死の生命 11
おそらくは思いつく所までは出てきたであろうその案。しかしそれは、大抵目の前の状況に於いて現実的ではないだろうと切り捨てられる。
だが、今ここでそれを言うということは何か達成させられる筋道があるのではないかと、二人はしっかり耳を傾ける。
「……あの力の塊の様な奴を一気に閉じ込める、君には出来るのか?」
「全力を出しても怪しい……と思います。でも、俺の長時詠唱ならそれだけの力を引き出せるはずです」
「そうか、それがあったか」
長時詠唱。
発動を決定したその瞬間から、術者の全ての動作が詠唱と認識され、それを長時間続ける程に発動する魔法の威力、効果が増大。最終的には使用者の全力以上の力を発揮できるようになるという特殊な詠唱である。
しかし強力な分デメリットも存在する。
1:詠唱中、使用者はダメージを受けてはならない
2:発動が中断されると、1からやり直し
3:強力な魔法を放てるとはいえ、その強さは使用者の力量に依存する
5を10倍にすると50になるが、1を10倍にしても10にしかならない。
一度もその過程を外してはならない上に、僅かな隙間を開けてしまうようなダメージを受けてしまうと、長い詠唱が最初から始めることになってしまう。
まさしく、自分を守ってくれる信頼できる味方がいる者か、自らの力でその発動を保つ事が出来る者が上手く使う事ができる上級者向けの詠唱である。
「ここでそれくらいの土魔法を使えるのは、おそらく俺か……エヴァンさんくらいですよね」
「まあね。ただ僕の土魔法はそういうのには向いていない。ラント君が適任だろう」
「ドワーフ達は……負傷している上に殆どが怪我人の運び出しに専念しているか」
「だから、俺がやるしかない。俺が奴を土の棺桶に閉じ込めて、二度と息もできないように封じ込めてやります」
勇気を振り絞ったラントの眼には、確固たる意志と決意が宝石のように輝いていた。
今まで鍛えに鍛えに己を高めてきた過去から来る自信が表情に表れている。
だが、意見を述べる前のように不安が無いわけではない。自信がより強く引き出されているだけで、負の感情は未だラントの心を蝕んでいる。何かのキッカケでその均衡は崩れてもおかしくない。
敗北の可能性ばかり考えていてもこの状況は決して好転しないだろう。ならば今は可能性に賭けようと、エヴァンは縦に頭を振った。
「わかった。エミル、僕達がラント君のサポートをするってことでいいかな?」
「ええ、それでいきましょう。使える策はとにかく使うべきだ」
「あたしもそうするわ。いいよね、お兄ちゃん」
「ああ、無理はしないでねアリシア」
無駄な議論をしている暇はない。やれることはさっさと試すしかない。
三人はその意思を固め、それぞれにナイフと剣、弓を構えた。
「こういう時、彼がいてくれればな……」
ぼそっとエヴァンが寂しげに呟いた、かすかな希望を想うような一言。
自分が知るもっとも土魔法に長けた男であり、最大のライバルであり、戦友、アレクシスがいればもっとこのアイデアはスムーズに進んだのだろうかと、今しても仕方ないもしもを考える。
だが今はそんなことを思い描いても仕方ないと気持ちを切り替えたその時、B.O.A.H.E.S.にさらなる変化が訪れた。
「まだ眼が……次は何が来る?」
次第に短くなっていく攻撃の間隔。止まぬキメラや肉塊達の侵攻はリリィとバーンズ達が塞き止めてくれているものの、何のきっかけでその堤防が崩れるかもわからない。
それでも容赦なくB.O.A.H.E.S.の行動は続いていく。その蠢き変化し続ける肉塊の前面に、再び無数の眼球が作り出され、それぞれがバラバラな方向を向いていく。
普段の定石ならば、露わになった眼を突くことこそが大きなダメージを与える一歩になるが、この生物にそんな常識はまず通用しない。そのようなことをしても体力の無駄だろうと判断し、その場にいる者達は全員、観察に徹した。
