流
ペアで書く企画小説、「重なる言の葉」です!
飛焔さんと作り上げました!
内容:飛焔さん
文章:アッハッハです!
木々がやさしく風になびき、スズムシが涼しく鳴いている。澄んだ夜空には雲はなく、星は自由に輝いている。昼に大活躍した太陽は身をひそめ、わりと涼しい風が吹く。
涼しい風は、大自然の中で1人天体観測を楽しむ青年を通り過ぎていく。少し汗ばむ服の上から涼しい風が吹き、青年は気持ちよさそうだ。
「やっぱり土星はいつ見ても綺麗だなぁ。あの輪っかの部分が大好きだ」
そう言う青年の目は星に負けないくらいにキラキラと輝いている。よほど土星が好きなのだろう。望遠鏡から少し離れ、次は肉眼で星を楽しむ。
「本当に今日はいい天気だ。……あ、流れ星だ。ラッキー」
星空を見ていると、流れ星が流れてきた。しかし青年は願い事を唱えることなく、ただ嬉しそうに流れ星を見ている。
「あれ、おかしいな。いつもならもう見えなくなってるのに、まだ流れ星が見える。心なしか近づいてるような……」
流れ星はすでに30秒近く見え続けいている。そしてゴオオオオと空気を切り裂く音が青年に危機感を与える。
青年は身構えた。もしかすると自分に流れ星がぶつかるかもしれないと考えたからだ。過去にそういう人はいるということを青年は知っていた。しかし不用意に逃げても無駄だ、どこに落ちてくるかわからない。青年はなすすべなく目を閉じた。
次の瞬間、ドンッという音が間近で聞こえ、振動が起こり、青年は地面に転がった。ぶつけたひじをさすりながら目を開くと、目の前には小さいめのクレーターができていた。クレーターからは淡く七色に輝く光が見えている。ついさっきまではなかったものだ。
青年は恐る恐るクレーターの中を覗いた。あまり深くなく、手をのばせば底に着くほどの小さいクレーターだ。しかし中を覗き込んだ瞬間、光が消えた。とにかく不思議でしょうがないので、クレーターの前で膝をつき、手を突っ込んでみる青年。すると、固いツルツルしたものに触れた。取り出すと、どうやらそれは鉱石のようだ。青年は固まった。どうやらこれは隕石だと判断して、頭の中は大パニックだ。
手にしっかりと握られている隕石であろうそれは、拳くらいの大きさで灰色。欠片も輝かないその隕石は、とてもさっきまで煌きながら落ちてきた流れ星には見えない。しかし、拾い上げて星や月の光に晒したとき、また鉱石は輝き始めた。
青年は改めて手に握った隕石を見て、嬉しそうにしている。目はさっきの三倍くらい輝き、興奮しているのがよくわかる。
「隕石だ……初めて本物を見た。それにしても輝いてるとき、とても綺麗だな。七色に輝いて虹みたいだ」
青年は大切に隕石をポケットにしまい、望遠鏡などを片付けて背負い、帰路についた。
――そうだ、明日の話題見つけたぞ。『この鉱石は人の願いを叶える力がある』ってみんなに広めよう。みんな楽しんでくれるかな? 明日が楽しみだ。
翌日を楽しみにする青年のポケットの中では、隕石が一瞬煌いた。しかし青年は知る由もない。
***
いつもと同じクラス、いつもと同じ学校、いつもと同じ時間の過ごし方。
僕たちはいつも同じ流れに従って生きている。退屈なものかもしれない、でも僕はわりと今の流れを気に入っている。
左から2番目の列の一番後ろ、これが今の僕の席。右にはもうすぐ4時間目が始まりそうだというのに未だに来ていないが、僕の友人がいる。そして左には、宇都宮春海――通称パンダがいる。その名の理由は見ているとどこか和むから、らしい。癒されるし盛り上げるのがうまいし、人望もあるパンダはみんなに好かれて学年の人気者だ。
次は英語の授業だ。英語の前の休み時間は必ずと言っていいほど、よく安田君がパンダのもとへやってくる。
「パンダ! ヤッベェよ、俺宿題忘れたどうしよう!」
ほらね、いつも困ってパンダのもとへやってくる。いつも休み時間は本を読んだりぼーっとしている僕は意識しなくても2人の会話が聞こえてくるんだけど、安田君はいつもパンダに何を求めて来るのかわからない。
「え、安田また宿題忘れたの? ハハ、モーマンタイモーマンタイ、大丈夫だよ」
パンダは穏やかに言う。心なしか、癒されるオーラを放っているような気がする。
「そっか、そうだよな! ありがとうパンダ!」
……うん、やっぱりわからないね。いつもだ。いつもいつも安田君がパンダに泣きついては、パンダは穏やかに答える。そして安田君は納得して礼を言う。写させてくれって頼むわけじゃないんだ、本当に何をしに来ているんだろう。そしてそのまま2人は雑談を始めるんだ。
僕は2人と仲が良いわけでなく、よく話す性格でもなく、立ち上がって話す友人もいないので休み時間をいつも本を読んですごしている。とはいえ、今読んでた本は読み終えてしまった。
特にやることもないから少し寝ようかな。あと休み時間は5分はあるだろうし、十分だ。
僕は両腕を枕にして寝る体制に入る。
「そうそう、昨日天体観測してたんだけどさ」
「ホント、パンダは星が好きだなぁ」
「おう、ロマンに満ち溢れてるしね。一学期の期末テストも終わったし、自分へのご褒美だよ」
僕は3秒で眠れるなんて特技は持ちあわせていない。故にまだ起きているんだけど、自然とパンダと安田君の会話が耳に入って来る。
「でさ、30分くらい望遠鏡を覗いて、一息ついてたとき流れ星が落ちてきたんだ」
「え、マジで? スッゲー!」
「そして俺は、その落ちてきた隕石をコウセキと呼ぶ……」
パンダは最後、少しカッコよく、厳かに言った。それと同時にキュッキュッという音と少しツンとするアルコールのにおい。どうやらマイネームペンで紙に書いているみたいだ。
「おお! 虹の石と書いて虹石か!」
「実は、鉱物とかの鉱石ともかけてあるんだ!」
「鉱石の虹石か、なるほどな! って、ダジャレでつけたのかよ」
なんか、すごくバカらしい。
「照れるだろ、ハハッ んでさ、その虹石がこれなんだ……」
なんで照れたんだろう? それにしても、今持ってるのか……。隕石には興味がある。僕はこっそりとパンダの方を向いた。
「ほら!」
そう言ってパンダは制服のポケットから何かを取り出した。
僕は隕石とはいえ、そこらに転がっているただの灰色っぽい石と同じだろう、そう思ったんだ。でも、確かに隕石は灰色なんだけど、普通とはちょっと違って、拳くらいの大きさの隕石は虹色に輝いている。常に美しく虹色に輝く石。確かに虹石といってもおかしくない。色は常に移り変わっている。あまりにも明るく輝いているから、クラスのみんなは突然出てきた虹色の光に驚き、歓声を上げている。
「すごいだろ? 虹みたいに輝くんだ。しかも当たる光の強さと角度によって、虹石の放つ光も変わる」
謎の光について、少しでも何か知りたいと思うクラスのみんなは歓声を止めて静かにパンダの声を聴いている。
「それに、ただ単に綺麗なだけじゃないんだよ」
そう言って言葉を切り、パンダは自分の方を見るみんなを見回し、いたずらっぽい笑みをふと浮かべた。
「この虹石には人の願いを叶える力があるんだ」
言い切った後、さっきのいたずらっぽい笑みは消え、次、パンダの顔にはやさしい微笑みが浮かんだ。
みんなはパンダの言葉を信じきってスゴイだの素敵だの、賞賛したり見惚れたりと色々だ。そして共通してみんな幸せな気分になっている。
だけど、僕はそんな風に思えない。確かに虹石はとても美しくて魅力があり、人を惹きつける。でも、願い事を叶えてくれる、なんて非現実的だ。ありえない、信じるみんなの気が知れないよ。
その時、クラスの誰かが言った。
「そうだ、願い事を叶えてくれる虹色に輝く石があるってみんなに広めようぜ!」
それに対し、みんなが賛成していく。でも、1つしかないんだからそんなに広まるわけない。
