第二十八話
「援軍を送る。先に騎馬弓兵隊、それと補給部隊を送ってくれ」
帝都にて、皇帝は執務室にこもり作戦を練っていた。
「承知しました」
皇帝が顔をしかめながら隣にいるマークに話しかける。
「私も出る。現地の指揮をせねばならん」
「その前にお妃様に合われてはいかがでしょう?政務が続いて夫婦としての時間が取れていないでしょう」
マークの言葉に固まる皇帝。
「…そうだが」
たっぷり一呼吸分固まった後、ここにはいない妃を思い浮かべたのだろう。
皇帝は少し震えていた。
「…荒ぶっておりましたよ。お妃様」
さらに額に冷や汗が滲む。
「だから怖いのだ。無論私が悪いのは自覚している、政務ばかりでほとんど構ってやれなかったからな。それに今は一刻でも時間が惜しい。今日のところは…」
「また私を捨て置くおつもりですか?陛下」
凛とした声がその場に響いた。
周りが静まり返る中、靴音を鳴らしながら近づく一人の女性。
白いドレスに毛皮の外套を羽織り顔にいくつもの傷がある。
「…ヴィクトリア」
「私をまた一人にするのですか?いい加減私も一緒にお連れくださいな」
彼女は笑っている、笑っているのだが…
こめかみに血管が浮いている。
間違いなく怒っているのだろう。
「出来ぬ。今回行くのは戦場だ。そなたにも危険が及ぶ」
「戦場?ならば私の出番ではないですか。元々私はサマラスの兵士なのですから」
「いや、しかしだな…戦場に妃を連れて行くなど、他の者に示しがつか」
「ええい面倒だ!!」
怒りが頂点に達したのだろうか皇帝の顎を下から殴った。
「お妃さま!?」
マークが素っ頓狂な声を上げうろたえる。
「ヴィ…ヴィクトリア?」
「いつまでも私を放置しやがって。私を追いまわしていた昔のお前は何処に行ったんだ!?いつまでも一緒に居るって言ってたのは噓だったのか!?」
襟首を掴んで自分の顔まで寄せ鬼の形相でまくしたてる。
「いや…そういう訳では」
「だったら連れて行きやがれ!!こちとらお前と所帯持った時からどんな時でも共に生きるって決めてんだよ!!」
「…分った。だが場所は戦場だ。絶対にそなたの命を守れるとも限らんぞ」
「構わねえさ。私は元から命を奪う覚悟も、命を取られる覚悟も出来てる」
襟首から手を放し、肩に手を置く。
「…失礼いたしました」
元のしおらしい態度に戻った妃。
「いや、構わぬ」
「クソッ…槍兵隊前へ!!」
ザクセン等が今いるのは見通しの良い平野、休耕地である。
本来なら平穏なそこは、今現在戦場の只中にあった。
彼等は砲兵たちの撤退を援護しつつ、敵の注意を惹くおとり役。
とはいえ人も馬も疲労が色濃い。
目の前に広がる敵はそんなことはお構い無しで黒い濁流の如く追い続けてくる。
「いよいよ腹を括らねばならんか…テベレス川の石橋を落とせ。いくらかは時間が稼げよう」
「しかしそれでは…」
「何を言いたいかはわかるが。我らは兵士だ。街や村、そして民を守る義務がある」
「…分りました。ザクセン様」
下唇を噛みながら 側近は答えた。
「済まない…故郷の土を踏ませてはやれぬ」
「覚悟のうえです。さて、では伝令を送って………ザクセン様?」
側近は頭に疑問符を浮かべた、目の前で公爵が空を呆けた顔で見ていたからだ。
「?」
恐る恐る彼も空を見上げる。
「…鳥?」
巨大な鳥に似た何かが空を飛んでいる。
だが鳥というにはあまりに奇怪。
腕や足が生えている。
「あれはもしや…」
「敵の方へ向かって行きます。何なんでしょう?」
「…上手くいけば我々は助かるかもしれんぞ」
「はあ?」
再び空を見上げると、そこにはもう先ほどまで飛んでいた奇怪な鳥はいなかった。
代わりに敵陣営から悲鳴の声が上がる。
「遠眼鏡を!」
「は、はい」
敵の状態を見るため遠眼鏡を使ってみる。
「やはりな。見てみろ」
渡された遠眼鏡を覗きこむ彼。
「なんだあれは!?」
彼の目が見開かれる。
彼が目にしたのは縦横無尽に駆けながら暴れまわる獅子の頭を持った巨大な化け物であった。




