回想(二)・セレモニー
私はあの後直ぐに家に帰り、夕食を取ってから、いつもより早く眠りについた。
翌朝、目を覚ましたら、姉崎幽と山口紗理奈から何通かメールが来ていたので、それに返信をした。内容はどれも、試合の事についてだった。
現在、午後二時。
そして今、私はアミノバイタルフィールドの控え室にいる。白ベースのショルダージャージを防具に着せながら、気持ちを高める。
あと、二時間半……。
前評判では相手チームのブラックレジスタンスが優位と言われている。しかし、ここまで全勝で来ている私達には、その勢いがある。絶対にこの試合は落とせない。
「スギ、何だか硬直してるぞ」
後ろから誰かが私に乗っかってきた。意外と重い。こんな事をするのは、私と同期の奴に違いない。
「いやいや、重いって……。確かに硬直してるかもしれないが……」
「頼むよ。とりあえず、ある程度は守ってやるからさ、思いっ切り投げろよ」
「ある程度って……。そこはあえて『完璧に守ってやるからさ』って言ってよ」
彼はオフェンシブラインの一人、ディフェンスのラッシュから私、クォーターバックを守ったり――
「ちゃんと、ブロックしてくれよ」
主将、ランニングバックが走るルートを作る役割を持つ。
「アハハ……、善処します」
彼等が弱かったら、その試合でかなり不利になる。ランもパスも上手くいかなくなる。オフェンスの核が、このオフェンシブラインである。
試合に向けてくだらない話で私達は盛り上がった。
「ハドル!」
主将の一声で、部員全員が控え室の中央に集まった。
「さあ、俺達はここまでやって来た。はっきり言って、逃げたしたいって思った奴はいるだろうけど、今、俺達はここにいる。勝てる準備はしてきたよな!」
「おう!」
主将の言葉に皆が答える。
「絶対勝つ。そして、優勝だ! 行くぞ!」
「おう!」
一層デカい声を上げて、私達は士気を鼓舞する。気合いの入りきった私達はそのままフィールドへ駆けていく。
観客席は超満員、って訳では無かったが、七割は埋まっていた。今は前の試合が行われていて、スコアは二十一対二十、アウェイのチームが負けているが、ゴール前二ヤードの位置まで攻め込んでいる。
残り一秒、ここでアウェイのチームはフィールドゴールを狙いに行く。Hの形をしたポールがあるが、ボールを蹴って、横棒より上、縦棒の間を通せば三点獲得、つまり大逆転勝利。
私達も固唾を呑んで見守る。観客席が一瞬、静かになる。
ボールがスナップされ、ホルダー、ボールを抑える人に渡った。ホルダーが地面にボールを立てる。
あとはキッカーが蹴るだけ。
しかし、ここで思わぬ事が起きた。守備側のラッシュが中央から漏れてきた。後ろを気にせず、全員でラッシュ、最後列の選手もブリッツ、突撃していったのだ。
このままだと、ブロックされて終わる。
万事休す……。
これまでかな、私も含め、全ての人が思っただろう。
ここで、ホルダーが思わぬ行動を取る。立てたボールを自分で持ち、エンドゾーンに向かって走り出した。
中央から来るラッシュを外へ逃げてかわす。しかし、一番外側の選手がホルダーにタックルを仕掛ける。
スナップしたため、エンドゾーンまでまだ少し距離がある。しかし、ホルダーはまだ倒れない。
そこに、全ての選手が集まる。味方はブロックするため、敵はホルダーを潰すため。
そして、歓声が聞こえてきた。審判は両手を高く上げた。
タッチダウン、ホルダーはエンドゾーンに入ったのだ。これによって、六点獲得。
歓声は勿論アウェイの選手達、残り時間はゼロ。最終スコアは二十六対二十一。アニメのような大逆転勝利だ。初めから意図していたのか分からないが、ホルダーの好判断で、勝利を手にしたアウェイの選手達はお祭り騒ぎ。
「勝負の世界って、恐ろしいっすね」
後輩の坂口隼人が話しかけてきた。
「最も、俺だったら絶対に阻止できましたけどね」
自信満々に話す坂口隼人のポジションはフリーセーフティ、ディフェンシブバックの中でも最後列にいる選手、言うなれば、チームの守護神。彼で止められなかったら、タッチダウンは避けられない。
「そう言ってくれないとな。一応、俺の後を継いでそのポジションになったんだから」
「そっすね」
私は大学に入ったばかりの一年間だけ、フリーセーフティを努めていた。チームの状況や経験を考えて、二年の春、クォーターバックに転向。その年に入ってきたのが、坂口隼人。
アメリカンフットボール未経験だったが、ラグビーをしていたらしく、直ぐにアメリカンフットボールの技術を会得していった。そして、その年にレギュラーとして活躍した。
「とりあえず、完封するんで、じゃんじゃん得点取っちゃって下さい」
「オーケー」
私は荷物をベンチに置き、コーチを相手に軽くキャッチボールを始めた。今日の調子は悪くなさそうで、いいボールが投げれていた。
現在四時――。
私はランニングバックとハンドオフ、ボールを渡す事を合わせたり、レシーバーにパスを投げたりした。良い感じに決まっている気がした。
四時二十五分――。
主将と部の幹部達がフィールド中央に集まり、最初にキックオフするか、レシーブするかを決めるセレモニーが行われていた。
私達はチームエリアに横一列に並び、それを見守る。
主将の肩を審判が叩いた。私達が選択権を得た。おそらく、最初に攻撃できるレシーブを選択するだろう。
「神奈川外国語大学、レシーブ!」
審判がそう告げると、お互いの主将達がそれぞれのチームエリアに戻る。
「さあ、いこうぜー!」
主将の掛け声と同時に全員が一つに集まる。
「絶対勝つぞー!」
「おう!」
「勝つぞー!」
「おう!」
「負けるわけがねえー!」
「おう!」
一瞬の静寂……。全員が右手を上げ、人差し指を立てる。
「ワン、ツー、スリー!」
「ブルーサンダース!」
そして、試合が始まる。