第二十話
「お前がここを出て行ったときから、定期的に掃除に来てたんだ。もしかしたら戻ってきてくれるんじゃないかと思って…」
「……」
目の前にいる男が憎い。
自分を殺そうとした男、長年同じ村で生活していたのに、一切信じてくれなかった…
「すまなかった。許してくれるなんて思ってない。ただ謝りたかった」
「そうですか」
冷たく言い放ち、荷物を背負って家を後にしようとするミリー。
それをクルトが肩を掴んで止めた。
「待ってくれミリー!少しだけ話を…」
「嫌です」
手を払いのけ、荷物に向き直るミリー。
「戻って来ないか?村の奴らなら俺が説得する!お前が変わらず生きていけるように」
必死になって引き留めるが、ミリーは黙って机の上からナイフを取る。
「ミリー!何を!?」
そしてそれをミリーは腕に突き刺そうとした。
「…こんな体で、私がここで変わらず生きていられると本当に思っているんですか?」
ナイフは刺さらなかった。
刺そうとしたところは亀の甲のようなものができていて、彼女自身を守っていた。
「…ッ」
「無理でしょう。私はあの人と共に生きます。もう…私は普通の人間じゃないですから」
気づけば自嘲気味に薄ら笑いを浮べていた。
「…分った。だがちょっと待っててくれ。渡す物がある」
「……」
クルトのことは正直全く信用していなかったが、なぜか彼女は家のなかで待っていた。
さして広くもない部屋の中を少しだけ歩いた。
「ミリー、これ。持ってけ」
「これは?」
しばらくするとクルトが息を切らしながら帰ってきた。
手のひらにおさまる大きさの小さな木箱が握られている。
「死んだお前の父親から預かってた。お前が結婚した時に、渡してくれって」
木箱を開けてみる。
中には淡く輝く橄欖石の指輪が入っていた。
「俺はもう約束は守れそうにないから。今渡しておく」
「父さんが…」
「せめて送らせてくれ。入り口にいる兵士も、俺が居ればどうにかなる」
「……」
「ん?貴女はさっきの…」
村の入り口に行くと、先程の兵士が欠伸をしながら立っていた。
「どうも」
「どうしたんですか?その荷物」
「ははっ、今日中に畑に道具持って行きたいって言いましてね。大丈夫です。俺が送って行きますんで」
すかさずクルトが割って入る。
「ふむ、中身を改めさせてもらえますか?貴女が泥棒してるかもしれませんし」
「いやいや大丈夫ですよ。コイツはそんな奴じゃない」
「貴方は関係ありません。さあ、中を」
中に入れているのは日用品の類いではある。
だが今見せればこの兵士の言うように泥棒にしか見えないだろう。
どうしたものか…
「違うって言ってんだろ!!」
「な!?一体何を!?」
困っていた矢先に、クルトは兵士を羽交い締めにして拘束した。
「行け、ミリー!」
「離せ!!貴様ッ!!」
バタバタ暴れる兵士をよそに、彼女は無言で走り去った。
「…馬鹿な人」
ミリーは少し離れた茂みの中から様子を伺う。
クルトが居た場所には人だかりが出来、彼が捕まっていくのがはっきり見えた。
「……………」
(…これで良かったんだよね)
「おおミリー、こんな所におったか」
「ドリュアス?」
不意に聞きなれた声が聞こえ、後ろを振り返る。
栗色の髪をした少年、ドリュアスだ。
「なかなか帰ってこんから探しに来たんじゃよ」
「そう…」
「んで、何を見とるんじゃ?」
彼女が見ていた方へ目を向けるドリュアス。
「ほう、あの時の男か。因果なもんじゃのう」
「ええ、私を手引きして捕まったの」
「なるほど、ならあの男もそれなりに後悔しとったんじゃろうな」
(なんで私、罪悪感があるの?)
不思議に思いながら、彼女はそれ以上考えるのを止める。
「………」
「人間はよく間違いを犯す、大なり小なりな。儂も昔よくやらかして仕置きを食ろうたわ」
「なにが言いたいの?」
「お前さんのその暗ーい表情を見るに、なにかしらあの男には世話になっとったんじゃないか?」
柔和な笑みを浮かべながら彼は聞いてくる。
見た目は子供なのにまるで年老いた爺のようだ。
「…父さんと母さんが死んだあと、あの人が親代わりになってた」
ぽつりと、彼女は身の上話をしていた。
「ほう?」
「私が薬屋として独立するまで、面倒見てくれてた。資格を取れた時にはあの人、自分の事みたいに喜んでた…けど」
殺されかけた。
キマイラが助けに入らなければ、自分は死んでいた。
「殺されかけて、けど昔の思い出、優しくしてくれたことや、世話になっていたことを思い出してどうするのが正しいのか分からん。こんな所か」
「うん」
「そうさな。ミリー、まずお前さんはどうしたいんじゃ?」
「私、は…」
どうしたいんだろう。
「あの男に復讐したいんか?」
「いや、それは」
「違う?なら許せるか?」
「出来ないよ、それは」
はっきりせんのー、彼はそう言いながら笑った。
「まあ少なくともあの男は自分を育ててくれた。大事にしてくれた。それだけ覚えて、後は忘れておけばいいんじゃないか?」
「…そうだね」
すっかり静かになった村を見ながら、呟いた。
「さて帰ろう。キマイラが臍を曲げる」
「うん」