そして、何十個も数え切れない程に作り出された瞳は、一斉にアルフヘイムの世界樹へと視線を合わせた。
「まずい! 本格的に街への攻撃を始める気だ!」
この巨大生物はフェイントのような相手の心を試すことはまず行わない。予備動作を見せ、皆がすぐに思いつくであろうその後の行動を本当にやってみせる。
あまりにも強大な力が故に、単純だとしても止めることがあまりにも難しい。
その脅威は、まるで殺害予告のようにジリジリと迫ってくる。
「僕が対処しよう。エミルはラント君を頼む」
一度三人の側を離れ、眼球覗く視線、その真下へと走り出し、二本のナイフを放り投げる。
ナイフはそれぞれの先端を一定の間隔を開けて向き合い、紅く輝きながら円を描くように回転する。
回転は加速し風を起こし始め、B.O.A.H.E.S.の視界を邪魔するように巨大な炎の竜巻を作り出した。
「灼熱飲み込め荒ぶる暴風。その眼に飛び込む者……くっ!」
威力と規模をさらに拡げるために詠唱を重ねようとしたその時、地面に突き刺さったままオブジェのように動かなくなっていた肉の槍が、一斉に個を確立し独りでに動き始めた。
かろうじて人の形と認識できるような歪な形。鷹のような鋭利な爪を生やした個体が二体、エヴァンへと襲いかかった。
「なんでもありにも程があるでしょ……はぁっ!」
素手の状態で拳を叩き込みながら、手のひらから内側に炎を伝えて焼き尽くすエヴァン。
武器が無くとも戦えなくは無いが、現状では少々心もとないと少しだけ困った顔を作り出す。
「エヴァン!! 待っててくれ、今」
「大丈夫! 僕には構わず、ラント君の護衛に集中して!」
それぞれに分担された役割を簡単に崩すわけにもいかない。ただでさえ余裕は少なくなってきている上でもしそうなれば、再び立て直す時間が与えられるかもわからない。
肉槍が兵隊と化し、詠唱に集中するラントにさらなる危険が及ぶのは想像に難くない。ならば今の配置を継続した方が間違いないと、エヴァンは一人で戦うことを叫び、ラントはそれに応え、実行することにした。
「⬛アア⬛⬛ああa⬛⬛⬛ああアアあaaaああ⬛⬛」
禍々しい鳴き声が、地平線の彼方まで届くように響き渡る。その音圧は鼓膜を潰されてしまいそうな程に大きい。
直後、全身から無数の生物の腕を生やし、自らを砲台のように地面に固定する。
そして、眼の前で渦巻く炎の竜巻など物ともせず、B.O.A.H.E.S.は無数の肉塊を世界樹の方向へと矢の雨のように放ち始めた。
「まずい、威力が足りない!」
吹き荒れる風は肉塊を塞き止め中心へと巻き込み、炎熱によって焼き尽くす。
しかしその放たれる数が尋常ではなく、一発の竜巻では全て巻き取れない程の物量をいとも簡単に放たれてしまった。
「みんな気をつけろ! 何かがこっちに飛んでくる!」
「何あれ……赤い何か……」
何十発もの肉塊が、避難した人々の方へ飛来する。
命中すれば重傷は免れず、さらに肉塊は形を変えて人々を襲い始めるだろう。
悪化する状況が焦りを生み、さらなる悪循環を生み出し始める。
エヴァンは歯を食いしばり、この状況を早く何とかしなければと考えた次の瞬間、放たれた無数の肉塊が突如、一斉に空中で静止した。
「な、なんだ一体!」
「おい見ろあれ! 飛んできた肉が凍ってるぞ!」
まるで時が止まったかのように留まった肉塊。刹那、僅かな柔らかさを持ったそれは一瞬にして周囲に冷気を放ちながら凍結。その後木っ端微塵に爆発し消滅した。
「何が起きた…………!?」
遠く離れた位置の突如起きた現象に驚くエヴァン。
鳴き声があったとはいえ、門の外だけで済んでいた攻撃が突然やってきたことに対する的確な対処。
無数の肉塊を同時に処理するその正確さ。それだけの事が出来る人物が残っていたことに驚きを隠せなかった。
エミルやリリィの率いる騎士団にそれを成せる実力者がいるのか、それとも……そこまでの疑問が浮かんだところで、エヴァンの一つの閃きが割り込んだ。
「そうか、凍結か…………!」




