第六話
山の真ん中に館を建てた人間を呪う。
「なんでこんな良い館がこんなに荒れてるんですか?」
朝早く、ミリーはキマイラに案内された離れを掃除していた。
離れとは聞かされていたが恐らくそれは彼の勘違いだろう。
パンを焼く釜、すぐ外には井戸、飾りのない朽ちかけた木の机。
ここは恐らくは台所だ。
井戸は整備されていないが水は死んでいない、十分使えるだろう。
「屋根もあって頑丈な石造り、絵まで飾ってあるなんて。元はどんな館だったんだろ」
壁にかかっている絵を見ながら、呟いた。
「綺麗な女の人…髪の色とか目の色は違うけどキマイラさんに似てる…」
壁にかかっている絵には太ももあたりまで伸びた金髪に青い瞳の美人が描かれている。
「やあ、久方ぶりじゃの」
「ドリュアス?」
床に落ちていた木葉を払っていると、どこからともなくドリュアスが出てきた。
「聞いたぞ?儂らと同じ化け物になったんじゃろ?」
「……………」
「で、どうじゃ?感想は?」
「どう…と言われても…」
全く実感が無い。
「まあ、苦労するじゃろうが。頑張りなされ」
「なんだか子供に諭されてる気分で複雑」
目の前の少年はどこからどうみてもただの少年、栗色の髪の毛も顔立ちもどこでも見かける顔だ。
「…一応言っておくがの。儂はキマイラの兄じゃよ」
「え!?」
子供と言われてむすっとしたのかそんなことを言ってさっさと帰ってしまった。
「あの見た目で…キマイラさんの兄………」
どっちかって言うと弟なんじゃ…そんな言葉を飲み込み、ミリーは再び掃除に戻った。
「あ、塀も壊れかけてる。直さないと…というかよくこれだけ荒れてて崩れないな…キマイラさん魔法でも使ってるの?」
塀に出来ていた穴から首を出し、辺りを見渡してみる。
見渡すかぎりの森、他には何も…
「ん?」
館の門の方を見ると、キマイラがちょうど門の前で立っていた。
「何してるんですか?」
「黙ってろ」
こちらには見向きもせずに言った。
おまけに彼の顔が少し険しい、いつもだが。
「ん?」
彼の前に何か違和感がある。
「…空間が歪んでる?」
彼の前の何もない空間がぐにゃりと歪んでいる。
少しの間黙ってそれを見ていたのだが…
「…久しぶりだな。エイラ、クラウ」
「久しぶりだな。キマイラ」
歪んだ区間の中から二人の女性が現れた。
一人は鎧姿の凛々しい顔つきの女性、灰色の髪を後ろでまとめている。
もう一人はその人物の後ろに隠れている。
明るい色の茶髪と共にチラチラ見える顔は不安そうで、気が小さそうな少女だ。
「…なんていうか。もう慣れちゃったのが怖いな」
「おおそうか、慣れるのは良いことじゃ」
隣にはドリュアスがいつの間にやら来ていた。
「あの二人誰なの?」
小声で話しかける。
「んー、昔馴染み。というのが正しいかのう…」
「昔馴染みねぇ…」
「あまり近づかん方がええ、お前さんが出ると絶対に面倒なことになる」
「分かった」
彼らの面倒なことなど、絶対に命に関わる。
そうときまれば隠れよう。
釜の後ろなんかは絶好の隠れ場所じゃないか。
そう思って移動しようとした瞬間、足元にあった枝に躓いて転んでしまった。
「誰だ?」
案の定気付かれた。
というかそれなりに距離があるのになんで聞こえるのか…
見えないが足音が近付いてくる。
「女?だと?」
塀から顔だけ出してこちらを睨んできた。
近くで見ると美人だ、だが。
「あははは、はじめまして」
「…アイツが人間を迎え入れるとは考えられん。貴様、ギースの手下か?」
「いえ、違いますよ!ギースって人は知り合いに居な、熱っ!?」
頬に火の粉が飛んできた。
しかし近くに火の気はない。
「…………」
否、火の粉は目の前の彼女から放たれていた、憎悪のこもった目で睨みつけてくる。
「あ、あの。本当に知らないんです!」
「死ね」
彼女は手のひらに火の玉を出し投げつけようとした。
「まてエイラ。それは俺達の同族だ。殺すな」
「なに?」
キマイラにそう言われ、彼女は止まった。
「どういうことだ?本当にコイツはお前の仲間なのか?」
「ああ、不本意だがな。今は居候の身だ」
キョトンとした顔でこちらを見ている。
一体どう反応したらいいのか…
「…すまなかった。非礼を詫びる」
「い、いえ…」
まだ疑っているようだが手を貸してくれた。
少しは優しいところもあるようだ。
「キマイラの仲間というなら。自己紹介を…私はエイラ、元軍人だ」
「ミリエラです。もともとは薬草売り…ミリーって呼んでください」
「で、何の用で来たんだ?エイラ」
腕組みをしながら不機嫌そうに聞いてきた。
「どうもこうもない。お前、最近襲撃されたんだろ?それも2度も」
「…………」
「悪いことは言わん。私達の所に来い。お前だって死なないわけじゃないんだぞ」
「お前達と暮らすつもりはない。帰ってくれ」
彼はそう言い残すと屋敷のほうに帰っていった。
「あいつの強情なところは、数百年前から変わらんな…」
「エイラ、屋敷の掃除してから帰ろう?」
いつの間にやら来ていた彼女の連れがエイラの手を引っ張る。
「えーと、貴方は…」
「クラウです。よろしく」
こちらが見るとクラウと名乗る少女はエイラの陰に隠れてしまった。
「ところでさっき数百年前からって言ってたけど。あなた達って…」
「言ったとおりだ。私は、いや私たちは数百年前より歳もとらず老いもしていない」