表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望みへの旅路  作者: 柴野いずみ@『悪女エメリィ』一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞!
第一章 帰って来た屋敷、新たなる旅立ち
1/20

一 懐かしき男爵邸

 暖かな日差しの降り注ぐ、心地の良い昼下がり。

 辿り着いたのは、石造の豪邸だった。

 それを目にする茶髪の少女、ニユは懐かしさに思わず長く息を吐いた。

 吐息は感慨によるものであり、決して負の意味ではない。

 ずっとここに戻って来るのを心待ちにしていた。――現在は、思い描いていた最善の状況ではないけれど。

 跨っていた純白の雌山羊、エジーから軽やかに飛び降りる。

 すっかり懐いた愛山羊を馬小屋で待たせ、豪邸、男爵邸の正門を開け、中へと足を踏み入れたのだった。


 ニユはここ、ドッゼル王国の男爵令嬢である。

 とある事情により、二ヶ月近く旅に出ていたのだが、やっと、ここへ帰って来たという訳だった。

 扉を開けると、屋敷のメイド長がすっ飛んで来た。「どちら様でございましょう?」そして、ニユの姿を見て目を見開く。「ニユ様!」

 驚かれるのも当然だ。なんたって、ニユは置き手紙を一つだけ残し、無言でこの屋敷を旅立ったのだから。

「ただいま。……心配かけて、ごめん。入るよ」

 懐かしき我が家。世界が混乱に呑まれたというのに、何も変わっていない。それに茶髪の少女は心から安堵した。

 最悪、屋敷が焼かれていた可能性だってあったのだ。

 食堂へ入ると、高年の男女が机を囲み、紅茶を啜っていた。

 見慣れていた筈のその光景を見て、ニユは涙が出そうになった。

「……母さん、父さん。ただいま」

 たった二ヶ月ぶりなのに、まるで一年も二年も会っていなかったみたいに思うから不思議だ。

 お茶をしていた男女二人――男爵夫妻が、ニユを見つめる。そして男爵夫人が、突然飛び付いて来た。「ニユっ」

 抱かれ、ニユは温もりに、思わず泣き出してしまう。母の懐は、なんと心地良いのか。

「ニユ、ニユ、ニユなのね。本当にニユね。ああ、心配したのよ。ほんとに、ほんとに心配したんだから……」跳んで喜ぶ男爵夫人は、娘の頭を撫で繰り回しながら涙した。

「母さんっ、母さんっ、ごめん……。ごめんなさい。父さんも」

 仰天する男爵。だが彼はすぐに、穏やかに微笑んだ。「おかえり。絶対帰って来ると思ってたよ」

「ありがとう」ニユも負けじと、明るい笑みを浮かべる。

 感動の再会は、今、果たされたのだった。


「ニユ様が戻られたお祝いです。今日はご馳走にしましょう」

 そう言ってメイド長が張り切って夕食を作り始めたのだが……、ここまで豪華だとは思わなかった。

 机に並べられた夕食を見て、ニユはびっくりする。

 ありとあらゆる高級食材を揃え、ニユの好物だらけのメニュー。見るだけで涎が出て来た。

「わあ。美味しそう。ずっとパンだけだったから、こんなの久し振り。いただきまーす」

 目で美味しい、鼻で美味しい、舌で美味しい。もう最高の料理だ。

 長らく、基本的にはパンしか食べていなかったニユは、華やかな食事に心から癒される。

 そんな彼女へ、突然に男爵夫人から問いが掛けられた。

「ねえ、ニユ。置き手紙に旅に出るって書いてあったけど、何をして来たの?」

 笑顔で夕食を口に頬張っていたニユの手が、一瞬止まる。

 問われて当然の事だが、すっかり気を抜いてしまっていたのだ。

 どこまで話して良いのだろうか、と彼女は迷った。

 本当は全部、洗いざらい話したい。でもそれではダメだ。きっと心を柔らかく折られてしまう。だから、ニユはできる限り簡略に、今までの事を語り始めたのだった。


 始まりは、黒髪の少年ケビンと出会った事。

 漆黒の犬達に付け狙われる彼を助け、この屋敷に招いて、泊めてやった。

 しかし真夜中、彼がニユの部屋を訪れて、自分が第二王子である事を明かした。そして一緒にこの世界を揺るがす魔人、ドンを倒す為に旅に出てくれと懇願。

 ニユはそれを引き受けて、メイドかつ一番の友達であったグリアムと、三人で出発した。

 本当に、色々な事があった。

 そしてルーマーという少女を仲間に加えて、北の最果て、魔人の城付近まで辿り着いて。

 悲しみの連鎖はそこからだった。

 氷のドラゴンの尾が腹に突き刺さって、ルーマーが死んだ。

 敵城へ入ってからすぐ、人馬人との戦いでグリアムがニユを庇って絶命。

 最後には蛇女に傷付けられ、大量出血でケビンも死んでしまった。

 全ての仲間を失ったニユ。だが奮闘し、ドンを倒す事に成功。

 そして『救世主』と称えられるようになったのであった。


 語り終えると、両親は目を丸くした。

 娘がこんな大冒険をしたなんて、無論、すぐには信じられないのだろう。

 でもニユの、嘘偽りのない綺麗な眼差しを見て、すぐに疑いは消えてしまったらしい。

「そうなの。母さん誇りに思うわ」

「そうか。……ありがとう。お前は偉いよ。だが、もう二度と、勝手に遠くへ行かないでくれ。お願いだ」

 母の賞賛と、父の願いを受け、ニユは頷く。

 そのまま談笑は続き、やがて食事も終わって、ニユは寝室へ行く事にした。

「おやすみ、母さん、父さん」

「おやすみ」

 抱き合い、部屋に入る。

 またしばらく見れないであろう、両親の顔を脳裏に焼き付けながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