それに、僕には確信がある。今までだって、色んなものが流行したけど、みんなすぐに飽きていった。今回も一緒、そもそも願い事を叶えるなんて、そんな胡散臭いもの誰も相手にしないよ。
「みんな、席に着けー」
先生が教室に入ってきた、と同時にチャイムが鳴る。4時間目の始まりだ。
僕はどこかみんなを見下しながら授業に臨んだ。
***
「ねぇ、アレ持ってる?」
「フフ、実は昨日手に入ったんだ」
移動授業の帰り、ザワザワ賑わう廊下で通りすがった女子2人が楽しそうに話してる。
「俺のは誰のよりも輝くぜ」
「本当か? じゃ、俺のと比べるか」
突如、廊下が強い光で満たされる。
「コラ! 虹石を出すんじゃない! 出すんならもっと暗いところで出せ!」
先生が怒鳴る。光は素直に消えた。
……ありえない。まさか虹石が流行するなんて。
この非現実的な状況に、思わず僕の足は止まる。
パンダが虹石を見せて数日が経った。あれからよく流れ星が流れるようになり、虹石が落ちてみんなが所持するようになった。虹石が落ちると必ずクレーターが出来るから見つけるのも簡単らしい。おかげであちこちクレーターだらけだ。さらに、夜だと暗い中で月や星に照らされて輝くからさらに見つけやすいらしい。
まぁ、そこまではよしとしよう。いやおかしいけど、でもニュースで見た天文学の教授が言うには、最近起こった宇宙の爆発によって小さい特殊な石が地球に向かって跳んできているらしい。普通は空気との摩擦で隕石は降っても地上につくまでに消えてしまうらしいけど、消えないことから研究されているらしい。でも拳よりも大きいものはないから、直接ぶつからない限り、もの凄く危険ということもないそうだ。その隕石はこの、隕石が落ちた地区の名を取って光沢隕石と名がついた。しかし、その隕石の名が発表されたのはクラスのみんなが家族やら友達やら、色んな繋がりで虹石を広め、浸透した後だったので、地元では虹石で通っている。
まぁそれはいいとして、何より願い事が叶うなんて、有りえないじゃないか! それなのにみんなはそれを信じて虹石をお守りとして常に持ち運んでいる。
「ねえねえ聞いて! ずっと探してた腕時計がやっと見つかったんだ! これって虹石のおかげかな?」
「ホント? よかったじゃない! でも、私のおじさん博打で大勝ちしますようにって願って大負けしたんだって。ま、自業自得なんだけど虹石って願いは叶わないんじゃないの?」
僕の横を通りすがるクラスの女子2人が話している。バカらしい、願いが叶わないなんて当たり前だろ。ただの石なんだから。あぁもう、さらにイライラしてくる。どうして当たり前なのにわからないんだ?
通りすがっていった女子2人は後ろを振り返って誰かを探し始めた。目的の人物を見つけたようで手を振って後ろに走っていった。
「あ、パンダ、丁度いいところに。ねえ、願いが叶うって本当なの? 私のおじさん、博打に勝ちたいっていう願いが叶わなかったんだって」
あぁ、噂の発信源に直接聞こうとしてたのか。
「え……へ? あ、あぁそれはアレだよ。きっと純粋な願いじゃないから叶わなかったんじゃないのかな」
「マジかよ、虹石って願いを選ぶのか? スッゲー、神秘的だな!」
どう聞いてもパンダは取り繕って答えてたのに、何故か安田君は気づかない。なんでだよ、曖昧なセリフだったじゃないか。どうしてわからないんだ?
でも、今ので確信した。パンダは嘘の噂を流していたんだ。そもそも、そうでなかったらなんでパンダはそんなに虹石について詳しいんだよ。おかしいだろ。
「あ、夏樹ー! おはよっ」
突然可愛い声が僕を呼んだ。明るく活発で高い声。もちろん女子だ。でなきゃ可愛いなんて意地でも言わない。
声の方へ向き直ると、僕が戻るべき2−3の教室の前に莉奈がいた。
秋山莉奈――僕こと榊原夏樹の幼馴染み。ツインテールの髪型がトレードマークなんだ。暗くて内向的な僕とは正反対で、明るくて積極的。可愛い声で呼ばれると嬉しくなるし、何より時々ボーっとしているところが可愛いんだよな。
「夏樹、化学貸して!」
「いいよ、はい」
ちょうど化学の実験からの帰りだったから、僕は筆箱としたじき以外全部渡した。
「ありがとっ じゃ、お弁当のときに返すね!」
そう言って莉奈は2組へ戻っていった。少し見送って、僕も教室に戻る。
ん? 何か刺すような視線が……。あぁ、莉奈と話していたからクラスの男子が僕を睨んでるんだな。莉奈はよくモテるんだよ。見かけも中身も可愛いし、それにどこか守りたくなるような感じもするからだ。まぁ莉奈は天然だから全く気づいてないけどね。
はぁ、慣れてるけどやっぱり変な目で見られるのは嫌だな。
席に向かって、誰とも目を合わさないように下を向いて歩く僕を後ろから押すようにチャイムが鳴り響いた。
***
四時間目が終わり昼食タイムに入る。その時、教室のドアが開き、容姿端麗の男が入ってきた。しかし金髪と眉間によった皺。ガラの悪いヤンキーだ。
ヤンキーは僕のほうへ来て話す。
「よう、夏樹。よし、腹も減ったし屋上行くか」
「うん。あ、でも屋上は暑いんじゃないかな」
「バーカ、屋上には風っていう強い味方がいるんだぜ」
「それもそうだね。じゃ、行こうか武」
お昼の時間に合わせてやって来たヤンキーと、そのヤンキーと普通に話す僕を見て、周りにいるクラスメートはみんな怯えている。
ヤンキー改め天冬武。スポーツ万能容姿端麗、天才的頭脳の持ち主という羨ましい人間だ。
ヤンキーであまり真面目に授業に取り組まないというのに持つ、武の天才的な頭脳は数多くの教師のプライドをズタズタにし、卓越した運動神経は数多くの部活に燃える学生を絶望させ、その抜群に整った容姿は数多くの女子を魅了し、数多くのカップルを別れさせた。喧嘩ももちろん強く、名が知れ渡っている。そのせいか、あらゆる人に恐れられていると同時に憧れられているし、恨まれてもいる。
莉奈と同じように、武は僕の幼馴染みの親友だ。だから全く恐くない。それどころか、僕は武ほど信頼できる人はいないと思う。
屋上へ行くべく教室を出る。すると丁度莉奈も2組の教室から出てきたところだった。
「よう莉奈。屋上行こうぜ」
莉奈を見つけてすぐに、武が声を掛ける。
「うん! 今日は天気もいいし、屋上はポカポカしてそうだよね」
「いや、ポカポカというよりもジリジリだと思うな」
夏の炎天下だし、一応訂正しておく。でも、風が吹いて丁度いい温度になったらいいな。
***
真っ青な空、ジリジリと輝く太陽、そして布団の中のわたが大量に重なったような暑苦しい雲。気温が熱ければ見かけも熱い、夏休み間近の昼休みの屋上。
折角空に雲があるというのに、一体どうして活用しない、一体どうして僕らと太陽を断つ壁となってくれないんだ。悪びれもなく浮かんでいる雲に嫌気が差す。
んでもって、こんな炎天下だけど涼しい風を当てにして屋上に来たっていうのに
「なんで風がぬるいんだクソヤロー!」
あぁ、最後の心の叫びは武に言われてしまった。
「怒らない怒らない、怒ったらさらに熱くなるよー」
のほほんと言うのは莉奈だ。
今は昼休み、僕、莉奈、武の3人は毎日一緒に弁当を食べている。昼休みは中学の頃からの名残で武と莉奈と3人で食べている。高校に入って環境も変わったし、別の人と食べないのか、と莉奈に聞くと、「あのね、夏樹と……あ、ちがって、3人で一緒がいいなーって……ね?」
とても真っ赤な顔で言われた。顔を真っ赤にして、あんなにパニクリながら言われたらこっちの方が顔が赤くなるよ。
そして昼を一緒にしてるんだ。しかも嬉しいことに莉奈が弁当を作ってきてくれるんだ。武はその弁当を当てに一緒に食べるんだけど、時々作りたがる。しかも無理やり持って来る。
ホント、マジでやめてほしい。武の料理は不味い。ものすごくね。ほぼ完璧な武の唯一の欠点だ。
