第五話
「生きていたいか?」
まとっていた服は焼け焦げ、ぼろ布のように転がっている瀕死のミリーに問う。
「てめぇ!!何する気だッ!!」
「どうなんだ?」
クルトの罵声を無視して、キマイラはミリーを見つめる。
「……いたい」
「なんだ?」
「生きて……い…たい」
かすれた声で、それでも今の彼女に出せる最大限の声で答えた。
「分かった。なら、俺が力を貸してやる」
キマイラは頷き、自分の腕に爪を立てて傷をつけた。
「耐えろ。そうすれば願いが叶う」
そういうと彼はミリーの口目掛けて滴る血を注いだ。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
キマイラの血を飲んだミリーは背骨が折れるほどのけ反り痙攣した。
絶叫しながら激しい痛みにのたうち回る、体が内側から作り変えられていくような、先ほど火炙りにされていたほうがまだましに感じさせるほどの激しい痛み…
「う、嘘だろ…なんで?」
「火傷が、治っていく…」
村人達の目が驚愕に見開かれる。
異変が起きたのだ、苦しみもがくミリーの傷が見る見るうちに癒えていく。
巻き戻しをしているかのように焼け焦げた皮膚が癒えていく。
その光景にその場にいた人間が息を飲んだ。
「あ、ああ……」
「さて、これでお前は正真正銘『化け物』の仲間になったわけだが、どうする」
「…………」
気がつけば痛みが嘘のように消えていた、今まで感じた事もないほど体に力が漲っている。
自分でもわかるほどの異常な体温、だが心地よささえ感じる。
「さあ、手始めに目の前の人間を殺してみろ。お前の仇だぞ」
「………」
赤毛を揺らしながら彼女はゆらりと立ち上がり、目の前で座り込んでいるクルトを憎悪をこめて睨みつける。
「ああ、許してくれミリー!!ほんとに化け物の仲間だと思ったんだ!!許してくれ」
震えながらクルトはそう命乞いした。
周囲を見渡してみる、先ほどまでは村人達も幾つか違う反応があったが今は違う。
皆一様におびえた視線をミリーに向けている。
中にはその場でへたりこんで失禁する者もいた。
「キマイラさん」
「なんだ?」
「私を連れて行ってください。もう、ここには住めない。ここに私の居場所はない…」
悲しげな表情で、涙を堪えてミリーはそうつぶやいた。
「いいのか?それで?」
あまり表情は変わっていないが意外そうな口調で紅い瞳を細めていた。
「はい」
「そうか…」
キマイラは彼女を抱き抱え、翼を大きく広げた。
「さようなら」
「み、ミリー」
クルトの言葉には耳を貸さずキマイラは飛び去った。
…風の音だけが聞こえる。
視線を下げればどんどん遠ざかっていく村が見える、生まれ、育った村が…
「案外、呆気なかったなあ…」
「お前、なんであの時にあの男を殺さなかったんだ?そうすることもできたはずだ」
視線を前方に向けながら、キマイラは不思議そうに彼女に問う。
「なんででしょうか、分らないですね」
「人間ならそうするんじゃないのか?」
「多分そうでしょうね…けどいいんです。私はそれで構いませんから」
「そうか」
「それで…キマイラさん。貴方の館に厄介になってもいいですか?住む場所が無くて」
「俺は人間が嫌いだ…」
キマイラの言葉に、ミリーは俯いた。
「だが今のお前は人間じゃない。俺と同じ化け物だ」
「それって…」
「…館に離れがある、そこになら許そう」
「ありがとうございます」
優しく微笑む彼女に少し照れたのかキマイラは視線を地上に向ける。
もうすでに館の真上まで来ていた。
(不思議…昨日まであんなに怖かったのに。今はそんなの感じない。気を使ってくれてるのかな…)
抱き抱えられながらキマイラの顔をまじまじと見つめる。
昨日と変わらない仏頂面。
だけど今は少しだけ、ほんの少しだけ…
「降りるぞ」
優しそうに見えた。
「はい」
翼をたたんで急速に落下していくキマイラとミリー、最初は怖かったはずだったがもう慣れた。
「………」
土に足がめり込む勢いで着地、目の前には昨日居た館が見える。
相も変わらず不気味な館だが今日から厄介になるのだ。
「まずは掃除からですね。キマイラさん」
「俺は手伝わない。やりたければお前だけでやれ」
そうですか、そう呟くミリーの横顔は少しだけ明るさを取り戻したように見えた。