続・回想(一)
家に帰ると、私は布団の上に転がった。一人暮らしも早くも三年が経つが、この敷き布団は全くもって変わることはなかった。今では私のお気に入りである。
早速、携帯電話の画面を見る。何通かメールが届いていた。そのうちのほとんどがどこかのメールマガジン、略してメルマガだった。
重要なのはこの一通、姉崎幽からのメールだ。内容としては、山口紗理奈のメールアドレスと電話番号を私に教えたって事を彼女に伝えたことが書いてあるメールだ。これで、心置きなくメールや電話が出来る。
「こんばんは。杉山健二です。今日は山口さんを傷つけてしまってごめんなさい。心配なのでメールしました。気が向いたらでいいので、返信してもらえると嬉しいです」
本文にそう入れると、私は宛先を確認して、送信した。
メールが帰ってくるまでの間、私は翌週にある講義の予習をする事にした。やることと言えば、TOEIC対策、就職に関してかなり重要なものだと言える。特に、外資系企業への就職を目指す私にとっては。
現在のスコアは七百三十五で、内定を取れる可能性がある企業も無くはない。だが、最近の不況を考えると、企業はより良い人材を取りたいと考えるはずだ。
もっとやらなければならない。
シャープペンシルに芯を入れ、いざ始めようと思った矢先、ポケットが震えだした。
メールが返ってきたのだろう。
私はすぐに携帯電話を開いた。
「こんばんは。姉崎さんから話を聞きました。あの時は馬鹿と言ってすみません。でも、やっぱり私のこと覚えてないでしょうか?」
私はすかさず、メールを打った。
「気にしないで。あと、質問に答える前にこれだけは話しておきたい。姉崎にしか話してないこと何だけどさ。誰にも言わない約束できる?」
「はい。大丈夫ですよ。それが私を覚えているかと関係があるんですか?」
「まあね。実は、高一の夏までしか記憶が無いんだ。おそらくだけど、山口さんとは中学で知り合ったんだよね?」
ここでいきなりメールが途切れた。時間は夜中の一時。山口紗理奈は寝てしまったのだろうか、はたまたメールの内容に驚愕しているのだろうか、とにかくその後メールが帰ってくることは無かった。
翌朝、バイブレーションによって私は目を覚ました。メールが返ってきたようだ。寝ぼけながらも、その内容を確認する。
「昨日は途中で眠ってしまってすみません。杉山先輩、記憶が無いのですね。でも、どうして無くなったのですか? よかったら教えて下さい」
「おはよう。申し訳ないが俺にも分からないんだ。気が付いたら病院にいたんだ」
「病院ですか? でしたら、交通事故か何かで怪我をして記憶を無くした可能性がありますね」
「そうかもね。でも、あんまり興味が無いんだよ、過去にはね。今が大切だと俺は思うよ」
私はそれだけを打って、この日の準備を始めた。部活があるとはいえ、試合前日なので、激しくはやらず、確認程度をするだけだろう。手際良く準備を終わらせると、再びメールが届いていた。
「過去に興味がないなんて言わない下さい。私、辛いです……」
メールの文面から、山口紗理奈は落ち込んでいると予想した。
過去に何が……?
返信しようとすると、再びメールが送られてきた。送信元は山口紗理奈。
「私、中学二年の時からずっと、杉山先輩のこと、好きです。その気持ちは今も変わってません」
突然の告白、私は記憶が無い時期は知らないが、今知っている限りでは、告白された事は過去無かった。どうすればいいか、分からない。アメリカンフットボールだったらどうすればいいか、大体見当はつく。こんなスペシャルプレー、対応に困る。
ここで私はある選択をした。
「ありがとう。本当に嬉しい。でもさ、少しだけ時間をくれないか? 出来るだけ早く答えを出すよ」
私の選択、それは期限の延長。曖昧な答えを今出すぐらいなら、まともな答えを後から出した方がいい、そう思った。
「分かりました。じゃあ、部活頑張って下さい」
「ありがとう」
私は時間を確認すると、二日前に残していた夕食と、冷凍庫に入れておいた冷や飯を電子レンジで温めて食べた。
さて、どうするかな?
色んな想いを乗せて、私はこの日の部活へ向かった。