味噌汁は雑巾の絞り汁、炊かれた米は水に濡れた粘土、焼くものは全て炭になり、剥いた蜜柑は飛び散った汁と化する。味もさることながら感触も悪い。クソ不味い。ハハ、思い出すだけで気持ち悪い、吐きそうだ……
まぁいい。そんなことよりも今は弁当だ。莉奈が作ってくれてるんだ。今日は何だろう。
「あのね、今日のおかずはちょっと冒険しましたー! 味見もしてないんだ」
え、冒険? 味見もしてない? ……ま、まぁそんなに不味いものは出てこないよね。だって莉奈は料理うまいし。
「卵焼きなんだけど、ソースと砂糖とココアと唐辛子を入れてみたの。私の予想ではね、甘いのと辛いのが丁度よく混ざって、美味しくなってると思うの! ね、食べよう」
見かけは黒っぽい卵焼き。そしてところどころに輪切りの唐辛子が見える……。プラスに考えると、チョコレートと飾り付けのお菓子の入ったクレープの生地だ。味は違うだろうけどね。
とりあえず、3人同時に食べる。
「げ、ムダに甘い」
「うわ、辛っ」
「まずい!」
そりゃそうだ。ココアと唐辛子なんて有りえない。それぞれの個性が前面に出ていてクソ不味い。
「何でこんな無謀な挑戦するんだよ!」
「食べ物を無駄にするんじゃありません!」
僕と武は少し強めに怒った。そりゃ作ってもらったんだから有り難く思わないとダメだけど、これはあまりにも不味い。こういう時に思うけど、やっぱり莉奈は天然だな。
「ご、ごめんね。弁当に飽きないように何か新しいものを作りたかったんだ」
申し訳なさそうに謝る莉奈を見て、申し訳なくなる。有りえない組み合わせの卵焼きだったけど、僕らのためにやってくれたのに、怒るなんて申し訳ない。
言い過ぎたから謝ろうと口を開くが、莉奈が何かを呟いている。
「はぁ、虹石があったらいいのにな」
え、何故それが出てくるんだ。
「コウセキ? 何だそれ?」
学校であまり人と交流しなく、寝てばかりの武は僕よりも流行に疎い。だから知らないようだ。
「知らないの? あのね、最近よく落ちてくる流れ星なんだけどね、光が当たれば七色に輝いて、しかも人の願いを叶えてくれる隕石なんだよ」
「……七色に輝く流れ星? あぁ、あのキラキラしたやつか。そういや昨日喧嘩した奴が持ってたな。んで、あったらどうなんだよ」
疑問を投げかける武と同じ気持ちだったので、僕は莉奈の目を見る、莉奈はとても楽しそうに答える。
「もちろん、虹石があったら美味しい卵焼きのレシピを教えてくださいって頼むの」
答える莉奈は元気いっぱいだ。でも僕と武の反応は冷たい。さすがにバカバカしすぎるからだ。
「くだらねぇ。頼むとしても、もっといい事願えよな」
「うんうん、第一、願い事が叶うなんてはったりだよ」
「でも〜……」
あ、さすがに言い過ぎたかな。目にジワッと涙が溜まっている。ヒドくショックを受けたみたいだ。う〜ん、こうなったら話題を変えよう。
「ま、卵焼きだけじゃないんだから早く食べよう。ほら、このから揚げとかすごく美味しそうだ」
僕の言葉に2人とも賛成して、やっと弁当を食べ始めた。
から揚げを食べながら莉奈が言う。
「そうそう、期末も終わってあと少しで夏休みだね。2人とも何か予定あるの?」
「別にねぇけど……ま、あるとすれば夏祭りだな。2人とも行くんだろ?」
当たり前のように武が言うが、行くわけない。面倒くさいしね。
「行こっか、夏樹!」
「いや、行かないよ」
とっても元気に莉奈に誘われたけどスパッと断る。イヤだし。
「なんだよ、行けばいいだろ。デートしてくればいいじゃんか」
「で、デー!?」
武が妙なこと言うから言葉にならないこと言ってしまったじゃないか。莉奈の顔は真っ赤になってるし、ま、僕は冷静だけどね。
「ハハッ、2人して顔真っ赤だな。照れんなよ、特に夏樹、ゆでダコになってんぞ」
「な、なるわけないだろ! それに僕と莉奈は幼馴染だ。デートにはならない。それなら武が行けばいいじゃないか」
「しゃーねぇな、んじゃ3人で行くか!」
「そうだね!」
あれ? 2人で行けって言ったつもりが3人で行くことになってるような……しかもまとまりつつある。
「いや、僕は行かないからね」
「スーパーボールすくい楽しみだなぁ」
「俺はリンゴ飴が楽しみだ」
ニコニコと夏祭りを楽しみに話す2人。どうやら僕のセリフは聞こえてないらしい。いや、武は聞こえてるな。
「オイ、夏樹は何が楽しみなんだ?」
そう言いながら肩に腕を回してくる。暑苦しいな。
「だから僕は行かないって」
僕の言葉を無視して武が僕の耳元で囁く。
「行けよ、んで途中で俺が抜けるから告れ」
僕も小さい声で囁き返す。
「何を言い出すんだ。僕はそんな気ないよ」
「ま、当日は引きずってでも連れて行くからな」
少し凄みを聞かせた声で言った武は僕から離れた。
夏祭り、変に2人きりにされたら困る。気まずいじゃないか。
僕は武の肩を掴んで振り向かせ、莉奈にも聞こえるように言葉を発する。どうせ連れて行かれるならもうヤケだ。
「じゃ、祭りは3人で行って3人で騒いで、3人で帰ろうね!」
「3人」を強調しまくった。これで武は当日抜けられないだろう。約束を破るようなことはしないだろうしね。
武は面白いとでも言うように「……ほう」と唸り、莉奈は天真爛漫な笑顔を浮かべて答える。
「当たり前だよ!」
夏祭り、かぁ……気が乗らない。
***
「よーし、出発だ!」
約束の夏祭り当日。祭は2日間ある内の、今日は1日目だ。4時を少し回った今、僕、武、莉奈は出発する。
「到着したらわたがし食べたいなー。ね、夏樹は何食べるの?」
今日も元気いっぱいな莉奈はスキップをしそうな高いテンションで僕に聞く。その半分くらいの元気で僕は答える。
「いか焼き」
「はは、また食いにくいもん食うんだな」
好きなんだからいいだろ。と、こんな話をしているとガシャーン、と激しい音が聞こえてくる。そして低いガラガラ声のおっさんの罵声と高音の女の子の泣き声、そして女の子を守るように、声変わりはしてないけどしっかりとした男の子の声が聞こえてくる。僕らの足が止まる。
「お父さん、それ返してよ。それは凛のために取って来たの!」
バチンという音が響く。殴ったのかもしれない。……こういうのは放っておくべきかもしれないけど、気になるな。ちょうど、声が聞こえてくる筋の道は通りすがるし、近付いたっておかしくない。僕は角の方へ足を進める。莉奈と武も同じ気持ちだったようで、ほぼ同時に歩き出した。
角の向こうの状態は、怒っているおっさんと右頬を少し腫らした小学校の3、4年生くらいの男の子。男の子のすぐ傍には座り込んで泣いている低学年くらいの女の子がいる。おっさんの手には七色に強く輝いて眩しい石――虹石が握られている。思わず目をそばめてしまう。
「あぁ? バカヤロ、ガキが宝石持ち歩いてんじゃねえ! こういうのは父さんに渡せ」
「宝石じゃないよ、虹石だよ!」
「虹石だぁ? あぁ、ガキの間で流行ってる願い事が叶うってヤツか。つーか流れ星だろ? こういうもんはな、ガキより大人が使った方がいいんだよ」
怒鳴り、そして念じ始める。
「金がほしい酒がほしい金がほしい酒がほしい……」
「返して、返してよ!」
男の子がいくら必死に話しても、おっさんの方は全く耳を貸さない。ヒドいもんだな。
おっさんの念じる声はなかなか止まらない。一体いつまで念じるつもりなんだ。いい加減呆れてくる。
止めに入ろうか、とふと考えていると何か違和感を感じてきた。なんだろう、そういえば目を開きやすくなったような気がする。気になるのでさっきと何か違うところがないか、注意深く探してみる。
辺りに人が増えた……わけではない。猫や犬が現れたわけでもないし……あ! おっさんが持つ虹石がただの灰色になってる、つまり輝いてない!
