とりあえず、第8話 やれんのか、オイ
偶然か、はたまた必然か、ゲリラ的に遭遇したふたり。
第8話スタートです。
ゲリラ的にアロハと遭遇した。
何故ここにアロハが?とも思ったが、別におかしな事ではない。
万人に開かれたスーパー銭湯のサウナ室、アロハ以外にも10数人のサウニスト達が集っているのだ。
偶然というやつだろう。
ただ、昨日別れてから1日経っていないので、奇遇だと思っただけだ。
アロハとのセカンドコンタクトに戸惑って、このまま立ち続ける事は出来ない。
他のサウニスト達にも迷惑だ。
アロハとはコーナーに座る2人のサウニストを挟んで座ることになった。
俺の左前方が、アロハだ。
アロハは薄く目を閉じて、モゴモゴと口を動かしているように見えた。
サウナ内では、サウニストがタオル一枚で戦う。
故に、見ようと思わずともサウニスト達の身体つきが、俺の目に情報として飛び込んで来る。
そう、アロハの事も。
アロハ、お前、良いからだしてんな。
顔に刻まれたシワ、白髪、白髭、なんでその年齢でその身体が維持できてるん?
普通、下腹ぽっこりで皮膚は重力に従って垂れたりしてるんちゃうん?
きっちりと絞ってきたボクサーやランナーみたいな体型やな。
ん、うん、そうやな、多分お前、杖要らんやろ。
ある程度の運動なしでは、その身体にならんで。
薄く目を閉じたままのアロハ。
こちらはアロハを認識した訳だが、アロハはこちらに気付いていない可能性が非常に高い。
よくよく考えてみると、アロハが俺を特別に意識する必要はない。
昨晩アロハがしたことは、中華料理屋でご飯を食べただけ。
そして、俺も偶然その同じ空間でご飯を食べていただけだ。
お互いの視線が絡んだ事は事実だが、それだけだ。
お互いに会話なんて何一つしていなかったのだから。
昨日の俺が、あんなにも攻撃的な思考に至った理由は、未だに分かっていない。
疲れていたというだけでは、とても説明がつかない気がする。
だが、今日は違う。睡眠もバッチリだ。
今日の俺は、昨日の俺とは違うのだ。
アロハを意識なんてしない。
ひたすらに自分と語り合うとしよう。
ここはサウナ。
回りに人がいても、孤独な空間。
室内の時計の秒針が0を指した。
よし、ここから始めよう。
身体から汗と一緒に毒素を吐き出したら、今度は毒素を補給してやる。
その瞬間を想像するだけで楽しくなってきた。
オラ、ワクワクしてきたぞ。
薄く目を閉じて、サウナの熱を全身に浴びる。
俺の身体は、汗を出すことで、サウナの熱に対抗している。
半球状に浮かんできた汗を、白いタオルで優しく拭き取る。
室内の時計に目を向けると、5分程が経過している。
俺より先に入室していた内の5、6人はすでに退出している。
アロハもまだ居るが、気にはならない。
アロハの年齢を考えると、干からびる前に出ることをお勧めしたいが、それは出来ない。
俺はアロハを意識してないし、それは向こうも同じこと。
サウナ内では孤独に己と向き合う事だけが勤めなのだ。
流れ落ちる汗に気付き、タオルで身体中の汗を拭き取る。
タオルは、かなりびしょびしょだ。
タオルを絞りたい欲求はあるが、サウナ内でそんな事は出来ない。
完全なマナー違反だ。
時計をみる。
12分を経過していた。
人の入れ替わりは少しあるが、俺よりも先に入室し、今もまだ戦いを続けているのは一人だけだ。
そう、アロハだ。
相変わらず目を薄く閉じて、口をモゴモゴと動かしているように見える。
アロハから視線を外し、頭を垂れて薄く目を閉じる。
俺は自分との戦いに没頭する。
俺はアロハを意識なんかしていない。
おかしい、人が出ていく気配はあるが、入室してくるものがいない。
一時的なものだと思うが、室内の人口密度がどんどんと下がっていく。
まぁ良い、ここはサウナ。男達の戦場だ。ここでは皆が常に孤独。自分一人だけでも成立する世界、それがサウナだ。
俺の身体が提案してくる。
そろそろ出ても良いんじゃないですか?
