死の生命 8
「さて、僕達もそろそろ動くとしよう。あれをどうにかしなくちゃね」
「……ねえ待って、なんだか様子が変」
騎士団がキメラの殲滅へと乗り出したその時、エヴァンの一撃によって動きを止めていたB.O.A.H.E.S.に異変が見られた。
炭化した一部分がぽろぽろと剥がれていき、見るだけでもじゅくじゅくと生々しい音が聞こえてきそうな挙動で肉が目まぐるしいスピードで増殖し、ぽっかりと開いていた風穴が瞬く間に閉じ始めていた。
「嘘だろ……あんなの喰らっても平気なのかよ」
本来なら消滅してもおかしくないような一撃を喰らっても、再び動こうとしている姿に驚くラント。
だがそれも、エヴァンにはある程度織り込み済みな様子だった。
「そんな気はしていたよ。エルフィの言う通りなら、あれはもう何百何千と途方も無い時を生きてる。おそらくは不老不死に近い存在なのかもしれない。簡単に殺せるなら、もうとっくにやってるはずだしね」
「エヴァンさん、俺達はどうすれば」
今この状況では下手に自分からは動かず、戦いに精通しているであろうエヴァンの指示をおとなしく仰ごうと判断し、その意見を問うラント。
エヴァンは未だ焦る様子も無く、冷静に肉塊が蠢く姿を見つめていた。
「正直なところ、僕にも正解はわからない。こんなとんでもないモンスターと戦うのは初めてだからね。けど、それでも今できることはあるよ」
未知数の危険や先の見えぬ状況を感じつつも、今できることを打開策への筋道として考えるエヴァン。
開いた右手をゆっくりと天へ伸ばし、B.O.A.H.E.S.が揺れ動く方向に、遠くにいる友を呼ぶように叫んだ。
「戻ってこい!!」
何かの合図か、その一斉が戦場に響く。
直後、エヴァンの魔法によって放たれた真赤に輝く剣が、焔を纏い空気すら斬り裂くような速さで言葉通り戻ってきた。
その刃は再びB.O.A.H.E.S.の再生途中の身体を焼き貫き、正面から見ればまるでUの字の形に抉れていった。
そして、剣は持ち主の元へと戻り、本来の姿である二本のナイフへと形を取り戻した。
しかしその不意打ちともなったはずの一撃を喰らっても、巨大な肉塊は再び再生を開始した。
「……これは相当骨が折れそうだね」
耐久力や与えられダメージの程を確認する為に全力には程遠い炎魔法を放ったとはいえ、それでもまるで意に介さないと言っているような速度の回復に、思わず小さく頬を引き攣らせながら冷や汗をかいた。
その直後、最前線にて剣を振るい続けていたエミルが、協力を申し出る為にエヴァン達の元へと訪れた。
「貴方がエヴァン=ハワードさんですね。初めまして、私はネフライト騎士団副団長、エミル=ヴィダールと申します。兼ねてからエヴァンさんの、神伐隊の話は耳にしています。こうして対面することができて光栄です」
リスペクトすべき実力を持つ相手への初対面、礼儀として丁寧な挨拶を向け、胸に手を当てるエミル。
それに応えるように、エヴァンもしっかりと眼の前の騎士の眼を見て聞き入れた。
「ええ。こちらこそ、貴方の炎剣の話は聞いてます。なんでも、一振りで百の怪物を薙ぎ払ったとか」
「あはは、ありがとうございます」
出合い頭、まるでビジネストークのごとく互いを褒め称え合う。
こんな状況でそんなことを交わす余裕があるのかと戸惑う周囲。そして、その間にもB.O.A.H.E.S.のおぞましいへんかを見せながらの再生は進んでいく。
その隙を突くかの如く、一体の一際巨大な大木に肉塊が寄生したようなキメラが奇っ怪な暴声を上げながら走り迫る。
「さて、ここでこれ以上無駄話をするのもアレですから」
「そうですね。続きは是非とも」
優しい口調が飛び交う二人の間の平和さを感じさせるような淡い黄色のような空間。
しかしその空気は、閃光のように一瞬にして消え去り、名刀の如く鋭い殺気へと生まれ変わった。
刹那、予備動作すら見えない程の速度で引き抜かれたエミルの剣から、赤く輝くエヴァンのナイフから大地を抉り空を裂くような炎の衝撃波が放たれた。
二人へと襲いかかろうとしたキメラを真っ二つに焼き斬り、再び動き出さんとするB.O.A.H.E.S.へと貫くような視線を刺した。
「この戦いが終わった後にしようか!」
「そうしましょう! この場に集いし勇敢なる皆様! 私達騎士団がキメラ達の進行を食い止めます! 奴等の露払いは私達に任せ、自らの魔法に絶対の自信がある者は、あのボアヘスと呼ばれるモンスターへの攻撃に集中するんだ!」
「必ず打開策はある! すぐに再生しても動きを止めることはできる! 僕達の力をひたすらぶつけるんだ!! ラント、君の力を信用してるよ。アリシア、後方からの支援を頼む」
突出した実力、カリスマを持つ二人が、騎士団以外の導き、力を合わせて立ち向かう。
二人が何者か知っている者も、詳しくは知らずともその凄みによって惹きつけられる者も全員が一丸となって、この二人ならば信じられるとその力を任せることにした。
「さあ闘うぞ! それぞれの理由の為に!」
* * *
リリィ率いるネフライト騎士団、エヴァンエミル率いるアルフヘイムの戦士達。
その全力を尽くした戦いの傍ら、自らの力で動くことも出来ない程に身体を擦り減らした大我は、エルフィと、避難しないまま残ったティアと共に外の喧騒とは対照的な静けさで、戦いが終わるその時を待ち続けていた。
「なあ、二人は逃げなくていいのか」
「何いってんだよ。ティアはともかく、俺はお前のことをサポートするためにいるんだからさ」
「動けない怪我人を置いて逃げるなんてできるわけないじゃないですか。見捨てるのと同じですよ」
「……ほんと、底抜けに優しいな」
「エルフィと二人だけであんなとこにいく人に言われたくないですね。パパとママも残ってますから、いざとなったらベッドごと連れ出しますよ。もちろんエルフィにも協力してもらうけど」
「おうよ。任せとけ」
二人の、そして家族の優しさが傷だらけの身体に深く染み入る。
動く範囲の少ない頭を動かし、視界に入る窓の外を眺めながら、大我はポツリとつぶやいた。
「…………俺、なんで今戦えないんだろな」




