サイドストーリー 色褪せない記憶
トゥールスに向かう道中、兵士達と共に休息を取っていたミリーはとある物を前に髪をいじりながら立ち尽くしていた。
「これは…」
手のひらに収まる大きさの水晶玉、キマイラが服の中から落としたこれには見覚えがある。
「…過去を映し出す。というよりは見たものを記録する水晶玉だよね?」
キマイラの館で見たものと同じように見える。
だがあれはクラウに渡して返したはず。
とすれば彼が持っているのは恐らくあれとは別の物…
ミリーはこれをどうするか悩んでいた。
(本当なら即座に帰したほうが良いんだけど…)
好奇心である。
彼が後生大事にしまっていた水晶玉、一体何が記録されているのか気になっているのだ。
だが見つかれば何をされるか分からない。
「…ごめんなさいキマイラさん」
結局誘惑に負け、ミリーは水晶玉を握りしめ館でやったようにした。
「…ここは…」
場面が切り替わり、森の中。
その場に居るのは…
「エル…」
寂しそうな顔で窓から館の中を覗き込むキマイラ。
「しかめっ面ばかりだな最近」
明るい茶髪の…確かエイルバーという男…
「籠りっきりで…作戦とか考えているんだと思うんです。けど少しくらい休みを取らないと倒れちゃいそうです」
不安そうなクラウ。
この三人だ。
キマイラが視線を送る先を見ると、いつぞや見たことがあるエルフリーナという女性がロッキングチェアに座り、額に手を当て考え込んでいた。
「あの人の使ってた椅子だったから、大事にしてたんだ…」
ミリーは館でキマイラが使っていた椅子を思い出した。
「さて、キマイラ。ちょっと来い。エルを気分転換させてやろう」
「…?エルを癒してやれるのか?」
「ああ。もちろんだ」
自信ありそうに語るエイルバーの口角が吊り上がるのを見て、彼女とクラウは少し不安になった。
「いいか?うまくやれよ?しくじるな」
「ああ、分かった」
「もがもが…」
にやにやといたずら好きの子供のような笑みを浮かべるエイルバーはある物をキマイラに渡していた。
そしてそれを確認したクラウは注意しようとしたところ彼に口を塞がれてしまっていた。
純粋そうな目で彼の言うことを聞くキマイラは迷わず館の中に入っていく。
「ぷはっ!兄さん!?駄目だよ止めようよ!」
「いいだろこれぐらい」
「はあ…どうなっても知らないよ?」
「エル…」
「ああ、どうしたの?キマイラ」
前にミリーが見た時よりげっそりしている上、少し痩せているように見えるエルフリーナ。
それでも話しかけてきたキマイラに対して無理やり作り笑いをしている彼女。
「これ、エイルバーに教えてもらった。贈り物だって」
「贈り物?貴方が私に?何かしら」
微笑するキマイラが手をだし、それを受け取る彼女。
「さて何がってきゃああああああ!?」
悲鳴を上げつつ飛び上がった彼女、そんな彼女が受け取ったもの、それは…
家の中によくいる、黒光りする虫だった。
「喜んでもらッグッファ!?」
感想を聞こうとしたキマイラの下腹部に、加減の一切無いエルフリーナの肘が突き刺さった。
(なんていう馬鹿馬鹿しい…)
窓から見えるエイルバーは実に嬉しそうであった。
「で?何か言うことはある?エイ君?」
場面は切り替わり館の庭、額に血管を浮き上がらせ笑顔のまま怒るという器用なことをやっているエルフリーナ。
「ふいまへんでひた…もふしはへん」
彼女の前では顔面を見る影もなくぼこぼこにされたエイルバーが倒れ伏しながら謝っていた。
「エル、やったのは俺だ。エイルバーをやるなら俺もやられなくちゃならん」
「キマイラの純真さを利用していたずらして…」
「エルが最近しかめっ面で籠りっきりだったから、皆心配してたんだ」
「……………」
「邪魔をしたのは謝るから…だから」
もう一押しすれば泣きそうなキマイラ。
そんな彼を見てエルフリーナは少し額に手を当て何かを考え始めた。
「…ミルク」
「え?」
「私の代わりに飲み物を。暖かい…蜂蜜のたっぷり入ったミルクがいい」
「それでいいのか?」
「うん。今回はそれで許してあげる。けど今度同じことをしたら、その時は…」
「分かった」
彼の頭をなでながら、エルフリーナは優しく微笑んだ。
そして館に入っていく彼女達、ミリーも後を追おうとして…
「ん…」
いきなりの覚醒、目を覚ましたミリーがまず目にしたのは隣に座って仏頂面をしたキマイラの姿だった。
彼の手にはミリーが持っていたはずの水晶玉が握られていて…
「あ、あの…キマイラさん」
「…………」
「怒ってます?」
「そう見えるか?」
彼の表情は変わらないが、間違いなく怒っている。
当然だろう、人の記憶を勝手に覗き見るようなことをしたのだから。
「ごめんなさい…」
「……」
彼は黙って立ち上がると明後日の方向に歩き出した。
「あのっ、キマイラさん」
「…なんだ?」
「その…お詫びに今度私が作ります。蜂蜜がたっぷり入ったミルクを」
その言葉に彼は立ち止まるとこっちに向き直ることも無くこう言った。
「ああ、それは楽しみだ…本当に」
彼のその声はどこか懐かしむようだった。




