第十七話
「エイラ、俺がもっと早くここに辿り着けていたら…あの時他の魔術師を無視して力を奮えていたなら…結果は変わっていたか?」
肩を落とし、弱々しく尋ねるキマイラ。
「分からない。だが何を言おうと結果論だ」
「そうだな…」
消えてしまったエルフリーナの姿を思い浮かべ、彼は空を仰いだ。
「こっちにいるはずだ!!探せ!!」
館の近くで怒号が聞こえる。
先ほどの兵士たちだろう。
「あいつら!!」
「逃げろ。クラウを連れて」
「キマイラさん?」
きょとんとするクラウ、彼は落ちていたエルフリーナの服を拾うと袖を腰に結んで前に出る。
「エル、見ていてくれ。お前の作った兵器の初陣だ」
「止めてくださいキマイラさん!」
「行け。早く」
彼女達に首だけ向けてぎこちない笑顔を見せると、彼は兵士達の方へと歩いていく。
「…戻ってくるからな。それまで死ぬな」
「ああ」
彼女達は駆けた。
追ってくる兵士とは真反対に。
枝をかき分け、山の斜面を転がるように走った。
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」
凄まじい雄叫びに、二人は立ち止まって彼がいる場所に振り返る。
距離が離れていても分かる。
獅子の身体に蛇の尾、背中に山羊の頭を生やした化け物…
家屋ほどの大きさを誇るそれが天に向かって雄叫びをあげている。
「キマイラ…」
どこか悲しげなその雄叫びは、やがて兵士達の鬨の声にかき消された。
「キマイラ!どこだ!?」
場面が切り替わる。
場所は館…なのだろうか?
「ひどい…」
屍山血河。
その言葉が一番この惨状を言い表すにふさわしい。
折れた矢や剣が墓標のように乱立し、見渡す限りに広がる死体の山と血溜まり…
「キマイラ!!」
噎せ返るほど濃密な鉄の臭い…
そんな中で、エイラは彼を見つけた。
「なん…だ。以外に早かったな…」
館の塀に体を預け、彼は座っていた。
だが彼は酷い状態、右腕が皮一枚残して斬られ、腹には何本も剣や折れた槍が突き刺さっている。
生きているのが奇跡であった。
「抜くぞ!歯を食いしばれ!」
「…ッ」
傷口に手を当てて、一気に剣を引き抜く。
彼はわずかに抵抗する様子を見せたが、それも体を少し動かすだけ…
もはや動く体力もないのだろう。
「すまん…お前を置いて…逃げるなど」
「俺が…望んだことだ。これでよかったんだ」
「キマイラさん…ドリュアスはどこに?」
クラウが周囲を見渡しながら、心配そうに尋ねる。
「儂はここじゃ…」
「ドリュアス!!」
声がする方向、真後ろにドリュアスは居た。
顔色が悪い、今にも倒れそうな顔をしている。
傷は負っているが深くはない、命に別状はなさそうだ。
「逃げろと言ったのに、残ったんだ。この馬鹿は」
「弟を置いて逃げる兄はおらん」
ふらふらと彼のもとに歩いていくドリュアス、よくよく見れば彼の左手には血糊がついた短剣が握られている。
「大丈夫…なの?」
「大事ない。キマイラは?」
「生きてるみたいだ。…エルのところには行けなかった」
そう言った彼のもとに、ドリュアスがつかつかと歩いていき…
「ッ!」
頬を思いっきり殴った。
「二度と言うな」
「……」
「テュポーンは出て行って、エキドナは後を追った。エルは死んで、儂の家族で残ったのはお前だけじゃ。儂を…儂を一人にせんでくれ」
「………」
ドリュアスは涙を浮かべながら、彼に抱き着いた。
生きていてくれてありがとう、ドリュアスは彼に小さな声で呟いた。
『感動的な場面だな』
彼らの背後で嘲笑うような声が響いた。
キマイラをはじめその場にいた全員が声のする方に視線を向ける。
「ギース…」
死んだ瞳の男が、こちらを見ていた。
いつぞや見た、遠くから映像だけを送る魔術だ。
『僕からの贈り物はどうだった?どうやらお前達は生き残ったようだが…』
「ギース、一体どういうことだ?私には、この兵士達はお前がけしかけたように聞こえたが?」
エイラの声に怒りがこもる。
『その通りだ。だが残念だな、かなり生き残りが出てしまった。残存兵力の寄せ集めでは所詮このていどか…いや、そこにいる『化け物』のお陰かな?』
「…貴様」
痛む身体を無理矢理起こし、ギースを睨み付ける。
『お前さえいなければ、そこにいる全員抹殺出来たものを…実に惜しい。まあ、どうやらエルフリーナ様は死んだようだが』
「なぜ、何の為に…私達を裏切ったんですか!?ギースさん!!」
今まで聞いたこともないほど、声を荒げるクラウ。
その場にいる全員が、彼に怒りを向けていた。
『金と名声の為だよ。エルフリーナ様や他の魔術師に生きていられては僕の取り分が減る。それに戦争がなくなればお前達は不要だからな』
「そんなことのために、貴様は仲間を裏切ったのか!!」
『好きに吠えていろ。復讐したければ来るがいい。もっとも、今のお前達にそれをする戦力は無いだろうがな』
そこまで言って、彼は消えた。
残されたキマイラ達は怒りに震えながら、ギースが居た場所を睨み付ける。
「…クラウ。アイツがいる場所に私を送れるか?」
「無理、場所が分からない。フーリエからの通信も途絶えてる」
「なら、私だけで行く。皆の仇を討つんだ」
エイラは突き刺さっていた剣を引き抜くと、フラフラと歩き出した。
「止めろ、エイラ」
「何故だ?キマイラ」
ある程度傷が癒えたのだろう。
彼は立ち上がるとエイラの肩を掴んで止めた。
「俺はお前に死んでほしくない」
「仲間を殺されて黙って見ているつもりか!」
「今は抑えろ。力を奮え、牙を研げ。いつか復讐するその日まで」
「…………それでいいのか?お前は?」
「今はそれでいい」
「…クソッ!!」
エイラは転がっていた兜を力一杯蹴りあげた。




