第十三話
「…まさか皇帝陛下がお見えになられるなんて」
徐々に遠ざかっていく皇帝を見送りながら彼女はそう呟いた。
「お前はあれで良かったのか?」
「え?」
「あの男に付いていけば、人間の生活に戻れただろうに」
彼は顔を合わせず、そう言った。
「無理ですよ。あんなことがあったのに」
「…そうか」
キマイラは何か言いたそうにこちらを一瞥すると、館に向かって行こうとした。
「キマイラさん、先代の皇帝陛下に会ったことがあるんですか?」
「…いや。知らん」
「でもさっき、知ってるみたいなこと言ってませんでした?」
「お前に一つ言っておく。俺のことを詮索するのはやめろ」
「は、はい」
有無を言わせず、彼はそのまま館へと帰って行った。
「こ、怖かった……うん?」
臭いがする。
何かが腐敗したような悪臭だ。
「何だろ?ドリュアス果物を腐らせたのかな?」
そう思って館の方を見るが多分違う。
臭いは森の方から流れてきているし、第一果物の臭いじゃない。
「…あっちからか」
鼻をひくつかせながら、彼女は森へと入って行った。
「うう、酷い臭い」
森に入って暫く歩いているが悪臭はどんどん酷くなる。
「ん?」
視界になにやら動くものがうつる。
人間みたいだ。
なにかを台車に乗せている…
「…見つからないように行ってみよう」
出来る限り音をたてず、姿勢を低くして進む。
そして、臭いの元に辿り着いた。
「う、オエェ…」
思わず彼女は胃の中の物を地面にぶちまける、そこにあったのは夥しい数の人間の死体だった。
蛆がたかり、鳥や鼠が肉を食む。
まさに地獄である。
「そなたは先程の…」
ふとこちらに気付いた人間が居た。
先程帰って行った皇帝だ。
悪臭や蛆が体に付くのも構わず一体づつ荷車に遺体をのせている。
「ミリエラです。これは…誰が」
「何も知らぬのか?これはそなたと共に居た化け物がやったのだ」
「これをキマイラさんが…」
周囲の状態を見て唖然とする。
「キマイラというのか、あの青年は」
「はい」
「…本当に私と共に来る気はないのか?確かにそなたにとっては命の恩人かもしれぬ。だが彼が人を殺したのもまた事実だ、そなたが殺されぬとも限らんのだぞ」
「それでも…私は彼と共にあります。彼だけが私を助けてくれたから。それに…一緒に暮らしていたらなんとなく分かるんです。彼はむやみに人な襲いはしないって」
「…なんにせよ。私は彼を許せぬ。彼がまた牙を剥こうというなら、次は我が軍が彼を殺すことになろう」
険しい顔で、彼はそう言った。
「はい」
「話しは終わりだ、そなたは戻るが良い」
すると皇帝は再び遺体の抱え、荷車に積み込んでいく。
「手伝います」
遺体の足を持ちながら、ミリーは皇帝と共に遺体を運んだ。
「…すまぬ」
「今日はここで終わりだな」
「はい」
「手伝い感謝する。ではな、気を付けて」
「皇帝陛下も」
うむ、そう頷いて彼は去った。
「…汚れたな。いい加減服もどうにかしないと」
ミリーが着ているのはボロ布一枚のみ、足に至っては素足だ。
色々と心もとない上に不衛生だ。
「服は村に置いてきちゃったし。どうしよう」
自分の計画性の無さを呪いながらとりあえず彼女は館へと戻ることにした。
「何処に行っていた?」
帰って来て早々、庭に立っていたキマイラに見つかった。
先程まで貴方が殺した人間の遺体を運んでいました。
など言える訳がない。
(さっきの見ちゃったし、やっぱり怖いな…)
けど正直に言わないとそれはそれで殺されそうだ。
彼女は覚悟を決めた。
「キマイラさんが戦った場所に行きました」
「…そうか。見たのか」
「はい」
「……………」
(き、気まずい)
見られたらまずいものだったのか?ひょっとしたら口封じに殺されるんじゃないか?
そんな不安がよぎる。
「…………」
意外にも、彼は何も言わず去っていった。
そしてほっと胸を撫で下ろす彼女の所にエイラとクラウがやってきた。
「ミリー。無事だったか」
「エイラさん…」
「あいつを責めないでやってくれ。あれはあくまで自衛の為だ」
「責める気はありません。ありませんが…やっぱり少し怖いです」
先程見た場所を思い出す。
悪臭を放つ死体の山に群がる蛆や鳥…
地獄の光景だった、思い出すだけで少し震える。
「キマイラさん…なんで…」
元々取っ付きにくい人物ではあったが、さらにどう関わっていいのか分からなくなりそうだ。
「…本当はあの人が言ったほうがいいんでしょうが」
クラウが暗い顔をしながら、手のひらに乗る大きさの水晶玉を出してきた。
「これは…」
「キマイラさんが人間を憎む理由が、これで分かると思います」
そう言いながら彼女は水晶玉をミリーに手渡した。
「握って念じてみてください。それで使えます」




