続々・回想(一)
この日はオフェンス、ディフェンス、キックチームの確認を一通り行った。その後、私は部室前で姉崎幽に声を掛けられた。
「昨日さ、紗理奈ちゃん、いつまでも泣いてたんだが、今日はいつもと違って元気になってたぜ。ありがと」
「それほどでもないよ。最も、俺が原因だしね」
私と姉崎幽で世間話をしていると……。
「姉崎さん、もうすぐアイシング終了ですよ。あっ、杉山先輩こんにちは」
山口紗理奈がやって来た。前日とは全然違う印象を私は受けた。前日はおどおどして、まるで小動物、具体的には何かに追われているシマリスみたいな存在だったが、この日は何だろうか、小動物じゃ表現できない。おそらく、これが本来の山口紗理奈なのだろう。
「なあ、明日のスギの試合って、どこでやるんだ?」
姉崎幽は訪ねた。
「明日は飛田給にあるアミノバイタルフィールドでやるよ」
「飛田給? それって、どこ?」
「そうだね……、とりあえず、川崎まで出たら、南武線で分倍河原まで行って、そこで京王線に乗り換え。新宿方面に何駅か行けば着くよ」
私は姉崎幽を見てみた。実際には見えないが、頭の上にいくつかのクエスチョンマークが浮かんでいる気がする。
「私、知ってますよ。味の素スタジアムの近くですよね?」
山口紗理奈が割り込む。
「そうそう。その付近にあるよ。飛田給から真っ直ぐ行ったら味の素スタジアムがあるけど、そこで右に歩いていけば着くよ」
「ですよね」
私が言いたいことは、どうやら山口紗理奈には分かったらしい。
「ちょっと待った。明日試合見に行きたいのだが、紗理奈ちゃん、明日教えてくれない?」
未だにチンプンカンプンな姉崎幽は必死になって山口紗理奈に頼み込んだ。
「いいですけど、姉崎さん、部活は……?」
「平気平気。スギの試合は確か、四時半からだよな?」
いきなり私に振られた。
いきなりか……。姉崎幽らしいと言えばらしいけど……。
「だよな?」
「とりあえず、そうだよ」
私がそう言うと、姉崎幽は山口紗理奈の方に向き直した。
「だそうだ。部活は心配いらない。終わってから行けば間に合うはずさ」
「ですね」
姉崎幽と山口紗理奈は笑みを浮かべた。私は二人の笑みがやや違う意味がある、そんな気がした。
山口紗理奈のは、おそらく素直に部活の心配はいらないって事で笑みを浮かべた、至って自然な事だと思う。
だが、姉崎幽だ。何かを企んでいる。何を考えているかは分からないが、そんな気がしてならない。
「姉崎、試合見に行くならチケットが要るから、渡しておくよ、山口さんと二人分。ちょっと待ってて」
私はアメリカンフットボール部の部室に入った。
適当に部室内を探していると、直ぐにチケットは見つかった。普通に買ったら、一枚千二百円。意外とかかる。だが、部の誰かを経由すると、タダで貰える仕組みになっている。
私はそのチケットを二枚、手に持ち、外に出た。
「はい、チケット。明日行くなら絶対持ってきて。さもないと、入り口で千二百円払って買うハメになるから」
「サンキュー、スギ。明日絶対勝てよ」
「まあ、頑張ってみるよ」
「色んな意味でな……」
姉崎幽は意味深な言葉を呟き、立ち去った。
「杉山先輩、明日――――、頑張って下さい」
一瞬の間が気になったが、山口紗理奈も励ましの言葉をかけて、姉崎幽について行った。