第九話
現在彼らが住んでいる国は幾つかの国が纏まってできた帝国である。
大陸全土を支配下に置くその帝国の名はスタトゥニテ、最初にこの大陸を統一した初代皇帝が名付けた。
かの初代皇帝は農業、及び鉄工業に力をいれ……
「ああもうよい。勉強は嫌いだ…」
馬に乗りながら、黒い髭を弄りながらそんな言葉を漏らすのは現在の皇帝、ルチルスである。
「そうおっしゃるものではありません。我等が帝国を築いた偉大なる初代皇帝様のことですぞ」
馬で並走しながら困った表情で彼を諌めるのは相談役兼教師のマークという灰色の髪をした老人、手には一冊の本を持っている。
「私は彼が行った政策に興味はある。だがそれは今でも受け継いでおるではないか」
「しかし初代様を知りませんと。なぜそういう政策をしたのか知らねば失策の元です」
「まあよい、勉強は終わりだ。そろそろ着く」
「ルチルス様…」
ため息をつきながら頭を押さえるマークをよそに、彼の視線の先には畑で麦を刈る農民達の姿があった。
「はあ、またでございますか?」
「ああ、そうだ。彼らを手伝ってやらねば」
彼は馬を走らせ、一目散に農民達の元へと向かった。
「よく実ったな。村長」
「おお、皇帝様。お久しぶりにございます」
「うむ。鎌を貸してくれ。私も手伝おう」
「それはそれは、おーい。皇帝様に一番いい鎌を渡してくれ!!」
「はーい」
「ふむ、一仕事終えた後のビールは美味い」
夕暮れ時、一通り収穫が終わった畑のそばで皇帝と農民たちは酒を飲んでいた。
麻などの粗末な服を着こんでいる中に絹や宝石のついた服を着た皇帝、とても目立つのは言うまでもない。
たちまち囲まれ、彼は農民達に接待を受けた。
「ああ、皇帝様。これを」
「キャベツの漬物か、美味いな」
「皇帝様、これを」
「ウサギの肉か、美味美味」
「こっちもどうぞ」
「柘榴か。色も糖度もいい具合だ。しかし…」
いつの間にやら、皇帝の前には山のように食物が積まれていた。
「こんなに食べられん。そなた等で食べよ。というかこんなに出してそなた等の生活は大丈夫なのか?」
「収穫が終わって、皆はしゃいでおるのですよ。それに、皇帝様のお陰で皆蓄えは十分あります。冬を越すのは容易ですとも」
「なら、良いのだが…」
娘等が踊り、酒を飲んだ農民達が歌い始めるなか、彼の胸中には不安があった。
「…海の蛮族どもですか?」
「ああ」
彼が皇帝になりおよそ2年、大陸には大きな問題を抱えていた。
海の向こうから蛮族が襲来したのである、彼らは海沿いの村を襲撃し、金品を強奪しては海へと消えていく。
今までこの大陸以外に国や土地は存在しないという学者たちの理論がこれで間違いだと証明されたのだ。
「海の向こうに我々がまだ見たことがない陸や民族がいるというのにも驚きだが…それ以上に許せぬ」
酒の入った杯を割れるほど握りしめ、彼は怒りをあらわにした。
「皇帝様なら大丈夫ですよ。きっと今回の問題もどうにかできる」
「どうしてそう言い切れる?」
「勘ですよ」
「はあ?」
「はっはっは」
村長の適当な会話に付き合いながら、周りを見渡す。
笑いながら走り回る子供、酒を飲んで大声で笑う男、それを後ろで見守っている女、うたた寝をしている老人…
(彼らは私が守らねば…)
この光景がいつまでも続くように、彼らの顔が悲しみに染まらないように…
彼は夕暮れ時の太陽を見ながら、そう思っていた。
「へ…か…皇帝陛下!!」
「ん?どうした?」
酔ってきたのだろう、うたた寝していた時に誰かが肩を揺さぶって起こしてきた。
「…伝令、か?」
目の前に立っていたのは鎧を着こんだ一人の兵士だった。
「…どうした?何かあったのか?」
「はっ、しかしここでは話せません」
(…民には聞かせられぬ話しか)
「分かった。…爺」
「こちらに…」
すぐそばで見守っていたマークが顔をしかめながら返事を返す。
「帰るぞ。仕事だ」
「はい」
「皆はそのまま宴を続けてくれ。身体には気をつけてな」
「はーい。皇帝様もお身体に気をつけてー」
すっかり酔っぱらった村長を尻目に、彼は馬を駆って王宮へと戻った。
「で、何があった?」
「東の公爵殿からです」
王宮へと帰ってきた皇帝はそのままの足で執務室へと向かった。
そこに着くと伝令の兵士の他に鎧姿の兵士達が何人か集っていた。
伝令役の兵士から手紙を渡され、彼は厳しい顔をしながら手紙を読み進め…
「なんだ?この手紙はッ!!」
床に手紙を叩きつけた。
「陛下…失礼を。『我等化け物と交戦、敗北、自軍兵士4千が敗走…』…化け物?」
手紙を拾い上げたマークが頭に疑問符を浮かべながら読み上げる。
「東の公爵は気でも触れたか?化け物とはなんだ!?」
「かの公爵殿は聡明なお方、蛮族どもの掃討作戦も成功させた実績もあります。そんなお方が4千もの兵士を無意味に死なせるとは思えません。何か事情があるのでは?」
「爺、化け物の話は聞いたことがあるか?」
「いえ、強いて言えば子供をしつける時に言い聞かせるおとぎ話だけですな」
「…他の者は?」
兵士達は無言で首を振った。
「…………………」
「…陛下」
「我が目で判断する。護衛を3名、それと武具、馬を用意せよ。変え馬もだ」
「ハッ。直ぐにでも行けます」
「ザクセンめ、下手な言い訳をしたらその首叩き斬ってくれる」
皇帝は怒りをあらわにしながら執務室を後にした。




