第七話
「全く、どうやったらこんなに館を荒らせるのか…」
悪態をつきながらエイラは館の中で箒がけをしている。
「自分でやるって言ったんだからちゃんとしよう?」
「私は離れを掃除したいんですがね…」
ミリーとクラウはそれぞれ意見しながら本を棚に戻し、床をふいていく。
こんな時に限ってドリュアスが出てこないのは恐らく面倒だからだろう、ちゃっかりしている。
「まあ、後で離れも協力するさ安心してくれ」
「はあ…」
エイラはこちらに向き直って笑顔でそう言った。
さっきまで殺気を向けてきた人物と同一人物とは思えない変わりようだ。
「そういえばさっき言ってたのって…」
「ん?寿命のことか?さっきも言った通りだ。我々魔術を扱うものは基本的に数百年以上の時を生きている。そこにいるクラウもそうだぞ?」
一生懸命床を拭いている彼女を見る。
背丈は自分の肩ほどしかなく俯いているためよくは見えないが茶髪の下の顔には幼さが残る。
自分よりも明らかに年下に見える少女、これが実際は数百歳とは…
「ちなみにクラウのほうが年上だ。私よりもな」
「…ドリュアスといいあなた達といい、訳が分からない」
「何言ってる、お前もあれと同じになったんだ。歳はとらんぞ?」
「そうなんですか?私はあの人?に確かに命を救われました、化け物になったのも彼から聞いています。けど…」
「自覚がない…と?」
ミリーは黙って頷いた。
村でクルトを目の前にしたとき、一瞬だが確かに己の体に力が漲っているのを感じた。
だがそのあとは何も起こっていないのだ。
エイラのように体から炎を出したり、操れるわけでもない。
水桶に写った自分の顔にもなんら変化がない、いつもと変わらない赤毛に緑色の瞳のパッとしない顔だ。
「そうだな…こういうのは早いほうがいい。私が教えてやろう。クラウ、ここは少し任せるぞ」
「え?あの…」
「エイラ、勝手にそんなことしちゃだめだよ!」
「心配いらん少しだけだ」
そう言った彼女はミリーの腕をつかみ、外に連れ出していった。
オドオドしているクラウを残して。
二人は館の庭である程度の距離を取って向かい合っている。
「さて、まず最初に言っておくが、私はお前を殺すつもりはない。安心してくれ」
「えーと、いったいどういう…」
「あいつの血が入っているなら戦いの中で自覚するさ。構えろ、行くぞ」
そう言った彼女は両手に炎の玉を出した。
「ちょ、ちょっとまって!!」
ミリーが止めるがエイラはお構いなし、彼女は手に持った炎を投げてきた。
玉はミリーのすぐそばに着弾、地面を深くえぐった。
(冗談じゃない!!当たれば死ぬじゃない!!)
人がそのまま入れそうな穴、そんなものを食らおうものなら…
四肢が消し飛ぶだけでは済まないのは間違いない。
そんな玉を、今度は虚空に大量に展開している。
「さて、足の速さだけでどこまでしのげるかな?」
逃げ続ける彼女目掛け、大量に展開していた玉を彼女目掛け乱雑に投げつける。
轟音と共に玉が着弾、地面をえぐり舞い上がった土煙が視界を阻む。
だがこれでも終わらない。
地面にできた穴を利用し身を隠すが、目と鼻の先に着弾。
全く安心などできなかった。
(全然見えない、せめて姿が見えれば逃げられるのに…)
そんな中、土煙をかき分け、彼女目掛けて炎の玉が迫った。
(あ…死んだ)
玉は彼女の胸元目掛けて突っ込んだ。
周りの土砂もろとも吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。
(ああ…また殺されるんだ…)
ミリーは体から発せられる激痛の中で静かに目を閉じ…
てはいなかった。
「あれ?何で?」
驚愕に目を見開いた、死んだと思った。
当たった時には衝撃があったし、痛みも感じていると思っていた。
だが冷静になってみると痛みなど感じてはいなかった。
彼女は自分の体を確認するため、体を起こす。
すると…
「ひいっ!?」
彼女は自分の体を見て悲鳴を上げた。
「嫌、嫌ぁぁッ!!」
玉が当たった胸あたりの服は焼けて吹き飛び、その下からは分厚い鱗を纏った蛇や鰐のような鱗が見えていた。
それだけでなく、足からは昆虫のような節のある足が、腕には獣のような腕といった具合に元あった体の部位とは別に乱雑に何かが生えていた。
「予想はしていたが、なんとも…」
土煙をかき分けながらエイラが駆けてきた。
「これでわかったろう。お前はキマイラの血を飲んでその特性を」
「私の身体が、あ、アアぁあアアアア」
「何ッ!?」
ミリーの身体が急激に変異を始めた。
もはや人間だったころの原型はほぼなくなり、様々な生物を無理やりつなぎ合わせたような不気味でおぞましい姿へと変わる。
唯一残されたミリーの頭部だけが元は人間であったとかろうじてわかる部位であった。
「クソッ。血に飲まれたか!!何とかして止めないと」
「余計なことをしてくれたな、エイラ」
「キマイラ」
エイラが振り返ると、そこには白い服に身を包んだキマイラが立っていた。