輝いていない虹石は少し大きいだけの普通の石にしか見えない。でも目を閉じているおっさんは気づかないし、男の子もそれどころじゃない。あれ、女の子はどこだろう。
突然僕の服のすそが引っ張られる。なんだろうと引っ張られた方を見てみると、さっきまで座り込んで泣いていた女の子がボロボロと涙をこぼしながら僕の方を見ていた。目は真っ赤に腫れていてあまりにいたたまれない。
何か言おうと思うんだけど、なんて言ったらいいのか言葉が出てこない。
「ねぇ、大丈夫? 凛ちゃん、かな?」
悩んでいると、莉奈がすぐに声を掛けた。武も莉奈に続いて話しかける。2人とも子供が好きだから放っておけないんだ。僕も好きなんだけど、どうしても僕は消極的で、こういうときにパッと動くことができない。結局最初に声を掛けることもできなかった。
「泣くなよ、どうしたんだ? 何が原因でもめてるんだ?」
話かける武は金髪で眉間に皺のよった恐い顔、多分怒ってるんだろうけど、恐がってしまうかもしれない。そう思ったけど心配ないようで、凛ちゃんは泣きながらも頑張って話し出した。
「あのね、お兄ちゃんが虹石で願い事くれてお父さんが取ったの」
凛ちゃんは莉奈がもらい泣きしそうになるほど泣きながら、本当に頑張って話してくれてるんだけど、残念ながらあまり意味がわからない。
「やさしいお兄ちゃんだね」
ボロボロ泣きながら言う莉奈。え、わかったのか?
「ちょっと待ってろ、俺が父ちゃんぶん殴ってきてやる!」
あれ、武の目にも涙がじわりとしている。僕だけがわかってないの? なんで2人ともわかるんだよ。
「ダメ! お父さんなぐったからイタいのダメ!」
あ〜、頭がこんがらがる! でも今回のは言いたいことはわかった。
「……わかったよ、とりあえず止めてくるな。だからとにかく泣き止めよ」
凛ちゃんの頭をやさしく撫でてから、進もうとする。その時凛ちゃんのお父さんの叫び声が聞こえた。
「なんだよ、願いなんて叶わねえ! しかも光はなくなってるしよ、デマかよクソ!」
向こうから拳大の虹石が飛んできた。投げたらしい。しかも武の頬を掠めたようで、武の左頬には一筋の傷が出来ている。
涙涙の温かい空気が一気に氷点下に下がった。武はキレやすいからな。半径2キロ以内のヤンキーは制覇しているほど強い武。もちろんそんな武を止めれるヤツはこの場にいないし、ヤバイな。凛ちゃんと男の子の心に傷がつくかもしれない。
「おい、お前今石投げたよな? おかげで顔面から血が出たんだけど。落とし前はつけるよなぁ?」
武の声は冷静だけど、ピリッとした空気が漂う。相当キレてるみたい。あぁ、不謹慎だけど他人事でよかった。
タッタッタッタッと走る音が聞こえる。ピタッと止まり、いつ武が凛ちゃんのお父さんを殴ってもおかしくなくなったとき、僕は思わず目を背けた。目を背けずにはいられない。僕はなんとなく、さっき飛んできた虹石の方を見た。輝きがなくなってしまったただの灰色の石だけど。すると、凛ちゃんが虹石に駆け寄っているのが見えた。
「コラ、離せって!」
「嫌だ、お父さんをいじめるな!」
凛ちゃんに注目していると、向こうでは僕の予想とは別のことが起こったらしい。気になって見てみると、殴りかかろうとする武の足に男の子がしがみついていた。凛ちゃんのお父さんはというと、驚きを隠せずに茫然と男の子を見ている。
「おいおっさん、自分のガキが守ってくれたってのに、なんとも思わねぇか?」
「……あ? お、思わねぇよ。海が勝手に動いただけだろ」
「あぁ? お前、マジムカつく」
あぁもう完全にキレた。男の子の声ももう武には届かず、軽く突き飛ばされ、武は凛ちゃんのお父さんとの距離を詰めていく。これは、凛ちゃんの目を塞がないとダメかもしれない。そう思って、凛ちゃんへ振り返ると、凛ちゃんは両手で大事そうに虹石を持って目を瞑り、うまく言えないながらに頑張ってブツブツ唱えている。何となく耳を傾けてみる。
「やさしい戻って、お父さん……」
突然、僕の目が変になったのか、消えていた輝きが凛ちゃんの声に呼応するかのように戻ってきた。輝きはどんどん強くなり、ふっと消えた……え?
