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第九十話

 「ルチルス、キマイラ達が来たぞ」


 「…………キマ…イラか」


 ベッドの上で寝ている皇帝の頬に手を当て、悲しそうな表情を浮かべるヴィクトリア。

 皇帝はゆっくりと目を開け、精気の無い瞳でキマイラ達を見る。


 「皇帝…どうした?死ぬのか?」


 「そんな言い方…」


 キマイラを見れば、笑うでも悲しむでもなく、ただただ無表情で見据えていた。


 「キマイラ…久しぶり…だな」


 「…ああ」


 ひどく弱弱しい声だった。

 五年前、戦場で他の兵士達と共に戦っていた人物と同一人物とはとても思えない。


 「ふふ…見ての通りだ。床に臥すことも多くなってな…今ではほとんどを寝て過ごしている」


 「…陛下、失礼を」


 ミリーは皇帝に近づき、手首を握りつつ、顔や体を見る。


 「…そうか、そなたは医者だったか」


 穏やかな笑みを浮かべてくるが、彼の声に覇気は無い。


 「外傷を治すのは得意分野ですが…」


 (…肌の色が黄色い。脈は早い。音はごまかしてるけど呼吸も荒い)


 「キマイラさんの血で…」


 キマイラの血の力を使えば、恐らく生きられる。

 彼女はキマイラのほうを見た。


 「残念だが…それは良い。私はあくまで人として生き、人として死にたい」


 「…それがお前の願いか?」


 「ああそうだ…ミリエラよ。そなたがそなたの意志で化け物になったように。私も私の意志で人として死ぬ」


 「陛下…陛下を慕う民が悲しみます」


 「はっはっは…私に限らず、人とはいずれ死ぬのだ。それに私のような凝り固まった思想の人間がいつまでも国の頂点にいるのは良くはない」


 「………」


 皇帝が目を覚まして暫くはいつものような表情をしていたヴィクトリアだったが、すぐに目線を下げた。

 気丈に振舞おうとしていたのだろうが、それが隠せていない。


 「なんで諦めるんだ、ルチルス。戦争が終わって、国も平和になって、これからだっていうのに…」


 「…すまぬな、ヴィクトリア」


 「……」


 ヴィクトリアは唇を血が出るほど噛みながら乱暴に扉を開け部屋を出た。


 「キマイラよ…そなたに頼みがある」


 「…遺言代わりに聞いてやる」


 「ヴィクトリアを…私の妻を…」


 

 支えてやってくれ。



 「…………」


 皇帝はそう言うと瞳を閉じた。


 「死んだか?」


 「いえ、眠っただけです」


 「…そうか」


 穏やかな表情で絞り出すように出た言葉だった。






 「ヴィクトリア…」


 「本音を言うとな…お前たちに期待してたんだ。お前達の話なら聞いてくれるんじゃないかと思ってな。あの野郎はどうにも頑固で」


 部屋から出て左を見ると、扉の横にしゃがみ込んで額を押さえるヴィクトリアがいた。


 「これに関しては他人じゃなく己の意志で決めるものだ。それに俺の血を使っても必ず助かる見込みは無い」


 「…そうか」


 彼女の瞳から一粒の涙が流れた。

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