。
モイザは泣いて泣いて泣きじゃくった。
そんな時、こんな噂を聞いたのだ。
東の山の仙人なら、何でも知っている。
それならもしかするとオリーの病気も治せるのではないか。そう思い、お金をかき集めてモイザは徒歩で旅に出た。
しかし、五日目にはもう持ち金はすっからかんになってしまっていた。
問題は、どうやって旅を続ける為の金を稼ぐか、だ。
彼女は生まれてこの方農業を手伝って生きて来ただけで、他に特技などはない。
その時金持ちそうな婦人を見て、モイザは思い付いたのである。
鞄を盗めば手頃に金が手に入るのではないか。
そして、その考えは間違っていなかった。
金を得たモイザだが、三日もすればなくなってしまった。
何度も何度も盗みを繰り返し、やっとここ、小都市ベッキーニに辿り着くと、呑気そうな茶髪の金持ち娘を見つけた。
絶好のチャンスだと思い、彼女に話し掛けてその隙に鞄を手に入れる事に成功。
――しかし、困った事態になった。
少女からはすぐさま逃亡したが、その先で強盗に出会してしまったのである。
押さえ付けられ、身ぐるみを剥がそうとされて死を覚悟したその時、茶髪の少女が現れ、モイザを助けてくれたのだった。
「と、いう訳よ。……うちを、どうするつもりなの? 殺したいの? 殺すなら、さっさとしなさいよ」
赤毛の少女、モイザがニユを見上げ、すっかり諦めてしまったような、もう何もかも投げ打ったような、そんな視線を投げかけて来る。
「アタシは貴方を許すよ。ただし、もう盗みは禁止ね。……そうだ、貴方、仙人の山へ行くんだよね?」
「それがどうしたのよ」
「アタシも、仙人の山へ行くんだ。だから」ならば、とニユは大きく息を吸い、微笑んだ。「ねえ、仲間になってくれない?」
だが、その言葉に、モイザは激しく首を振る。「嫌よ。うち、化け物と一緒に旅なんてしたくないわ。それぐらいなら、殺された方がマシよ」
人を助けてここまで嫌われた経験がなかったので、流石のニユですら少し驚く。が、挫けない。「きっと旅は一人より二人の方が楽しいよ。お願い、仲間になって。……友達になろう?」
一人旅は、寂しい。
誰もいない。誰もいないのだ。いくら心の外側で強がっていても、奥底ではやはり不安である。
ケビンがいて欲しい、グリアムと話したい、ルーマーと呑気に笑いたい。でもそれはまだ叶わない事。
だから、仲間が――、友達が、欲しかった。
「ふん」溜息を漏らし、モイザは肩を落とす。「……分かったわよ。同行してあげる。でも、間違っても友達とは思わないで、化け物。うちはうちの利益の為に、力の強いあんたと同行する。それだけよ」
明らかに拒絶の色がある言葉だが、辛うじて了承してくれたらしい。
「ありがとう」嬉しさに微笑し、やっと赤毛の少女を放すとニユは手を差し出す。
「何のつもり?」
「握手だよ」
その手を睨み付けて顔を背けてから、モイザも手を差し伸べた。
二人の手が、ぎゅっと固く結ばれる。
「これからよろしくね、モイザ」
「……せいぜいうちを助けると良いわ」
背けたモイザの表情が緩んでいるのは、沈み行く夕日にしか見えなかった。
手を握りながら、ニユは強く誓う。
二度と、仲間を失わせない。誰にも、死なせたりしない。
必ず彼女の願いを、そしてニユ自身の願いを、共に叶えるのだ。
こうして、ニユとモイザは仲間に――、友達に、なったのであった。