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第三十六話

 「やあ、久しぶり。元気にしていたかい?」


 緊迫した雰囲気のキマイラ達とは違い、メリザンドの口調は涼しげであった。


 「ふっ…」


 皇帝は確認するやいなや、手にした剣で斬りつけた。

 狙いは首、命中もした。

 しかし…


 「やれやれ。僕は話をしに来ただけなんだけどね…」


 彼の剣がメリザンドを斬ることはなかった。


 「それも魔術師の術か」


 「その通り。僕はここには居ないよ。この体はあくまで遠くにいる僕を映しているだけだからね。ああ勿論、戦うことも出来ないから安心してね」


 「…男?」


 背丈はキマイラとほぼ同じ。

 瞳は赤く髪は黒く、耳が隠れるかどうかの長さで中性的な顔をしている。


 「いや、女だよ。まあ見た目と口調で間違えられるから仕方ないけどね」


 「一体なんの用だ?降伏の申し入れなら喜んで受けるが?」


 「テュポーン殿は何処にいるんだい?いるんだろう?ここに」


 予想の斜め上をいっていた。


 「ドリュアス君、君なら知っているだろう?」


 彼女の視線がドリュアスに向けられる。

 一方の彼は、沈んだ表情をしているが…


 「…テュポーンならここにはおらん。先に言っておくがエキドナもな」


 「嘘だね。さっき攻撃した化け物が居るだろう?あれがテュポーン殿じゃないのかい?もっとも2体いたようだけど…あれはエキドナかな」


 「それは俺だ」


 「もう一人は私です」


 そう言いながら前に出るキマイラに怪訝そうな表情を見せる彼女。


 「君達は?見ない顔だね」


 「俺はキマイラだ。よくもやってくれたな」


 「ミリーです」


 「なるほど、ペーター殿がまた作ったんだね。人を守る為、平和の為なんてお題目を並べておいてよくもまあ」


 飄々としているが言葉の節々に侮蔑と嘲笑が混じっている。

 とても不快だ。


 「儂の主の笑うでない」


 「失礼、だが僕も昔のことがあるからね。この位の恨み節はゆるしてよ。話を戻そうか。テュポーン殿は何処だい?」


 「儂が聞きたいくらいじゃ」


 「そう…ならペーター殿に聞こうか。彼も不死の術を使っているだろうし。存命してるでしょ?」


 「亡くなられた」


 「…なら、エルフリーナ嬢に」

 

 「死んだよ」


 ドリュアス、キマイラの言葉に目を丸くする彼女。

 

 「じゃあベルガー家の人間がいるだろう?どこにいるんだい?」


 「エルの代でベルガー家の血は途切れたわ。思い出させるな」


 絶句するメリザンド。

 

 「…本当に君たちは知らないのかい?何も?」


 「ああ、そうじゃ」


 「そうかい…せっかく来たのに…会えないなんて。今日は帰るよ。じゃあね」


 「逃がすと思うか?」


 皇帝が目配せし、周囲を抜刀した兵士たちが取り囲む。


 「だから無駄だって。もしかして君たちの場所を教えるんじゃないかと思って焦ってるのかい?だったら大丈夫さ。僕はあくまでテュポーン殿に会いに来ただけだからね。告げ口したりしないよ」


 「信用できるとでも?」


 「これでも元々は騎士だよ。約束は守るさ。それじゃあ」


 そう言い残すと、彼女は一瞬だけ輝いたかと思うと即座に消えた。


 「…そなた等、奴の居場所を特定できるか?」


 「無理です」


 「…あれは信用できる人間か?」


 「魔術師は基本的に契約、約定の類は守ります。ですが念のため、陣は移動された方が良いかと」


 「そうだな」






 「やれやれ。まさかテュポーン殿が居ないなんて…」


 アマルフィア海岸に錨を下ろして停泊している船の中で、メリザンドは体を起こした。

 場所は船倉、生臭い匂いが充満しているうえに蝋燭の光だけが輝いていておどろおどろしい。

 

 「どこに行っていた?」


 傍らには黒い外套と頭巾を被った男が立っていた。

 顔は隠れて見えないが、口調は不機嫌そうだ。

 おまけに外見のせいで威圧感がある。


 「ちょっと散歩さ。昔馴染みに会いたかったんだけどね。会えなかったよ」


 「…立場を分っているのか?貴様はわが軍の人間で大陸の奴らは敵なんだぞ?」


 「僕がその程度も分からないような人間に見えるのかい?大丈夫だよ」


 そのまま立ち去ろうとした彼女の襟首を男は掴んで自分の顔の位置まで引き寄せた。


 「…よしなよ。味方同士で喧嘩なんて」


 「うるさい黙れ。勝手なことは許さん。この敗残兵が」


 「言ってなよ、なりそこない」


 「何だとッ!?」


 激昂している男を見ながら彼女は涼しげにほほ笑む。

 

 「君たちは所詮『龍』を使うことでしか戦えない。それも先祖代々受け継いでいる骨董品のね。自分たちの魔術を研鑚し続けたベルガー家とは大違いさ」


 ことさらに男を煽り、苛立たせていく彼女。

 

 (さっさと手を出してくれないかな…)


 彼女は男が何かしら手を出してくるように仕向けていたのだ。

 だがそれも叶うまい。

 なぜなら…


 「メリザンド様。王がお呼びです。お越しください」


 「ああ、今行くよ」


 船に乗っていた兵士が呼びに来た。

 襟首を掴んでいる男に目を丸くしている。


 「…ッチ。行けよ。クソッタレが」

 

 「じゃあね」


 舌打ちをする彼と、表面上は爽やかな笑顔を送るメリザンド。

 彼らの関係は最悪であった。

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