目がおかしくなったのかな。光が消えた次は虹石から真っ白な光が出てきて凛ちゃんをやさしく包み始めた。でも、凛ちゃんは目を瞑っているので気づかない。茫然と女の子を見ていると、僕の袖が引っ張られる。誰かと思えば莉奈だった。
「ね、夏樹。アレって流れ星?」
莉奈が指差すほうを見ると、はるか遠くから光り輝きながら落ちてくるものがある。十中八九虹石だろう。
何気なく虹石の落下しそうな辺りを目で追うと、武たちがいる通りへと真っ直ぐに落ちてきている。このままでは危ない。
「武、流れ星だ! そっちに落ちるぞ!」
僕はそれだけを言い、莉奈と凛ちゃんを引っ張って、安全である確立が比較的高そうな壁のすぐ近くに連れて行った。
一方、武も流れ星の方を見て軌道を確認すると、男の子の方へ駆け寄る。
「海、危ない!」
武が動くよりも一瞬早く、海くんのお父さんは海くんへ駆け寄り、覆いかぶさるようにして海くんの上に倒れこんだ。
なんだ、父親らしいところもあるんじゃないか。
武も同じように思ったようで、ふっとやさしい笑みを浮かべる。そして流れ星と海くんとお父さんを阻む壁になるように立った。
流れ星は真っ直ぐに3人に向かって落ちてきているみたいだ。
嘘だろ、このままじゃ直撃するぞ。声を出すことも出来ず、思わず目を塞ぐ。女の子の目も塞いだ。
ドゥン、と鈍い音が鳴る。まさか背中に落ちたのだろうか。
ゆっくりと目を開けてみる。見える光景は倒れる海くんとお父さんと立っている武。さっきと同じだ。でも少し違うのが武のすぐ近くのアスファルトにはさっきまではなかったクレーターがあった。おそらく地面に虹石がめり込んでるんだろう。とにかく、どうやらみんな無事らしい。
安心して手の力が緩くなる。するとすかさず女の子が自分の兄と父の方へ走っていった。
「お父さん、お兄ちゃん、大丈夫?」
やさしい涙をためて2人を見る女の子。倒れていた2人はゆっくりと起き上がり、お父さんが海くんを見る。
「海、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、お父さん」
元気な声を聞けて安心したのか、お父さんの目は涙ぐんでいる。
「海、凛、ごめんなぁ。父さん会社クビになってヤケになってたんだ。こんな歳になってグレてた。本当はこういう時にこそ家族の力を合わせないといけないのに、酒ばっか飲んで辛く当たって……本当にごめん!」
キツく抱きしめられながら、海くんと凛ちゃんは嬉しそうだ。
「よ〜し、グレて迷惑掛けたぶん家族サービスだ! 今日の夏祭り、お母さんも連れてみんなで行こう! とは言っても金がないからそんなに遊べないけどな」
「ホント!? やったー」
全力で喜ぶ2人の子供を見てやさしくほほ笑み、凛ちゃんを肩車、左手で海くんの背中を押して歩き始める。その姿はどこからどうみても幸せな親子だった。
ふと振り返り、2人のお父さんはバツの悪そうな顔で武を見る。
「兄ちゃん、石当てて悪かったな」
人差し指でトントンと自分の左頬をふれながら謝る2人のお父さん。武は気にするなというように手をひらひら振った。その行動を見た2人の子供のお父さんは安心して前に向き直り、目的地へと歩を進める。海くんと凛ちゃんはパッとこちらへ振り返り、元気に手を振って別れの挨拶をしてくれた。凛ちゃんの左腕には、虹石がしっかりと抱えられている。虹石はまた普段通り七色に美しく輝いていた。
元気いっぱいに手を振り返す武と莉奈に釣られて、僕も手を振り返した。
***
「さっきの親子、幸せそうでよかったね!」
「あぁ、そうだな。最初はマジでこのクソ親父をぶん殴るって思ってたけど、やっぱ親だよな。偶然虹石が落ちてきて、よかったよかった」
いつの間に拾ったのか、武は左手に持った虹石を持ちながら言う。莉奈は光り輝くそれを見て嬉しそうだ。でも、まだ太陽が沈まない今、外で見る虹石は眩しすぎる。
それにしても、偶然――武はそう言ったが引っかかる。さっきの突然の流れ星は本当に偶然なのか。流れ星が突然なのはいつものことだけど、タイミングがよすぎる。
人の願いを叶える、なんていう戯言を信じてるわけじゃないけど、女の子を包んだ光が消えた途端、莉奈が流れ星に気づいたというのも出来すぎてる気がする……ん? いや、僕は何を考えてるんだ。今の考え方だと、まるで僕が石の力を信じてるみたいじゃないか、バカらしい。それに、凛ちゃんのお父さんの願いは叶わなかったじゃないか。
でも、変だ。凛ちゃんのお父さんが念じたとき、虹石から光が消えた。まるで願いを拒否するかのように……そんなわけないのにね。いや、でも本当に純粋な願いじゃなかったから拒否したのかも。前に廊下でパンダが言っていたし……いや、それは嘘だって確信していたじゃないか。
でも、凛ちゃんの願いは叶ったんだ。しかも虹石に異変が起こったし……あれはなんだったんだろう。ただのラッキーなのかな。
***
すごい人の数とすごい夜店の量の中、僕ら3人はとても祭を堪能している。
わたがし、たこ焼き、いかせん、焼きそばにポップコーン、そして忘れたらダメなのがカキ氷。あ、あとリンゴ飴もだ。遊びもいろいろやった。射的、ヨーヨー、スーパーボールにわなげ、くじびきなどなど。金魚すくいは金魚の世話が面倒くさいのでやらない。
ふと腕時計を見ると、7時40分。花火が打ちあがり始めるのは8時。そろそろ移動かな。
武に全敗して悔しいと地団駄踏む莉奈と、意地悪い笑みを浮かべる武に声を掛ける。
「そろそろ移動しよう。花火が始まるよ」
「お、もうそんな時間か。残念だったな莉奈、もう終わりだ」
「く、くやしい〜! あともうちょっとだったのに! ね、お願い、最後にもう一回だけ射的やろう、ね?」
未練たらたらだなぁ。ま、そんなに花火が見たいわけでもなし、別にいいか。
「んじゃぁもう1戦やってたら? 僕はちょっとブドウ飴買ってくるね」
ブドウ飴がすごく美味しかったんだよ。射的の真向かいにある飴屋さんの方を向いて、財布から250円を出す。つもりなんだけど、思うように手が前に伸びない。服のすそが引っ張られてるのか? 振り返ると莉奈だった。
「どうしたの?」
何故か顔が赤いような……光の加減か? いや、違うらしい。射的屋の長机にもたれかかる武の顔がニヤッとしている。何か吹き込んだんだな。
「やっぱり射的はもういいや。花火見に行こ! 人がたくさんかもしれないけど、真下が良いな!」
「そう? じゃ、早く行こうか。でももう始まるからなぁ。人多すぎてあんまり近寄れないかもしれないよ?」
実際、1時間前よりも遥かに夜店の客足は少ない。家に帰った人もいるだろうけど、大半は花火の見えやすいところに移動したんだろうな。まぁいいや、少しでも早く行かないとね。
「おい、2人とも早く行くぞ!」
いつの間に移動したのか、2軒先の店から手招きしている。僕と莉奈は歩き始め、それを確認した武はさらに前に進む。が、突然ピタッと止まり、左腕を止まれというように真横にのばす。ぼ〜っとしていた莉奈は武の左腕に気づかないで額をぶつけた。
「おっと莉奈、悪いな。悪いついでにさっき言ってたのなしな」
「え、なんで?」
「さっきの話ってなんだよ?」
詰め寄る僕らだが、武の顔はどことなく真剣な顔だ。不意に、武の向こう側から拳が僕の顔に向けて飛んできた。反射的に目を瞑る。避けれる気がしないしね。でも、想像した衝撃はない。
目を開けると、一番に目に入ったのは武の左手。たぶん防いでくれたんだ。さらに向こうを見ると、ガラの悪いヤツが5人いる。夜店の客は危険な空気に反応して僕らから離れている。できるだけ不良と離れようと、僕から見て後ろの方に逃げている。
「まぁ、こういう訳だから逃げろ。生憎、敵が5人もいたんじゃお前ら2人に危害が及ばないとも限らない。5人から庇いきるのはさすがに無理だ。だから逃げろ、わかったか?」
早口で言う武。確かに僕らがいたって足手まといだ。しかも人質になってしまいそう。
「走って逃げろ、夏樹! 逃げ足だけは速いんだからな。莉奈を守れねえと男じゃねえぞ」
返事をしようにも余裕がない。他の男がこっちに向かって走ってきているからだ。店がギュウギュウしているこの場所では、2つしか逃げる道はない。敵のいる前方、つまり武が睨んでいる方向か、敵はいないが人がたくさんいる後ろ。うまく前の方に逃げることが出来たら目的地へ行けるし、相手の意表もつけるかもしれないけど、やっぱりリスクが低いのは後ろだ。