美味しいビールが待ってますよ、と。
ふー、こいつは何にも分かっていない。
人の流出は終わったが、人の流入も全く無かった。
今この空間に残っている誇り高き戦士は2人だけ。
そう、俺とアロハだ。
時計を見ると15分を経過している。
ジジイ大丈夫か?
俺より先に居たのは間違いないぞ。
従業員に連絡して、アロハの意識を確認してもらうべきかもしれない。
従業員に連絡するためにサウナを出る必要があるが、仕方ない。
15分といえば、中々のタイムだし。
なんと言っても人助けの為だ。
従業員に連絡するべきかどうか、迷っている間にも時間だけは過ぎていく。
アロハを見つめる時間が増えた。
アロハは汗を拭わないスタイルのようだ。
身体に水滴は見えるが、身体を動かす素振りは見えない。
時計を見る。
俺が入室してから17分が経過している。
アロハは20分以上この部屋に居ることになるのか。
ヤバいな、口はモゴモゴと動いているようにも見えるが、老人の口モゴモゴは、意識がない状態でも発動するのか?
Coogle先生の助けを借りたいが、俺のスマホは脱衣所だ。
どうする、声をかけてみるか。
腰を上げて、声をかけようとしたその時、アロハはこちらを向き、ゆっくりと目を開けた。
ホッとした。良かった。即身仏ではなかったようだ。
お互いの視線は交錯したまま、アロハはそのキレイな歯を覗かせた。
ニカッ。
サウナで極限近くまで暖められた俺の身体に、鳥肌がたつ。
俺は知っている。
この笑顔を見るのは二度目だ。
この笑顔は俺にこう言っているのだ。
「あれぇ、ボクチャン今日はもうおしまいでちゅかぁ?チキン野郎は、早く帰ってママのおっぱいでもしゃぶってきなちゃい。
チキンの割りには頑張った方でちゅねぇ。ママに良い子、良い子してもらって、早くお寝んねしまちょうねぇ」と。
アロハから視線を外し、目を瞑る。
そうなのか、そうか、そうだよな。
あぁ、分かっていたよ。
俺は、また自分を誤魔化していたんだな。
良い奴で居たいって気持ちに、老人を労らなければならないという与えられた感情に。
俺は本当の自分を殺していたんだろうな。
ジジイお前は、また俺から奪おうとしているんだろう。
世の中にあるルールを必死で守ってきた俺の中の小さな自尊心すら踏み砕こうと思っているんだろう。
いいか、ジジイ。サウナにはルールがある。
後から入ってきた者は、先に入っていた者よりも先に出てはいけないんだ。
それはサウナの最上段に座るものであれば、必ず守るべきルールなんだよ。
このルールを言葉を変えて教えてやる。
先に入っていた者は、自分が一番の古株になった時点で速やかに退出しなければならないんだよ。
時にはロットが悪く、自分のタイミングでサウナをフィニッシュ出来ないこともあるだろうよ。
でもな、それは仕方ないんだよ。
つまり、譲り合いなんだよ。
俺達サウニストは、孤独でありながらも助け合って生きているんだよ。
中段や下段に座る者達なら多少の無作法も許されるだろう。
奴らはアマチュアだ。プロを夢見る存在だ。
だが、知ってか知らずか、お前は今プロが座る位置に腰を掛けている。
である以上、知らなかったでは済まされないんだよ。
今、お前の無作法を許してしまっては、全国1億3千万のサウニスト達に俺は顔向けが出来ないんだよ。
サウナのルールをぶち壊し、自由気ままに振る舞う貴様はサウナ王にでもなったつもりか。
何故、誰もこのサウナに入ってこないのか。
俺もようやく気付いたよ。
サウニスト達はこう言っているんだよ。
あんな傍若無人なサウナ王にはついていけない。
どうかあのサウナ王を倒してくださいってな。
上等だよ、ジジイ。やってやるよ。
お前を倒し、次のサウナ王には俺がなる。
そして、孤独でありながらも助け合う、あの優しく暖かい世界を必ず取り戻してみせる。
覚悟は決まった。
後はやるだけだ。
ジジイ、貴様を必ず倒す。
当方が承知している限りですが、サウナにそんなルールはないはずです。
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