第十五話
「……………」
目の前にキマイラが立っている。
けれど彼の瞳は虚ろで、本当に生きているのか疑いたくなるほどだ。
「はじめまして。私はエルフリーナ・ベルガーです。貴方の産みの親です」
「ア…ンタガオレノ…アルジ?」
金属を擦るような不快な声だ、現在のキマイラとは似てもにつかない。
「そう」
「アルジ、アルジサマ」
彼はエルフリーナにぎこちない笑顔で近づくと、そのまま抱きついた。
まるで母親に甘える子供のように。
「…………」
抱きついてきた彼を彼女は優しく抱きしめるが、彼女の顔に笑顔は無い。
ただただ目の前の男を憐れんでいるようにも、悔いているようにも見える。
「さっそくだがギースに連絡を。戦場に投入する準備だ」
「いえ。駄目です。彼にはまだ調整が必要、貴女もこの事は黙っておいて下さい。機密事項です」
「そうか、分かった」
「出来たんじゃの」
扉を開け、ドリュアスが入ってきた。
「ええ。貴方の弟よ」
「宜しくな。儂の弟よ」
「オトウト?アンタハ…ダレ」
「そういえば名前は?『三号兵器』では流石に」
うーん、エルフリーナ以外のその場に居た人間が全員頭を悩ませた。
あーだこーだと言う皆を尻目に、エルフリーナは彼の前にしゃがみ手で彼の顔を優しく撫でる。
「キマイラ。彼の名前はキマイラよ」
「オレノ…ナマエ……」
「気に入ったかしら?」
彼を不安にさせない為だろう、精一杯の作り笑顔だ。
「オレノナマエ!キマイラ!キマイラ!」
彼は声をあげて喜んでいた。
「アイツが生まれてたった1月か。まさかこれほど成長が早いとは…」
ミリーが見ていた場面がいきなり切り替わった。
館であることに変わりはないが場所は庭、エルフリーナ、ドリュアス、エイラ、クラウが自由自在に身体を変えていくキマイラを見守っている。
「ほとんど調整は終わったわ。後は訓練を積んでいけば…」
そこまで言って、エルフリーナは黙る。
迷いや悲しみがあるのだろう。
自分の都合で生き物を殺し、作った兵器に殺し方を教える。
なんと身勝手なことか。
「どれ位で完成する?」
「分からないわ。彼次第」
「嘘だな」
きっぱりと彼女はそう言い、続けた。
「本当は完成してるはずだ。お前は、アイツを戦場に出したくないんだろう?」
「そんな訳じゃ…」
「あー突然独り言を言いたくなったなー。そうだサマラスもトゥールスももう戦力は少ないしなベルガー家ご自慢の兵器には出番は無いかもしれんなー。」
わざとらしく、彼女を見ながらエイラはそう言った。
これが彼女なりの気遣いなのだろう。
「…ありがとう」
「ん?なんの事だ?」
微笑みながら、エルフリーナは瞳を閉じて両手を組んだ。
場面がまた切り替わる。
館なのは間違いないのだが…
『エルフリーナ様!裏切りです!ドレスリンとスラウニアが裏切りました!両国連合軍が現在国境付近に侵攻中!!』
(なにこれ…)
宙になにやら男性の顔が浮いている。
といっても絵のようなもので側面に回ると紙のように平べったい。
遠くにいる人間を映し出す魔術だろう。
(ドレスリンとスラウニア…今の東、南、西の国の昔の名前…裏切っていたの?)
ミリーが学校で習った歴史の中にそんなことは言及されていない。
(差別の原因になるから。わざと教えてないんだ)
「ギース、すぐに向かう。待ってろ」
ギース、宙に浮いている彼の名前だろう。
黒い髪に死んだ黒い瞳、整った顔立ちをしているが瞳のせいでかなり老けて見える、まだ若いだろうに…
『いや待て…サマラス側も侵攻開始している。挟まれた』
「ドレスリンかスラウニアか…繋がっていたな」
『エイラ、サマラス軍の迎撃を頼む。俺は連合軍の相手をする』
「数が足りんぞ!何をする気だ?」
映し出された彼の表情が曇る。
視線を逸らしながら、彼は重々しく口を開いた。
『『窓』を開ける。お前も…『星』を落とせ』
「ッ!?正気か!?」
『ああそうだ。もうこれ以外に策がない。ではな、今は時間が惜しい。僕は前線に向かう』
そう言い残すと、宙に浮いていた彼の顔は消えた。
「………」
「エイラ…」
がっくりと肩を落としながらエイラは頭を抱え、傍らで見守っていたエルフリーナは心配そうに見つめる。
「…正直私は、この戦争で『星』を使うと思ってもいなかった」
「それは私も同じです。行きましょう。時間がない」
「ああ」
「ここは…」
次の場所はこれまでとは違う。
不快な死臭と負傷した人々がうめき声をあげながらそこかしこに倒れており、それとは対照的に喜び叫んでいる鎧姿の兵士達がいる。
堀が掘られ、木を尖らせて柵が形成されている。
戦場の真ん中、陣だろう。
「エイラさん?」
目の前には膝をつき、声を押し殺し涙を流すエイラが居た。
ミリーがいつも目にする灰色の髪のエイラ…
傍らにはクラウがおり、下唇を噛みしめ今にも泣き出しそうだ。
「これで…良かったんだよな」
「はい…」
「私がやったことは…間違ってないんだよな?」
「はい…」
エイラは泣きながら、クラウに問うていた。
(一体ここで何が…)
周囲を見渡してみる。
「うん?あれは」
兵士達をかき分け柵が焼き切れている所を見つけた。
「…これ…は」
目の前に広がる光景に唖然とした。
おそらくこの先には敵の軍勢が居たのだろう。
だが今はとてつもなく巨大な…見渡す限り全てが溶けた岩だらけの焦土と化していた。
焦土の中心はまるで隕石が落ちたように大きく抉れておりその周囲は草木の一本すら残ってはいない。
これが彼女の言う、『星』の力だった。




