第十一話
「やっと着いたか」
皇帝が呟く。
鎧に身を包み、馬に長方形の盾を搭載、片手には槍を携え頭全体をすっぽり隠す兜。
誰がどうみても皇帝には見えない。
そんな彼等が帝都を出て馬を乗り継いで、3日。
彼等は東の公爵の領土へとたどり着いた。
「まずは城へと向かうぞ。もうひと踏ん張りだ」
「ハッ」
返事を返す護衛の兵士達に活気はない。
変えの馬ですらもう1頭も残っていない、皆道中で使い潰し、安く売った。
(…ろくに休みも取っておらぬ。仕方あるまい)
「やはり私だけで行く。そなた等は…そうだな山猫亭で休んでおれ。後で迎えに行く」
「いえ、我等は護衛。皇帝様を守る盾にございます。それが皇帝様より先に休むなど護衛の名折れです」
他の護衛も同じく頷いた。
「……休めと忠告はしたぞ。では城へと向かう、続け!」
彼は護衛と共に公爵の住まう城へと向かった。
「なんだ、これは…」
公爵の城へと足を踏み入れた皇帝達がまず目にしたのは死体の山と大量の負傷者であった。
「まるで地獄だ」
死体が放つ強烈な悪臭もさることながら問題なのはその死に方である。
酸で溶かされたような者、鎧が紙切れのようにひしゃげている者、血を吐きながら苦悶の表情を浮かべたままの者、その死に様は惨いものであった。
「皇帝陛下、お待ちしておりました」
そんな惨状に目を向けていたためか、いつの間にか現れていた男に気がつかなかった。
鎖帷子を着込み、兜を小脇に抱えている初老の男…
東の公爵である。
「ザクセン!!貴様これはどういうことだ!?手紙には化け物がどうだの書くだけで訳が分からん!説明しろ!!」
「ハッ、勿論です。こちらにどうぞ」
「事の発端は山を調査していた兵士達です」
執務室へと案内された皇帝は護衛と共に座り公爵の話を聞いていた。
「ここより東に12里の地点、この山へと調査の為に兵士を送りました」
公爵は地図を広げ幾つかの記しの中から一つを指差す。
「理由は?」
「山に希少な資源、鉄、金などが無いかの調査です。そしてここで、彼らは化け物に遭遇」
「…………」
「はじめはただの人間のような外見だったそうです。だが兵士達が近づくと化け物に変化…なんでも腕から獅子の頭が生えたとか、その後攻撃されて逃げ帰って来ました」
「化け物か…」
「信じられますか?」
「あんな死体を見せつけられればな…続けてくれ」
「この時点では誰も死んでいません。吹き飛ばされはしたそうですが軽症です。問題はこの次、我が息子ローダン伯爵が化け物討伐に2千の兵士を伴って山へと攻め入ったのです」
我が息子、という言葉が聞こえ、皇帝の眉が吊り上がった。
「ザクセン。止めたのか?」
「いえ、私の許可を得ず独断で向かっております。そして敗走、2度目に再度2千の兵士で攻め入りこれも敗走…カタパルトを用いるも化け物には効かず、この時にローダンは死亡しました」
淡々と報告する彼に、うつむきながら皇帝は呟いた。
「……そなたに手柄を認めてもらいたかったのか。はたまた…」
「今となってはわかりません。…陛下。此度の損害、私の責任であります。罰するなら私を…」
「そんなことをしても今の状況は変わらん。とはいえ兵士達の家族には謝罪しろ、誠心誠意。それと慰労金を出せ」
「御意」
「結局、現在はどうなっている?」
「現在は4千の兵士の編成。麓の村に1千を置き、残りの兵士で堀と柵を築きバリスタを30機、カタパルトを同じく30機設置。待機させております」
「化け物のその後は?」
「分かりません。極少数の兵士で探索をしていますが報告は無い、遺体の回収もあまり進んでいません」
「…化け物の情報が少ないな。よし」
ザクセンの言った情報だけでは不十分、仲間の化け物もいるかもしれない、なにより敵である化け物の正確な住処すら判明していないのだ。
これでは攻めようがない。
「どうなさるのです?」
「調べるのだ。私が行こう」
「うん…」
窓から光が差し込み、目が覚める。
身体を起こすが眩暈やふらつきもない。
「ミリー!大丈夫か!?」
ベッドのそばにはエイラがどこからか引っ張ってきた椅子に座っていた。
身体を起こしたミリーにそのまま飛びつき、腕や足、見える範囲すべて調べられた。
「あ、あの。大丈夫ですから。エイラさん」
「あ、ああ。すまない。もう少し体に気を使ってやれば良かった」
飛びついたことが恥ずかしかったのだろうか、咳ばらいをしつつ椅子に座りなおした。
「もう治りましたし。気にしてませんよ。そういえばキマイラさんは?どこに行ったんでしょうか?」
「ん?ああ、あいつならお前が目覚める少し前までここにいたぞ。私が来たら見守りを任せて外に行った」
「そうなんですね。…キマイラさん、意外と優しいのかな」
窓から見える場所に、彼の姿はない。
家の中は相変わらず埃まみれの散らかり放題だ。
「…あいつは元々優しいのさ。人間嫌いになった今でも、それは変わらない」
「なんで人間が嫌いになったんですか?私も初めて会ったとき、殺されかけましたし」
「あいつは理由を言ってないんだろう?だったら私からも言うことはできん」
「そう、ですか」
初めて会った時のキマイラの瞳を思い出す。
憎悪、怒り、ありとあらゆる負の感情をないまぜにしたようなあの瞳…
今思い出しただけでも背筋が凍る。
「気になるなら。聞いてみるといい。もしかしたら話してくれるかもしれんぞ?」
「そうします」
ベッドから降りて館の外に出る。
眩しいぐらいの太陽の光が降り注ぐ庭に、彼は居た。
こちらに背を向けて森のほうに視線を向けている。
「あの、キマイラさん」
彼女はキマイラに話しかけようとしてあることに気付く。
「誰だ?貴様は」
キマイラの視線の先に、彼が忌み嫌う人間がいた。




