第八話
「キマイラ!!」
「エイラ、何やってるの!?」
キマイラの後に遅れてクラウが焦った表情を浮べながら走ってきた。
すでにミリーは化け物と化し、理性があるのかどうかも怪しい状態である。
「これってキマイラさんの…」
「ああ、同族だって言ってたから怪しいとは思っていたが…」
ミリーの身体は肥大化し次々と多種多様な生物の部位が現れる。
そんな時だ、彼女の顔がキマイラに向けられる。
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」
ミリーだったものが絶叫する。
「本当に余計なことをしてくれたな。もう少し時間がたってから教えるつもりだったのに」
「荒かったのは認める!!だがすまん止めてくれキマイラ!!」
「そのつもりだ」
彼はキマイラとクラウを押しのけ、ミリーの前に立つ。
「聞こえているか?」
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」
ミリーの叫び声と共に黒く光る虫の足が彼の腹部を貫いた。
「…全く、聞く耳持たずか。それで、気が済んだか?」
腹部を貫かれて尚、彼の口調は冷静そのものだった。
「あ、キ、キマイラさん…私、こんなつもりじゃ…」
残っていた彼女の顔に感情が戻る。
身体から生えていた蛇、虫のような足が徐々に引っ込みミリーが急速に元の姿へと戻っていく。
「戻ったか。手間をかけさせるな」
ミリーはキマイラのもとに駆け寄り、血が出ている彼の腹部を押さえる。
引き抜かれているとはいえ彼の腹部には風穴が空いているのだ、よくよくみれば彼の額には脂汗が浮かんでいる。
「どうしたら…血がこんなに」
「クラウ!!治癒の魔術だ!手を貸してくれ!!」
「はいっ!」
うろたえているミリーを尻目にエイラは彼を寝かせ、クラウとエイラで横になった彼の腹部に手をかざす。
脂汗を流し苦しそうな彼を前にして、ミリーはただ混乱するばかりである。
「すいませんキマイラさん」
「俺はこの程度では死なない。分かったら2度とやるな。…それと」
「それと?」
「服を着ろ」
「え?きゃああぁっ!?」
悲鳴を上げて離れに消えていくミリーを尻目に彼女達は手から緑色の光を発し彼の腹部の傷を癒やしていく。
「エイラ、なぜこんなことをした?」
「早めに自覚させたほうが良い。お前の血を継いでいるなら放置すれば危険だからな」
「それを教えるのは俺の役だ。お前じゃない」
「…すまない」
「もういい。退いてくれ」
「まだ治ってないです。寝ててください」
クラウが起き上がろうとする彼の額に指を当てる。
「構わん」
「寝、て、て、く、だ、さ、い」
「分ったよ」
意外なことにクラウの強い口調に屈して、彼はおとなしく寝たままになった。
「エイラ、クラウ、今日はもう帰れ」
「そうしたいんだがな…最初は掃除を終わらせたら帰る予定だったし」
「なら…」
キマイラは続きを言いかけて、頭だけ上げて周りを見渡してみる。
倒れた木、ぼこぼこと穴の開いた庭…
「…直して帰れ」
「あ、はい。そのつもりです」
先程までの強い口調は消え失せ、普段から小さいクラウの声が、今はほとんど聞き取れないほど小さくなった。
連れが自宅の庭を思いっきり荒らしたのだから仕方がないことかもしれないが…
「キマイラさん!」
そんなふうに話しているときにミリーが布を羽織って戻ってきた、よく見ると彼女の手には何か草が握られている。
「なんだそれは?」
「ん…」
すると彼女は手に持っていた草を口の中に入れて咀嚼し始めた。
「…なにやってる」
「これで、少しはどうにか…」
ぐちゃぐちゃになった草を吐き出すと彼女はそれをキマイラの腹部、傷口に塗った。
「…なんだこれは」
「止血、切り傷の類に効く薬草です。魔法に比べたら微々たるものでしょうけど…」
「…俺は人間と違って自己回復が早い。今二人にやってもらってる魔術でもうほとんど傷は癒えている」
「そう…ですよね」
彼の言う通り、彼の腹に空いていた傷はもうすでに塞がりかけているし出血ももうほとんどない。
彼女のしたことはほとんど意味なんてなかったのだろう。
だが…
「ありがとう」
彼は真っすぐにその紅い瞳でミリーを見ながら、そう言った。
「はい!」
彼女の表情は花が咲いたような、そんな笑顔であった。