第十四話
「さて…やってみるか」
館の離れ、釜の前でミリーは水晶玉を握りしめて佇んでいた。
「…………」
目を瞑り、教えられた通り念じてみる。
(水晶玉さん、どうかあの人のことを教えて下さい)
すると不意に体の力が抜け、彼女は地面に倒れこんだ。
「う…ん…」
目が覚める。
そこには先程とは少し違った光景が広がっていた。
「ここ…館の離れなの?」
手入れの行き届いた釜、朽ちかけていたはずの机は顔が写る程丁寧に研磨されている。
壁に掛けられていた絵も本来の綺麗な状態に戻っていた。
「キマイラさんは何処に…」
彼女はひとまず本館へと向かって行くことにした。
「あの人…誰?」
本館の手前、誰かがしゃがんで両手を合わせている。
女性だ。
地面に付くほどの長い金髪、白い飾りのないドレスの女性、ミリーには見覚えがあった。
(あの絵の人だ…)
実際に会ってみるとかなり整った顔立ちをしている。
透き通った白い肌も相まって名工が生み出した彫像のようだった。
「あの…」
思いきって話しかけてみることにした。
「誰ですか?」
彼女は明後日の方を見ながら、厳しい口調でそう言った。
「あの、私ミリーっていいます。貴方は…」
「エイラさんとクラウさんでしたか。どうですか?国境の様子は」
(こっちに気付いてない…というか見えてないの?)
それと聞き覚えのある名前に思わずミリーは彼女の視線の先に目を向けた。
「エイラさん…なの?」
そこにいたのは確かにエイラだった。
「傷病兵の救出の為の停戦協定を結んだ。だがこのままでは持たんぞエルフリーナ」
(エルフリーナっていうんだ。この人)
エルフリーナの肩が震えている。
「分っています。前線で戦っている貴方達兵士の為にも…もう手段は選んでいられない」
「…私はお前がそうするのを望んでいないのは知っている。いいのか?本当に?」
彼女は真っすぐにエイラを見ながら、目に涙を浮かべながら、絞り出すように言葉を紡いだ。
「お父様やテュポーンさんが居れば今の私にお怒りになるでしょう。ですが今は私の個人的な感情が優先されていい状態ではありません」
「そうか…」
「私はここで待ってます。終わったら話しかけて下さい」
今まで喋らなかったクラウはそう言って残り。
エイラもそれ以外何も言わず、館に入っていく彼女の後を追った。
ミリーもそれに続いて館に入る。
館の中もミリーがいつも見ている場所とは全然違っている。
綺麗に掃除されていて当然蜘蛛の巣なんかない。
豪華な装飾品こそないが木製の家具が並んでいて、どこか落ち着く雰囲気だ。
「ドリュアス…」
「エル…本当にやるんか?儂が言えたことじゃないじゃろうが。エル自身も嫌なんじゃろ?」
館の中で待っていたのだろう、ドリュアスが見たこともないほど悲しい表情で彼女の袖を掴む。
「このままじゃウッディーネが負ける。そうしたら他の国は、何をするか分からない」
「もう彼女は覚悟を決めた。よく考えて決断したはずだ。なら私達が口を挟んでいいことはない」
子供を叱りつけるようにエイラは言った。
「私は魔術師達の代表、そんな人間がいつまでも手を汚さないなんてあってはならないの」
彼女は手のひらから血が流れるほど強く握るとドリュアスを置いて館の階段を登っていく。
(そういえば、この場所は行ったことなかったな…)
2階にあがると部屋が一つある。
鍵のかかっている鉄の扉だが…
(なんだろう。入っちゃ駄目な気がする)
だが彼女は立ち止まるミリーを置いて鍵を開けて入った。
一瞬だったので部屋の中は見えていないが。
「はいらなきゃ」
ドアノブを握り、扉を開ける。
「ッ!?」
目の前の光景に愕然とした。
下の階とほぼ一緒であろう大きさの部屋に鉄製の檻、硝子瓶の類いが所狭しと並んでいる。
獅子、猿、虫、魚、ありとあらゆる生物達。
ミリーがみたことも無い生物がほとんどだ。
「これは…」
床には見たこともない文字が何かの血で描かれ、1階の雰囲気とはまるで違う。
「ごめんなさい…貴方達」
エルフリーナは部屋の隅、狼が入れられた檻の前でしゃがみ柵の間から手を入れて頭を撫でている。
そして気付いた、集められた生物達は皆一様に動いていない。
鳴き声すら上げずただエルフリーナを見つめている。
「…エルフリーナ」
いつの間にか、後ろにはエイラが立っていた。
「始めます。エイラさん、貴方は出ていてください」
「いや、私もお前にこの選択肢を取らせた人間の一人だ。見届けなくては…」
「…分かりました」
「始めてくれ」
エルフリーナは黙って頷くと自身の腕に短刀を突き立て、床に血をぶちまけた。
(何をしているの?)
「ごめんなさい」
檻から生物を出す。
そして血の上に立たせ…
「ッ!!」
短刀で刺し殺した。
「ごめんなさい」
短刀で刺し殺した。
「ごめんなさい」
短刀で刺し殺した。
「ごめんなさい」
短刀で刺し殺した。
「ごめんなさい」短刀で刺し殺した。ごめんなさい。短刀で刺し殺した。ごめんなさい短刀で刺し殺した。刺し殺した。刺し殺した。殺した殺したごめんなさい殺したごめんなさい殺した殺した殺した殺したごめんなさい短刀で刺し殺したごめんなさい。
『ごめんなさい』そんな言葉と共に彼女は生物達を殺した。
そして最後。
「………………」
部屋の隅に居た狼だ。
檻から出され、夥しい生物達の死骸の上を歩く。
「……ごめんなさい」
大きく振りかぶり、狼の頭めがけて短刀を振り下ろした。
「…………………」
エイラはそんな惨状に目を背けることなく、ただ彼女の行為を見守った。
「我が命に応えよ、集え、集え、集え…汝等が魂。我に預けよ」
床に描かれた文字が怪しく輝き、彼女の言葉に死骸の群れは応えた。
ずるずると死骸同士が集まり、溶け、固まり、徐々に巨大な肉の塊へと姿を変えていく。
「………」
肉塊は腕から滴り落ちる彼女の血、回りにぶちまけられた生物の血も吸収していく。
そしてやがて、人間のような形へと変貌していく。
その姿には見覚えがある。
「完成したわ。これが私とお父様の、ベルガー家の持てる全ての技術を結集して作った『三号兵器』戦争を終わらせる子…」
生まれたままの姿で白い髪をなびかせる紅い瞳の青年。
キマイラだった。