僕は莉奈を引っ張り、後ろの方――目的地とは真逆に走り出した。
***
走る走る、僕と莉奈の体力が持つ限り。人ごみを掻き分け、夜店があるところからも離れ、人気がない木々がたくさん生い茂るところも走り抜けた。いい加減息が切れてきたので止まる。莉奈もとてもしんどそうだ。ヤバイ、思いっきり引っ張りながら走りすぎたかもしれない。もう少し莉奈の体力も考えるべきだった。申し訳ない気持ちを込めて、莉奈の背中をさする。
周りを見渡す。そこは人もまばらな丘の上。当初の目的とは真逆に走っただけあって、花火の会場とは離れている。でも丘の上だから花火はよく見える。静かにのびのびと花火を見たい親子や老人に人気の場所なんだ。でも、丘の上に来るのは結構体力的にも辛いのでそんなに人はいない。
後ろを振り返る。誰にもついてこられてないかな、武の敵がついてきていたら、僕は莉奈を守れるんだろうか。喧嘩なんて、ほとんどしたことないし、勝ったことなんて一度もない。でも、誰かが来ていたとすれば、僕は何がなんでも莉奈を守ろう。
とはいえ、もともと武を狙ってきたんだから、よほどのゲスでない限り追ってこないだろう。そんなに頑張って人質をとるようなヤツなら最悪だけど、それならそれで人ごみにいたときに既に捕まっただろう。だって、武に気づかれるより先に、僕か莉奈を捕まえることだってできたんだしね。
ゆっくり左から右へと目線を動かし、木の陰に誰かがいないかを確認する……うん、たぶん大丈夫だ。ホッと一息つき、莉奈に振り返る。
「大丈夫?」
2つの意味で聞く。体力と精神的にだ。なんかショックを受けてるみたいというかなんというか、さっきから僕と目を合わせないで、下の方ばかり見てるんだよ。なんでだろう。ほぼ無意識で莉奈の目線を追う……あ、そうだった、手を繋いだままだったのを忘れていた。
パッと手を離し、何となく謝る。照れくさいし、それに何より気まずい。
「ごめんね」
「別に、離さな――」
ドォン、バチバチバチ、と突然今年一発目である特大花火が上がり、近くにいた人たちが歓声を上げる。莉奈が何か呟いたみたいだけど、見事に花火やら歓声やらに遮られて聞こえない。音が止むと、聞き返してみる。
「な、なんでもないよ……ということもないかもしれないような気がしないでもないかなぁ」
「どっちだよ?」
何てハッキリしないんだ。僕とは違い、ズバッとハッキリしている莉奈にしては珍しい。しっかりと目を見て聞いてるんだけど、莉奈の目は泳ぎまくっている。本当にどうしたんだろう。
「花火とは威勢よく打ちあがり儚く消えるもの。すぐに消えてしまうのに力いっぱい打ちあがる姿は、さながら猪突猛進な猪のよう」
突然僕の真後ろから声がした。思わずビクッとなってしまう。一体なんなんだ、そう思って振り返ると、黒いマントに黒いフード。胸の前にある両手には水晶玉を持っている女の人だった。見るからに怪しい上に、胡散臭い占い師のようだ。
女の人は、僕を避けて2、3歩莉奈に近づき、言葉を続ける。莉奈は突然のことに驚いている。
「真っ直ぐにしか進めない猪は、いつか硬い岩にぶつかり、身を滅ぼすかもしれない。けれどもやわらかい土の土砂にぶつかって、心地よい寝床を手に入れるかもしれませんよ」
「一体なんですか」
何の話をしているのかわからない。僕は丁寧に聞いてみた。微笑んでいる女の人に悪意は感じられないけど、はっきり言って意味がわからないし、怖い。莉奈と2人という気まずい空気はマシになったけど不気味だ。
「今宵は空も澄み、花火も綺麗で素晴らしい夜ですね」
女の人は僕の質問は完全に無視をして続ける。失礼だとは思わないのかな。
「そんな日は猪のように突っ走るのも悪くありません。心地よい寝床が手に入るかもしれませんよ。このペンダントは流れ星を加工して作りました。『願い事が叶う』と言われる虹石。石の力は定かではありませんが、言霊というものがあります。きっとあなたの願いが叶うように、おまじないとしていかがでしょうか。ご縁が100倍ありますように、500円です」
……商売? しかも、値段のつけ方が無理やりすぎる。そのペンダントはいつも拳大であるはずの虹石を砕いて小さくして、桐で穴を開けて紐を通しただけの簡易なものだった。
「買います」
「いやちょっと待ってよ、怪しいよ?」
ほぼ即答で買うと言う莉奈に、僕はほぼ反射的に止める。そりゃ、虹石見つけたら自分でも似たようなものを作れるのに、500円は高い。
「いいの。だって綺麗だし、今欲しいし……」
「どうしても欲しいんだったら武が持ってたヤツ使って作ってあげるから、やめとこうよ。他の事に使ったほうが絶対いいよ」
「それでもいいの!」
頑張って説得してみるけど、莉奈はさっと財布から500円を取り出して素早く女の人に渡した。
どこか安心するような笑顔を浮かべ、女の人は莉奈の首からペンダントを下げる。ペンダントは月や星に反射して淡く輝いている。
女の人は500円を受け取ると、近くの親子の所へ行った。
どう見ても胡散臭いのに、受け取ったペンダントを真剣な眼差しで見る莉奈。なんか場の雰囲気が変わったような気がする。
「私、夏樹のこと――」
ドカドカドカドカ、バチバチッパラパラ……と花火が上がる。離れているし音はそんなに話せないほどじゃないし、歓声も少なくなってきているのに、莉奈のペンダントが突然輝いて驚いた。ついでに莉奈が言ったことを聞き逃してしまった。
「ごめん、もう一回――」
「好きなの、夏樹のことが――」
パァン、バッチバチバチ、また花火が上がる。そしてペンダントが輝き莉奈の顔は眩しくて見えない。でも耳は聞こえるので「好き」と言われたことはわかった。嬉しいな、本当に。
でも、僕は告白されることを正直恐がっていた。つりあわないし、付き合う気なんて全くないからだ。でも、断れば今の関係が崩れるかもしれない、それは嫌だ。だから、わざとその言葉の意味に気づかないでおこう。
「ありがとう、僕も莉奈のことが好きだよ」
にっこりとほほ笑みながら、親しみを込めて言う。友達だという意味を込めて。これで諦めてくれたら、今まで通り、幼馴染でいられる。
「違う、そうじゃないの。私は、友達としてじゃなくて、好きな男の人として夏樹のことが好きなの」
……聞きたくなかったのに、そんなにしっかりと言われてははぐらかすこともできない。
「夏樹……?」
莉奈が僕の服の裾を引っ張り、釣られるようにして莉奈の顔を見ると、今にも泣きそうな顔だ。そりゃそうだ、思い切り気持ちを踏みにじったんだから。
……はぁ、どうすればいいんだろう。いつかこんな時が来るだろうと思ってた。好きになったのは僕のほうが早い。でもいつまでも黙っていようと思っていたんだ。でも、いつの間にか莉奈の僕を見る目が変わっていた。わかりやすい性格の莉奈だから、すぐに気づいた。その時から告白されたらどうしようと悩んでいたんだ。とうとう今、告白されてしまった。どうしよう、付き合うつもりはないよ、でも断るのだって……踏ん切りがつかない。僕だって莉奈が好きなんだから。
でもダメだ、答えはちゃんと言わなくちゃ。断らないと、僕は莉奈とつりあわないんだから。
それにしても、よく考えてみるとおかしい。どうして莉奈は僕のことが好きなんだ? 思い切って聞いてみようかな。もしかすると思い込みということも考えられる。
「どうして僕のことが好きだと思うの?」
そう聞くと、莉奈は突然の質問に驚いたみたいだけど、素直に少し眉を寄せて考え始めた。
「えっとね、なんだろう。夏樹といると幸せで、嬉しくなるの。なんか、自分らしくいられるというか……」
「それはただ単に幼馴染だからじゃないの?」
「違うよ! だって、武と一緒にいても何とも思わないもん」
それはそれで、武が少し可哀想な気もする。
「私、よく色々と失敗するでしょ? 夏樹はその度にさりげなくフォローしてくれるじゃない。その時、いつもいつも心がパァッと明るくなるの。それがいつの間にかドキドキに変わってたの」
……言葉を返すことが出来ない。だって、本当に僕のことを好きだと思ってくれてるみたいだから。何て言ったらいいの? どうすれば幼馴染のままでいられるの? 今口を開けば嬉しくて好きだと言ってしまいそうだ。でもそれは嫌なんだ。つりあわないんだよ!
