第十六話
「エイラさん!」
数時間の後、キマイラが鎖帷子を着込んだエルフリーナを抱き抱えて飛んできた。
降ろしてもらうなりすぐさまエイラに駆け寄る。
「エルフリーナ…」
「貴方のお陰です。敵は退きました」
肩に手を置きながらそう言うが、彼女に笑顔はない。
キマイラと空を飛んできた。
あの巨大な焦土も見てきたのだろう…
「…ギース側は?」
もう一方の陣営。
彼の方はこちらとは違い2つの国の軍からなる連合軍、当然こちらよりも大軍なのだろう。
彼女達の救援が必要になるかもしれない。
「あちらも勝利です。フーリエから連絡がありましたから」
「そうか」
「クラウちゃん…貴女も良くやったわ。ありがとう」
「エル姉さん…」
「手分けして傷病兵の救助をしましょう。私達の仕事はまだあるわ。エイラさんは少し休んで下さい」
「…分かった」
「来てくれたのですね。エルフリーナ様」
正反対の場所に位置する陣営、ウッディーネの国境付近
どこまでも広がる穀倉地帯、そこに彼等は陣を張りギースが現場の兵士達に指示を出しつつ地面に座り込んで休んでいた。
「こちらは…」
「終わりました」
彼は前方を指差す。
もう一方とは違い、かなり異様な光景だ。
敵の兵士達が死んでいる。
それ自体はおかしくはない、だが問題は死にかただ。
外傷が一切無い…
「エイラには…辛い決断をさせた」
それは彼も同じであったのだろう。
以前見たよりも更に暗い面持ちで足や手が震えている。
「…………」
エイラからは表情が消えていた。
「先ほど使者が来た。また停戦だ。だが今度は終戦するしかないだろう。敵の主力は8割以上が戦死してる。お前のお陰だ」
「…終わったのか?」
彼女は顔を上げ、ギースに問う。
「ああ、後のことは任せてお前は休め。クラウ、エルフリーナ様。頼みます」
エルフリーナは無言で頷くと、彼女に肩を貸してクラウと一緒に何処かに消えた。
気がつくとまた場面が変わっている。
今度は見たこともない場所だ。
だだっ広い石造りの殺風景な部屋に時間が経って黒ずんだ血がそこかしこに塗りたくられており、崩落した箇所もある。
そしてそこには30名程の若い男女が集まっており、エルフリーナ、エイラ、クラウ、そしてキマイラも居た。
「エルフリーナ様、お越しいただき恐悦至極」
集まったうちの一人、恐らく司会役だろう。
彼は地図を並べながら口を開いた。
「構いません。それで、言っていたことは事実なのですか?」
「はい、ドレスリン首都の周辺に武装勢力が集まっています。軍じゃない。傭兵か…あるいは敗残兵の残りか…」
「…………」
「このままでは再び戦争になるでしょう。我等で今のうちに叩くのです」
「ギースからは何も聞かされていませんが…それに皆さんは…」
「彼等は見習いの魔術師達です。私達が一番に気付き、それで近くにいた魔術師達に連絡を」
「…なるほど」
「では参りましょう。急がねば手遅れに」
そこまで言って、彼の言葉は遮られた。
彼の胸に突き刺さった矢によって…
「え?何?」
目の前の光景に目を見開いた。
そして次の瞬間…
「突撃せよ!!」
怒号と共に大量の武装した兵士達が部屋の中に雪崩れ込んできた。
そして彼等の鎧、エイラは胸の紋章に覚えがある。
「ウッディーネの威力偵察部隊!?なぜここに!?」
出入口付近にいた魔術師達は真っ先に切り殺された。
そして次はお前だ、そう言わんばかりに尚も兵士達は猛進する。
エルフリーナ達も抜刀、キマイラも応戦するが…
「ギャアッ!!」
「ゆ、許し!てアアアア!!」
そこに集まっていた魔術師達はほとんど武装していない。
命乞いする間さえ与えられずあっという間に切り殺され、壁や床に血をぶちまける。
「逃げろ!そっちだ!」
崩落した箇所から逃げ出そうとした魔術師がいた。
幸いそこには兵士はおらず、逃走は用意である。
そう思っていた。
「アアアアアアアアアッ!?」
その兵士は身を乗り出した瞬間、矢の雨が降り注ぐ。
全身を射られ、苦しみ悶える魔術師。
まさに地獄絵図だ。
キマイラは体から蛇を生やし、横凪ぎにした。
兵士達は未知の存在に動揺しつつ、周囲を囲もうとするが…
「クラウ!出来る限り連れて逃げろ!」
「は、はい!!」
「逃がすな!!」
何人かの魔術師は散り散りになって逃走を試みた。
飛んで逃げようとする者、クラウと共に空間転移して逃げようとする者、様々だ。
「ぐぅっ!」
エイラも兵士の剣を受け、右肩を負傷。
だが何とか間に合い、クラウと共に何処かに消えた。
「エル!掴まれ!」
キマイラが叫んだ。
だが…
「あっ!?」
間の抜けた声が彼女の口から漏れる。
剣を構えて突進してきた兵士に、彼女は刺された。
彼女の脇腹には深々と剣が突き刺さっている。
「エル!!」
キマイラは兵士を突き飛ばすと、翼を広げて高速で飛び去った。
キマイラが館に辿り着いた時、魔術師達は6名程。
ここではない何処かに逃げたものもいるかもしれないが、ここに居るのはほぼ瀕死のものばかりであった。
「クソッ。何でこんなことに…」
痛む傷を癒しながらエイラは憎々しそうに呟く。
「エル!!しっかりしろ!傷口を強く押さえるんだ!!」
キマイラが運んで来た彼女の容態は最悪だった。
顔色は青白く、呼吸は浅くて早い。
出血が多い…抱き抱えた彼の白い服が真っ赤に染まっている。
「キマイラ!ここに連れてこい!早く!」
「分かった!」
エルフリーナを寝かせ二人が手をかざす。
(あの時と同じ…)
ミリーが暴走した時と同じ、緑色の光が彼女を包む。
「キ…マイ……ラ…何処?」
とても弱々しく、かすれた声…
「ここだ!俺はここに居る!大丈夫だ。お前は助かる!」
彼女の手を両手で握り目に涙を浮かべながら、キマイラは激励する。
助かる、その言葉が嘘になるのにさほど時間はかからなかった。
「キマ…イラ……」
「何だ?」
「ごめんね……」
僅かに微笑みながらそう言うと、エルフリーナは静かに目を閉じた。
「え?」
エイラとクラウが手をかざすのを止め、俯いた。
「……出血が多すぎて」
「エルフリーナ…お前はよく頑張った。後は任せて眠れ。私も…後から逝く」
「嘘だよな?おい!エル!エル!!」
彼はエルフリーナの肩を強く揺さぶるが、彼女は反応しない。
彼の紅い瞳から大粒の涙がながれ、彼女の頬に落ちた。
「止めろキマイラ!彼女はもう死んだんだ!!」
「…嘘だ。そんな…」
「本当だ。見ろ…」
周囲に視線を向けると、先程まで居たはずの魔術師達が服だけ残して消えている。
跡形も無くだ。
「魔術師は死ぬと、体内のマナが消え、身体は灰になって跡形もなく消える。それが私達の死に方だ」
「エル…」
次第にエルフリーナの身体が崩れ、灰になり、風に吹かれて飛んでいく…
手元に残ったのは、彼女が着ていた血塗れの白い服だけだった。




