第六十一話
キマイラは両手でミリーの肩を掴んだまま、頑なに離そうとしなかった。
周りにいる兵士達も、その姿を見て立ち上がって事の顛末を見ようとしていた。
「…キマイラさん」
「行くな。死ぬぞ」
「絶対に死ぬわけじゃありません。もしかしたら敵が来ないかもしれませんし」
楽観的…そういうべきだろう。
だがこれはあくまでキマイラを安心させるためだ。
「ミリー…」
「私は貴方の血が混ざってます。それに私、こんななりですけど元々結構図太いんですよ?絶対に生き残って見せますよ」
「…本当に行く気か?」
「ええ」
「…だったら一つ、約束してくれ。絶対に死ぬな」
「分かりました。約束です」
そう言って、彼女は小指を出した。
「…これは?」
「おまじないですよ。ちょっとした。小指を絡ませて約束事をするんです」
おずおずと彼は小指を出し、彼女は微笑みながら小指を絡ませた。
「…じゃあ、行ってきます」
「…ああ」
彼女はこの後、帰ってきたクラウに連れられ、ウッディーネに向かった。
悲惨な光景を目の当たりにすることも知らずに…
「これは…」
皇帝が去った後のテベレスの石橋。
残されたザクセンは目の前の光景に息を飲む。
「塩漬けの肉、魚を樽で二百。葡萄酒、蜂蜜酒を同じく二百。そのほか槍、剣の武器、革鎧もございます。お望みとあらば陣地構築に必要な人足もご用意いたしましょう」
黒いフードを被った怪しい男がそう言った。
ザクセンの目の前に積まれているのは大量の物資。
彼はこれを銅貨数枚で売ると言ってきたのだ。
「明らかにそなたの利益にならぬ筈。それでも売ろうというなら理由を聞かせてほしい」
「…この戦争が終わった後。他の商人からではなく我々から軍需物資を買っていただきたいのです。無論お値段はお安くしますとも」
「…ふむ」
「戦争中、我々は協力を惜しみません。終戦まではこれと同じ値で物資を下ろしても良い」
露骨すぎる作り笑いと見たことも無い商人の言葉、疑うのは無理ない。
快諾できないのはそれだけではないが…
「我らは多数の商人から物を仕入れている。それらを全てそなたに任せるとなれば他の商人が打撃を受ける。そなたらの要求を全て飲むわけにはいかん」
目の前の物は魅力的だ、彼は兵士に物を確認させたが問題はないと報告を受けている。
だが彼は、目の前の男を信用できずにいた。
「ふむ…では食料品のみではいかがです?品質も量もお値段も保証いたしますよ?」
「…すぐには乗り換えない、一先ず半年間様子を見させてもらうぞ。駄目なようなら…」
「ええ、心得ております。それでは失礼。どうか勝利を…」
黒いフードの男は深々と一礼すると踵を返し去ろうとした。
「ああ、待て。大事なことを聞きそびれていた。そなた等の名は?」
立ち止まった後、ザクセンの問いに対して彼はフードで頭を隠しながら嬉しそうに名乗った。
「我々はマグワイヤ商会と申します。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」
「…ああ」
物資を持ってきた人足の所に戻っていく彼を見届けた後、ザクセンの元に将軍がやってきた。
とても複雑な顔をしている。
「…怪しいですな」
「ああ、どうもあの貼り付けたような笑みは好かん」
「先ほども申しましたが物は問題ありません。使えます。ですが…」
「マグワイヤ商会など聞いたことも無い。新しくできた商会にしてもこれだけの物資をそろえるのは難しいだろう…奴は何者だ?」
「…今一人つけております。何か不審なところがあれば、報告があります」
「分かった。さて次はど」
ザクセンの言葉を遮り、目を焼くような光を放つ巨大な雷の柱が『星』が落ちた跡地に現れ、それと同時に耳をつんざくような雷鳴が響き渡った。
「始まったか…」
「ええ」
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ッ!!」
荒野で火花を散らすのはテュポーンとメリザンド。
テュポーンは己の巨体を武器に、メリザンドは鍛え上げ研鑚を積んだ魔術を武器にして戦う。
(流石はベルガー家最強の兵器、一筋縄ではいかない…)
彼女はキマイラに放った雷撃と同じ威力の物を既に六発は命中させている。
本来ならばその雷撃は全身を焼き、黒焦げの骸に変えるものだ。
だが…
「ラァッ!!」
降り注ぐ無数の雷撃もお構いなしで猛進し拳を叩きつける彼。
彼女が影で完全に隠れるほどの巨体。
上半身は人間のそれだが、下半身は鱗を持つ蛇…
燃えるように赤く発光する瞳に睨まれたなら、並みの人間なら失神するであろう。
「見事だテュポーン殿。私の『杖』をこうまで受けきった者はいない。誇ると良い」
「戦闘中に会話とは…とはいえありがたく頂戴いたしましょう」
涼しい顔でエキドナ達が見守る中、彼と彼女は再び交戦を開始した。
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