何も言えずに黙っていたら、莉奈が先に口を開いた。
「夏樹は、私のこと嫌い?」
嫌いなわけ、ない。それどころか大好きだ。僕とは違って積極的で明るいところや天真爛漫なところが羨ましくて憧れる。みんなを積極的に引っ張っていくのに、時折ボケて失敗したとき、それでも頑張ってるところを見ると、フォローしたいと思うし、フォローするためにも目を離せなくなる。初めてクラスが離れて、教室が変わって、近くに莉奈がいなくなったときに、寂しくて物足りなくて気づいた。僕は莉奈が好きだ。フォローしたいという気持ちがいつの間にか好きという気持ちになっていたんだ。
でもわからない。これは本当に恋なのか? ただ目を離せないだけじゃないのか。このドキドキする気持ちは好きだからじゃなくて、知らないところで失敗してないかどうか、不安だからじゃないのか。傷つく莉奈を考えるだけでも胸が張り裂けそうになる。ということは、やっぱり好きなのか?
とにかく、莉奈に言葉を返さなくちゃ。
「嫌いなわけ、ないだろ。でも……ごめん、やっぱりもう少し考えさせて」
結局、僕はしっかりと答えられないまま持ち越しにしてしまった。
***
莉奈と別れた後、家に着いて、真っ直ぐ自分の部屋へ向かう。部屋に入るなり荷物を適当に置いてベッドに仰向けに寝る。
「……あ〜」
どうしよう、どうすればいいんだろう、どうすれば正解なんだ?
チャララララ〜と、突然メールの着信音が鳴る。何かと思えばメールマガジン。興味もないのでケータイを閉じ、引き続き悩む。……いや待てよ、そうだ、ケータイだ。武に相談してみよう。アイツは真剣に聞いてくれるから頼りになるんだ。
閉じたケータイを再び開き、武に電話を掛ける。……あ、そういえば喧嘩はどうだったんだろう。
「あ、もしもし。なんだよ夏樹、突然電話なんかしてよ。なんかあったのか?」
僕の心配を他所に、武はすぐに出た。あっけらかんとした声、つまり勝ったのかな。
「喧嘩はどうだったの? ボコボコにしたの?」
「もちろん、あんな弱い奴ら、あっという間にらくらく勝利よ」
「らくらく勝利!? じゃぁ逃げる必要なかったんじゃないのか?」
「バカ、2人きりになれるチャンスだったろ? 活用するしかねえだろ」
そんな理由? まぁいい、本題に入ろう。
「あのさ、実はさっき、告られた」
「マジかよ、夏樹、やったじゃねえか。もちろんOKしたんだろ?」
電話の向こうで武はとても嬉しそうだ。まるで自分のことのように喜んでいる。
「いや、まだしてない。考えてるんだよ」
「はぁ? 考えるまでもない、付き合えよ。両想いじゃねえか。考える必要なんて――」
「そんなに簡単なことじゃないんだよ!」
一気に捲くし立てられそうなのを止めたくて、大きな声で武のセリフを遮る。電話の向こうで少し驚いてるかもしれない。
「……なんだよ、何をそんなに悩んでんだよ」
声の調子が変わり、心配するような声が聞こえてくる。
「何を悩んでるかって? 僕は断りたいんだよ、今まで通り、幼馴染のままでいたい。だって、つりあわないじゃないか」
「……まぁ、色々言いたいことはあるが、思うことを全部言ってみろよ。つりあわないってどういうことだよ」
「武は僕のことも莉奈のこともよく知っているだろう? 僕は根暗で人付き合いも悪い。それに頼りがいもなければ積極性だってない。つまり莉奈とは真逆……僕なんかじゃ釣りあわないよ。僕と付き合うくらいなら、虹石を広めたパンダとか、もっと人気者の方がいいんだよ。……そうだ、僕はどうしてもパンダと比べてしまう、席が近いから、いつも隣で楽しそうだから、余計に自分の暗さが見えて、どうしても莉奈と一緒に居続けるなんて考えられなくなる。だってそうだろ? 僕なんかといるよりも、パンダのようないつでも楽しそうな人と付き合うほうが、絶対莉奈は幸せじゃないか」
思うことを全て言い切ったような気がする。電話の向こうでは武はどう思ってるんだろう、もしかすると殴りたくなるくらいにムカついてるかもしれない。
「……あのさ、お前はつりあわないと言うが、だからどうしたんだ?」
「何を言ってるんだよ、つりあわないのは大問題じゃないか」
予想外にも、武の声は怒ってもいない。どちらかというと、呆れている。
「何が大問題だ、お前は莉奈が好きで、莉奈もお前が好き。互いに惹かれあってるんだろ? 莉奈がいつパンダのことが好きとか言ったんだよ。比べる意味がわからねえ」
「でも――」
「あーもういい、黙れ。お前は悩んでるみたいだが、ただ逃げてるだけじゃねえの? 確実にいつまでも一緒にいたいから幼馴染のままでいようとしてんじゃねえのかよ」
そんなことはない、僕は本当に悩んでるんだ。そう言い返したかったけど、声が出てこない。だって、武の言うとおりかもしれないから……。本当に悩んでるつもりだったけど、僕はただ逃げていただけなのか? でも……
「いいか、今まで通り、幼馴染という流れに身を任せるのは楽だ。だがな、流れを変えるのは難しい。莉奈はもうお前に告白して、流れを変えるきっかけを作っただろ。ならもう、流れを変えるのかどうかはお前に掛かってるんだよ。もう俺は知らねえよ? 自分で決めろ」
気持ちを押し付けるわけでもなく自分で決めろという武。一瞬突き放されたと思ったけど、それは単なる被害妄想だ。こういうものの結論は自分で決めないといけない。
「……わかったよ。ありがとう、もう少し考える」
「おぅ」
感謝の念をこめて礼を言い、電話を切って、枕に顔を埋める。流れ、か。どうせなら流されていたい。だって、その方が確実だし、楽だ。でも、それでいいのか? 流されるまま、自分で動かないで、僕はそれで満足なのか? いや、本当は莉奈と付き合いたいのではないのか、もっと自分に自信を持ってみてもいいのではないのか、だって、僕が莉奈を好きなだけじゃない、莉奈だって僕を好きになってるんだから。莉奈の気持ちはハッキリと聞いたじゃないか。思い込みだなんて言ったら失礼だ。
なんの努力もしないで、莉奈の勇気も棒に振って後悔するくらいなら、今がチャンスだ、流れを変えよう。
……と思ったけど、本当にそれでいいのか僕。わからない、自分の気持ちがわからないよ。どうしたいんだよ、本当に流れを変えたいのか? それはただ、武に言われてその気になってるだけじゃないのか? だったら、この答えの出し方は間違っているんじゃないのか?
変わりたい、変わりたいよ。もっとしっかりとした人間になりたい。そしてそのためには自分で決めなければいけない。流れをどうするのか。
落ち着け、純粋に考えるんだ。流れを作る、それはつまり幼馴染という関係を変えて、恋人という関係を作り出すことだ。僕はどうしたいんだ? ずっと一緒にいるだけでいいのか、本当にそうか? 莉奈に彼氏ができる姿を隣でただ見ているだけでいいのか?
