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三 異変

 一面の石壁に囲まれた祠、そこはもぬけの殻だった。

「西の悪魔、は……?」

隅から隅まで、見渡してみる。だが、何もない。何も見当たらない。

「そんな筈ないっ!」叫び、ニユは祠の中に駆け込み、辺りを弄った。

「いないの、誰か! いるんでしょ、出て来てよ!」

 だが無情にも答えはなく、ただそこには沈黙が落ちているだけだった。

 どうしてなのか、理解ができない。

 だってニユ達は、この時の為にずっと、旅をして来た筈だ。

 なのにその目的の悪魔がいないなんて、おかし過ぎる。笑い話にもならない。

 何故、『望みを叶える』西の悪魔は、ここにいないのだろう。

「まさか」はたと気付き、ニユは呆然とした。

「……信じたくはないけど、他の人間が契約して持ち去ったとしか思えないのね」

 同じ結論に至ったらしい悪魔の少女が、緑瞳を伏せて呟いた。

 ここに、ニユ達の前に誰かが来ていた。

 誰が、どうやってあの魔獣達を殺さずにここへ辿り着いたのかは分からない。だがきっと、その人物は西の悪魔に勝利し、そして。

 契約を結んでしまったに、違いない。

「どうして悪魔がいないのよ! ずっと、頑張ってたのに。……なんで、なのよ。どうして、なの。どうしてうちは、ああ、オリー。あんたを、救ってあげたい、だけなのに。うちはどうして」

 膝を付き、顔を石の床に擦り付けてモイザが嗚咽を漏らす。それは悔しさと、悲しみと、怒りが入り混じった、悲痛な嘆きであった。

 いつまでも続くかと思われた悲嘆。しかし。

「モイザ、泣かないで」

 ――そんな赤毛の少女の耳に、茶髪の少女がそう囁いていた。

 ニユも気持ちは同感だ。

 どうしてだと、不条理を嘆きたい。手の届かない悔しさを、怒りを、ぶつけたい。でも今はそれをしたって、仕方がないではないか。

「こんな事で下を向いてちゃダメ。……この世界にはきっと、まだ西の悪魔がいる。誰が契約してたって、構いやしない。必ず、手に入れてみせる」

 妙に明るく笑い掛けるニユを見上げ、涙に顔面を濡らしたモイザは震える声で、「あんたは、どうしてそんなに……?」と問うた。

 そんなの簡単だ。だって。「不安はある。でも希望がある限り、諦めちゃダメでしょ。それに、誓ったんだもん。……みんなを生き返らすって。だからそれが叶うまで、アタシは何があっても膝を屈さない。モイザはどうなの?」

