一 待ち望んだ再会
一面に田畑が広がり、牧草地には牛や馬などが悠々と歩いている。
ここは大陸西側の長閑な農村、コロルロコ。ドンとの戦いがあった王都から十日以上かけてやって来た。
「懐かしいわ。……半年も経っていない筈なのに、こうも懐かしく思えるのはどうしてかしらね」
この村はモイザの故郷だ。村の片隅の一軒家、そこへと彼女は足を踏み入れる。
ニユ達もその後に続いた。
モイザの家は高級な石造でなく木造だが、意外に広い。床板を軋ませながら歩いていると、奥から赤毛の美しい女性が現れた。
「……! まあ、モイザ! 無事だったのね、心配したじゃない!」
「ごめんなさい、母さん。でもうち、やり遂げたわ」
女性とモイザが親娘なのは、一目で分かる。彼女がどんな風に旅立ったのか、ニユは詳しく知らないが、どうやらどちらも喜んでいるようで何よりだ。
「で、貴方達は……?」
首を傾げる女性に、微笑ましい光景を見つめていたニユ達ははっとなる。
「あっ、そうだった。お邪魔してます。アタシは男爵令嬢のニユだよ」
「ワタクシは東の悪魔、ラフレシアなのね」
「オイラは南の悪魔、ルピナスだ!」
「私は西の悪魔、スノードロップです」
あまりにも突拍子のない四人の名乗り上げに、だが、モイザは軽く被りを振った。「信じられないと思うけど本当なの。詳しい説明は後よ。……早く行きましょう」
そうしてやって来たは、寝室と思わしき小さな部屋。
そこに、ベッドで横たわる少女の姿がある。
苦しそうに身悶え、唸っている。――彼女こそがモイザの愛妹、オリーだ。
ベッドの傍に立つモイザは、黒瞳を閉じて大きく息を吸う。それから漆黒の虎の尾に触れて、言った。
「……オリーの病よ、治りなさい」
「仰せの通りに致します、我がご主人様」
すると部屋中に眩い光が満ち、瞬時に消えた。そして――。
眠っていた筈の少女が、姉と瓜二つの黒瞳をゆっくりと開いた。「姉、さん?」
まだ寝起きの妹に、モイザはお構いなしで抱き付いた。「オリー。心配したのよ。良かった。うち、とても嬉しいわ」それからニユ達に向き直り、微笑んだ。「ありがとうニユ、ラフレシア、ついでにルピナス」
「ついでって、ひでえなあ!」
ルピナスの騒がしい叫びすら届かぬような、モイザとその母親の号泣が響き渡る。その中でニユはそっと微笑み、小さく呟いた。
「こちらこそありがとう、モイザ」
その後しばらくして、ニユ達は家の戸口に立っていた。
「ごめんなさいね、何のお返しもできずに」赤毛の女性が情けなさそうに笑う。
すっかり元気になったオリーが大きく手を振った。「お姉さん達、ありがとう。じゃあね!」
家の戸口を挟んで立つのは、外側にニユ達、内側にモイザの母親と妹と――、そして、モイザ自身だ。
ここで、彼女とはお別れなのである。
「楽しかったわニユ。……、またね」
手を差し出すモイザ。彼女の小さな手をぎゅっと握り締め、ニユは大きく頷いた。「うん。またきっと、会おうね」
手を放し、名残惜しい気持ちをグッと堪えてモイザの家を出る。
ここで、モイザとの旅はおしまいだ。でも、ニユにはまだ目指すべく場所がある。
白山羊に跨ると、茶髪の少女は高らかに叫んだ。「よし、出発!」
見渡す限りの雪景色、身も凍る凍てつく吹雪が吹き荒れている。
大陸最北端の雪山、スノーマウンテンへ戻って来た。
白い雪の中に一点だけの目印を見付けて、ニユは白山羊を飛び降りて、駆け出す。
やはりここで間違いない。――ケビンが愛用していた槍が、そこには突き立てられていた。
「ラフレシア、掘り起こすの手伝って」
「了解なのね」
ニユは棍棒で、ラフレシアは手をスコップに変化させて掘り進める事半時間。雪ではない、何か柔らかな感触があった。
引き摺り出してみれば、それはすっかり冷たくなってしまった仲間達の遺体である。
幸い、雪で冷凍保存したので腐ってはいない。きちんと三つ、揃っていた。
「漸く、だね」
思い返すと、大変な旅だった。
全ての始まりは、ケビンを助けてからだ。
ドン打倒を頼まれて、彼と、グリアムと一緒に旅立って。
それからルーマーを助けて、仲間になった。
幾つもの危機を乗り越えて、北の山の洞窟を出ようとした所で、ルーマーが殺されて。
それからグリアムがニユを庇って死んだ。ケビンも、「愛してる」と死んでしまった。
悲しかった。悲しくて堪らなくて、ドンと悪魔の誘惑に負けそうで。
そんな時に、声が聞こえたのだ。仲間達の、励ましの声が。だからニユは全てを守ると決めた、だから戦って、ダフォディルとドンを倒した。
それから屋敷に帰って、また旅立って、モイザと出会った。
仙人に言われ、悪魔を探し始めて。その間でモイザと、それから悪魔ラフレシア、同じくルピナスと絆を深めた。
西の悪魔の不在など様々なハプニングがあったものの、やっと『幸神』として人々を騙していたドンを本当の本当に倒し、スノードロップを手に入れて、望みは今、果たされるのだ。
黒虎の尾を掴み、静かに言った。
「みんな、生き返って」
静かに願うと、冷たかった体に温もりが戻って来る。そして目の前に横たえていた少女達が閉じていた瞳を静かに開いた。
栗毛の少女が起き上がり、呑気に欠伸をする。「ふわぁ。あらぁ、ここはぁ?」
「うーん。……、あ、お嬢様? 私奴は、確か」金髪の少女も身を起こして、辺りをキョロキョロと見回した。
首を傾げる二人に、ニユは耐え切れず、飛び付いた。
「グリアムぅ。ルーマーぁ。会いたかった、会いたかったよ。ずっと、ずっと……。おかえり、おかえり」
その姿を近くで見守る悪魔達も、どこか嬉しそうだ。
「良かったのね、ニユ」
「感動の再会って奴だよな」
「我が敬愛するご主人様、お喜び頂き誠にありがとうございます」
――そして、最後に目覚めたのは。
開かれた藍色の瞳は、ニユをじっと見つめ上げた。「ニユ……? 俺は」
「――ケビン」
彼の体を膝の上に乗せ、ニユはぎゅっとケビンを抱き締める。
「んん、ん、んむ、ぷはぁ!」
どうやらその力があまりにも強かったようで、窒息しそうになった腕の中のケビンが身悶えしたので慌てて放す。
そんな姿を見ながら、金髪の少女グリアムは「お嬢様ったら、相変わらずです」と漏らしたのは、ニユには聞こえなかった。
微笑に囲まれる中、ニユは横たわるケビンと顔を近付けて口付けし――。
「愛してる」と囁いた。
その瞬間、この言葉を伝える為に今までの旅はあったのだと、ニユはそう思ったのであった。