それは嫌だ。
もし莉奈に彼氏ができたとして、その後、一体僕はどれだけ莉奈と一緒にいられるんだ? あまりいられないだろう、それは嫌じゃないか。幼馴染よりも恋人の方が良いに決まっているじゃないか。
なんだよ、簡単に答えが出た。自分で答えを出すことができたじゃないか。あとは莉奈に言うだけ、ただそれだけ……なのに酷くしんどい。不安でたまらない。頭を抱えて暴れたい衝動に駆られる。こんなの初めてだ。それもそのはず、僕は今まで流れにあわせ続けて生きていたんだから。
それも明日で変わる、いや変える。夏祭り後半である明日の晩、あの丘に莉奈に来てもらおう。
***
「すー、はー、すー、はー」
8月3日、現在午後7時半。そろそろ莉奈が来る頃だ。僕は朝、ケータイで莉奈に連絡をとり、夜の7時半頃に丘に来てくれと伝えた。緊張のあまり早く来すぎたので、落ち着くためにしきりに深呼吸をしている。
今日も花火が打ちあがるから、丘には人がいる。祭の最終日だということもあって、昨日よりも少し人数が増えている。
ふと木がたくさん生い茂っている方を見ると、莉奈が歩いてきている。が、僕に気づくと走りよってきた。莉奈の首には昨日のペンダントが下がっている。日も暮れているから淡く光る虹石は美しく輝いている。
「……お、おはよ!」
「……うん、おはよう」
朝の挨拶をする莉奈に指摘することなく、僕も朝の挨拶で返す。余裕がないから挨拶の種類なんて気にできない。……よし、言おう。
「莉奈、昨日は考えさせてくれって言ったけど、実は僕も莉奈のことが好きだったんだ」
「え?」
少し驚いた顔で見る莉奈。鈍感だからやっぱり全く僕の気持ちには気づいてなかったらしい。
「でも、正直幼馴染のままでいたい、そう思ってたんだ」
ここで一息つく。緊張して息切れしそうなんだよ。あ、僕がゆっくり一息ついていたら、莉奈の顔がとても暗くなっている。違うんだ!
「違う、断りに来たんじゃないよ。ただ、宣言しておきたくて……聞いてくれる?」
コクン、と不安そうに頷く莉奈を見て、僕は続ける。
「幼馴染のままでいたかったけど、僕はもう流れに流されるのはやめる。流れを作っていくよ。だから莉奈、僕の方から言わせて。僕と付き合ってください」
頭を下げて目を瞑り、右手を出して握手を求める。先に告白されてるんだけど、不安だ。莉奈は僕の手をとってくれるんだろうか。
そんな不安は必要なかったようで、莉奈の手はすぐに僕の手を取ってくれた。頭を上げて目を開くと、嬉しそうな顔の莉奈が僕を見つめている。
「こちらこそ、お願いします」
握手を交わす僕と莉奈は顔を見合わせてほほ笑んだ。あ、莉奈がペンダントから出ている白い光に包まれている。もしかすると願い事が叶ったのかな。
幸せな気持ちでいっぱいになっていると、突然ケータイの着メロが鳴った。何かと思えば武からの電話だった。
電話に出ると、武の声はとても興奮していた。
「な、夏樹! 聞けよ、今、突然昨日拾った虹石が七色じゃなく白く輝いたんだ! しかも何か鬱陶しいことに俺の周りに纏わりついてくるんだ。それだけじゃないぜ、光が当たらないように布団の中にしまったってのに、中を覗き込んだら白く輝いてるんだよ! ちょっと見に来いよ!」
なんか、武の願いも叶ったらしいな。なんだろう、なんかもう、虹石を疑う気にもならなくなってきたよ。
「わかった。話したいこともあるし、今から莉奈と2人で行くよ」
「え……マジかよ、ハハッ、タイミングよかったみたいだな。よし、祝いだ! ジュースと食いもん用意して待ってるから早く来いよな! 根掘り葉掘り聞くから覚悟しろよ」
武は今の言葉で察したようで、さっきよりも嬉しそうな声で話した。ケータイを切り、莉奈に話して武の家へ向かい始める。
歩くのに手を繋いで、幼馴染との違いを感じる。
ん? 食いもんの用意って、まさか武の手作り? か、帰ろうかな……。そう思って莉奈の方を見ると、とっても幸せそう。それは武が相談に乗ってくれたからでもあるしなぁ。ま、いっか。何も知らない莉奈には悪いけど、時には武の料理を食べるのも悪くない。
案の定、武の家に行って、出てきたものはオレンジジュースと丸い炭と四角の炭と三角の炭。ご丁寧にも形が違うけど、何を作ったのかはわからない。でも結局飲み食いよりも話優先だったから食べずにすんだ。
白く輝くという武の虹石は、僕と莉奈が到着する前に消えてしまったらしい。莉奈のペンダントの虹石も、しばらくしたら消えていた。まぁ、常にまとわりつかれてたら鬱陶しいしよかった、のかな。
僕と莉奈の話を聞きながら何故か武はメモを取っていたけど、一体何なんだろう?
「ハハッ、よかったじゃねえか。ま、流れを変えるべく踏み出した2人の勝利だな。それに俺もいいネタもらって……おっと、いい話聞かせてもらったぜ」
武が二カッと笑って僕と莉奈もつられて笑う。武の部屋は僕たちの幸せオーラに包まれた。
***
4月。進級して、今日から僕と莉奈は一緒のクラスになった。そして武も一緒だ。
流れ星は最近ではもう落ちてこない。そりゃ、宇宙の爆発で飛んでくる虹石だって無限にあるわけじゃないだろうしね。流行りも消え去りつつあり、お守りとして常に持ち歩く人もいなくなってきた。莉奈はいまだに去年の夏祭りで買ったペンダントを持ち歩いてるけどね。普通に首から下げていたら眩しくて迷惑だから、制服のポケットの中に入れているらしい。
新たなクラスに変わってもいつも通り、僕は自分の席で本を読む。ただ、今日から新たに読み始めるんだ。最近買ったばかりの本、タイトルに惹かれてね。作者名は天武冬。なんか、武のフルネームをちょっと変えたような名前だね。
まぁいい、とにかく読もう。そう思い、表紙を開く。すると、作者の顔写真と作者紹介があった。……武だ。
「夏樹、おはよっ」
莉奈が明るく声を掛けてくるけど、衝撃で固まっている僕には反応が出来ない。
バンッと突然背中に衝撃が起こり、顔から机に突っ伏す。
「夏樹、愛しい彼女が挨拶してんだから返事くらいしろよな」
「あ、武。おはよっ」
「オゥ、おはよ」
背中を叩いたのは武らしい。背中もだけど、ぶつけた額が痛い。顔を上げて文句を言おうとするが、武の驚いた声で遮られる。
「お、次はその本読むの? お目が高いねえ、まさか自分が主人公の本を読むなんてな」
「はぁ!?」
冗談だろう、そう思いながら武の方を見るが、全然嘘って空気がない。つまり本当なのか?
「莉奈も出てるぜ、つーかその話ノンフィクションだからな。去年の夏祭りのこと書いてあるんだ」
嘘だろう? そんなの、せめて許可をとるべきじゃないのか!? しかも夏祭りって、莉奈と付き合い始めたときじゃないか。
「プライバシーの侵害だ!」
「堅いこと気にすんなって、な、莉奈?」
「え……あ、うん? そうだね」
いや、莉奈は明らかに話についてきてないじゃないか。
「武、どういうことか説明してもらおうか」
怒って問い詰めるが、武は悪びれもなく笑うだけ。
武のデビュー作、「流」は 業界を騒がせたらしい。さすが何でもできる武だ。でも、こんなオチって有りなのか?