「うちは……」潤んだ黒瞳を見開いて、モイザは顔を上げて俄かに笑った。「うちは、オリーを、妹を助けるわ。その為なら、何でもする」

 彼女の言葉に、悪魔達はそれぞれの反応で了承する。

「茶番は終わったみたいなのね。はぁ、道のりは長くなったみたいだけど、付き合ってやるのね」

「その意気だぜ嬢ちゃん! オイラも手伝って、西の悪魔なんかぶっ飛ばしてやらあ! そのご褒美にはペロペロなっ」

「うるさいのね」

 意見はまとまった。どれ程長い旅になるか分からないが、絶対に。

「絶対に、見つけるんだから。待っててね、西の悪魔!」


 祠を出て、ルピナスと鳥に変化したラフレシアの背に乗って穴から森へ舞い上がり、それから森を抜けて砂漠を東へ戻る事、約十日。

 辿り着いたのは、砂漠から最寄りの街だった。

「まだ昼時だし、もう少し先に進んでも良いけれど、情報収集が必要だわ。寄ってみましょう」

 モイザの提案で街に足を踏み入れた途端に、一行は驚愕の場面に出会した。

 なんと、全身血塗れの死体が三つ、散乱しているのである。

 腕だけがなかったり、首が切り離されていたり。その凄惨な死体を目にし、ニユは「あ」と声を漏らす。

 西の森へ向かう途中、こんな風な死体だらけの村があったのを思い出したからだ。

 死体から流れ出す血はまだ真っ赤で、今しがた死んだに違いないと思われた。

「……嫌な予感がする。みんな、アタシの事は良いから、きっと殺し合ってる人がいるから、手分けしてそれを止めて!」

 叫ぶなり、エジーから飛び降りたニユが駆け出す。

「どういう事なのね?」

「とにかく街を飛び回りなさい」

 事情をよく理解できないながらも、他三人と白山羊は、別方向へと向かって散って行った。

 走るニユ。その胸中にあるのは、この事態がこの街の各地で起きているのではないかという懸念だ。

 以前の死体だらけの村、あれと先程の死体の死因が分かってしまった。

 あれは確かに、殺し合っている。魔獣などではなく、人間が、武器を用いて殺し合っているのだ。

 それは、死体の近くに落ちていた鋸やらナイフやらからも明白だった。

 と、走る彼女の視界に飛び込んで来たのは、倒れ伏す女二人の死体だ。

「遅かった!」

 そしてその先、男どもの怒声が聞こえる。

 急いで駆け付けてみれば、そこで二人の青年が揉み合っていた。

 二人の間に飛び込み、ニユは尚も殴り、蹴り合う青年達を、大柄な体で必死に押さえ付けた。

 危なかった。後五分も遅れていたら、どちらも死体と化していただろう。

「なんで殺し合いなんかするの。やめてよ」

 やっと大人しくなった青年二人を解放した茶髪の少女の問いに、青年達は互いに指を突き付ける。

「こいつが、僕のあの子を勝手に嫁にしやがるって言うからいけないんだ!」

「そっちが僕を殺そうとして来ただけじゃないか! あの子は僕の子だよ!」

 また争いになりそうな気配に、ニユができる限りの厳しい声で叫ぶ。「暴れないで。ゆっくりで良いから、事情を話して」

 彼女の声に驚き、やっと怒りの炎を弱めたらしい青年達は、仕方なしという風に辿々しく事情を話し始めた。


 近頃、とある宗教が流行っているのだという。

 その名も『幸神教』。なんと未来を予言できるという男、『幸神』ブライアンを信仰するものだ。

 ブライアンの予言は必ず当たる。宗教の噂が広まってあっという間に、国民達は次々とそれを信仰するようになった。

 この青年二人も、例外ではない。

 片方はここらを領地とする、伯爵の息子であり、もう片方はこの街で名の売れた若商人だ。

 彼らは、同じ娘に恋心を抱いていた。

 彼女はとても麗しく、どちらもの青年も虜になっている。

 だが『幸神』の予言によって、商人の青年が彼女と結婚すると知った貴族の青年は、強く嫉妬した。

 そして彼が自分を殺すと知り、商人の青年は先手を打って貴族の青年を殺そうと企てたのである。

 だがもう貴族の青年は商人の青年が殺しに来ると知っており、殺し合いになっていたと

いう訳だ。


 その話のあまりの恐ろしさに、ニユは身の毛がよだった。

 青年達によれば、こういういざこざはあちらこちらで起こっているらしい。

「とにかく、殺し合いしちゃダメ。お嫁さんの事は、話し合いで解決したら良いよ。……貴方、伯爵さんの息子さんなんでしょ? じゃあ、領民のみんなにもそう言ってあげて」

 そう言って微笑むニユに、貴族の青年の視線が突き刺さる。「ところでそう言う君は、何者なんだい」

「アタシ? アタシは男爵令嬢のニユだよ」

 青年二人、特に伯爵子息が一様に目を丸くする。

 伯爵は、上位からも下位からも三番目となる爵位だ。最も下位である男爵よりは当然上だが、知らない仲ではない。

「それは失礼したね。僕の父も、君のお父さんには少しばかりお世話になってるんだ。分かった、みんなに言い聞かせておくよ」

「ありがとう」


 それからも次々と喧嘩を収め、約一時間後、ニユはやっと他の仲間達と合流できた。

「物騒な連中ばかりで手間取ったわ」

「どこもかしこも、血みどろの争いばかりなのね。あんなのは普通じゃないのね」

「オイラもできるだけは止めてやったけど、街中死体だらけだったなあ」

 どうやら全員、同じような状況を目にしたようである。

 そして街の片隅で一息吐きながら、ニユは青年から聞いた話を簡単に説明した。

「それもこれも、『幸神教』の『幸神』、ブライアンのせいに違いないと思うんだけど……」

「未来が見える力、ね。怪しいわ、その『幸神』を探しましょう。……きっとそこに、悪魔が関わっている」

「悪魔って……、西の悪魔が!?」

 その言葉に驚くニユに、モイザは頷いた。「そうよ。未来を見る力なんて、普通の人間が持てる筈がない。そういうのは、大抵悪魔の力が働いている筈だわ」

 確かに、彼女の言い分には納得できた。

 必ず予言を的中させるという噂で、人々の心を虜にしている『幸神』。もしそれが、本当だったら?

「可能性はあるのね。その人間が、未来が見えるようになりたいと西の悪魔に望んだら」

 その望みは叶えられるだろう。

「ちょいと聞き込みをやろうぜ。そのブライアンって奴が今どこにいるか、少しは聞き出さなくちゃならねえだろ?」


 ルピナスの提案により、一行は日暮れ間近の街をぶらぶらと尋ね歩き回る事となった。

 それで得られた情報はかなり大きい。

『幸神』ブライアンは一月程で『幸神教』の信者を急激に増やして、代理王である公爵よりも強い権限を持ち、王城に国王として君臨しているという。

 代わりに公爵は、後に国を滅ぼすと予言に出た為、地下牢に閉じ込められてしまっているらしい。

「ひどい……」

 公爵の人柄を知っているニユなら言える。公爵は断じて国を滅ぼしたりしない。

 ――だって彼と、ケビンを生き返らして王座に座らせると約束したのだ。良心的な公爵が誓いを破る筈がないのである。

 ――つまり、『幸神』ブライアンは悪意の存在に違いない。

 西の悪魔と契約をしたであろう人間、その足取りが掴めた。そう確信し、ニユは大きく宣言する。

「公爵さんも心配だし、何より西の悪魔がいるなら行かなきゃ。――城に乗り込もう!」

 それに誰からも異論はない。

 モイザは黒瞳を輝かせ、ラフレシアは青紫のドレスを着た胸を張り、ルピナスは長い首を伸ばし、エジーは白い尾を振って、それぞれに決意を表す。

 ――こうして、ニユ達は翌朝、遥か東の王都へと向かい、駆け出したのであった。

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