死の生命 3
それまで制御装置らしき何かを吐き出し続けていたB.O.A.H.E.S.の動作が、まるで時間が止まったように数分間停止し続けていた。
生命力の塊とも言えるあの奇っ怪な生物が突然死したという可能性は間違いなくあり得ない。
その場にいる調査団全員が注視し始めたその時、B.O.A.H.E.S.は突然空へと突き抜けるような叫び声を上げ始めた。
「ア⬛⬛aア⬛アa⬛アアa⬛⬛⬛aアaa⬛⬛⬛⬛⬛アア⬛⬛ア」
サイレンの如く鳴り響く、蛙のような、セミのような、フクロウのような、猿のような、人間の男女のような、犬のような、猫のような、イルカのような、ライオンのような、陸海空に存在する無数の生物の声が何もかも入り混じったような叫び声。
その場にいる者達は、潰されないようにと耳を塞ぐしかなかった。
「なんだよこの声……」
「気持ち悪い……なんなの一体」
一秒が五秒のようにも感じられる時間が続き、必要なのかわからない息継ぎも挟まないまま、B.O.A.H.E.S.は長い間ずっと叫び続けていた。
その場にいた者は直感的に理解した。この鳴き声が終わった瞬間、何かが始まるのではないかと。
そしてその予感は、まさしくB.O.A.H.E.S.の叫びが鳴り止んだ後で見事に的中する。
「止まった……おい皆、動き始めたぞ!」
前進も後退もせず、ただ震えるだけで移動する気配は見せていなかった肉塊。
しかしついに、それは地面に接着する面をずりずりと動かしながら、または身体の一部を生物の足や腕のように動かしながら、少しずつ進行を始めた。
静止していた時も全身に表していた変化はさらに激しさを増し、頭部、胴体、四肢、何かの生物の何れかの部位が無数に作り出されてはすぐに引っ込み、また新たに表出する。
それがこれまでよりも早いペースで回数を重ねており、これが所謂この生物にとっての呼吸か何かなのか、それともなんの意味もない行動なのか。ともかくその不快感を生み出す不気味でグロテスクな様相は、その場にいるものを慄かせるには充分な代物だった。
「進行方向は?」
「予測通り、壁に対して真っ直ぐ前進してる」
「よし、ならば仕掛けはうまく働きそうだな。私達は二人を残して撤退し報告に戻ろう」
「了解。危険だと判断したら即時撤退を忘れるな」
二人はB.O.A.H.E.S.の監視と足止めを、残りは現状とこの先予測される経過を報告するために。調査団の面々は、それぞれに予め割り振られた役割を全うする為、二手に分かれて一旦解散した。
アルフヘイムへと向かった者達の姿が見えなくなった頃、B.O.A.H.E.S.は周囲の木々を取り込み巻き込み吸収しながら、切り立った崖の方へと直進していった。
肉塊が通り過ぎた後には僅かな枯れ木や土程度しか残っておらず、ナメクジの足跡のように小さな蠢く肉片が取り残されていた。
猪の如く正面から崖に衝突し、小さく全身を震わせるB.O.A.H.E.S.。触手のように身体の一部を伸ばし、人間や猿のような手に変化させて登ろうとしていた。
「よし、今だ!」
その時、残った調査団が合図と共に、胸元にぶら下げた水晶を握りしめた。
それは予め、B.O.A.H.E.S.の予測される進行方向に仕掛けられた、炎魔法や土魔法等の多彩な攻撃手段が組み込まれた魔法具の起動スイッチ。
二人は、考えられる限りでは特に完璧なタイミングでそれを発動した。
怪物の這い上がらんとする何本もの手を排除するように、無数の岩槍がそれを抉るように貫いた。
「効いてるのか?」
「わからない。追い打ちをかけよう」
ダメージに対する悲鳴なのか、それともただの鳴き声なのか。いずれにせよ、その貫かれた手の形態を解いて肉塊に戻し、再び上がろうとするB.O.A.H.E.S.。
留まる様子がないのならば、仕掛けた残弾は使い切ろうと、二人は次の一手となる岩槍の爆破を発動した。
突き出した岩が次々と爆炎と共に根元から砕け、瓦礫となって肉塊に降り注ぐ。
それは崖の岩肌すら巻き込み、垂直だったそれがまるで抉られたような形となって、生き埋めにせんが如く次々と叩きつけていった。
無数の巨大な岩石は肉を潰し、ぶつかり合いながら裂くように奥へ奥へと沈み込んでいく。
その生物の表情や感情は一切感じ取れないが、さすがにこれは効いただろうと、生き埋めのような状態になったその光景を見て二人は確信した。
「あれ、もう終わっちまったのか」
そこにちょうど駆けつけたのは、ルシールを通して発されたやがて来る脅威をいち早く退けようと、我先にとやってきたエルフやドワーフ、人狼等の多種多様な種族が入り混じった十名ほどの若者だった。
男女それぞれ半々にやってきており、やや薄着ながら自慢の剣なナイフのような武器をカチカチと鳴らしながら、どれも血気盛んな様子を見せている。
「何をしている、ここは危険だぞ」
「固いこと言うなよ」
「あたし達だって、それなりに対抗できうる力は持ってるんだ。なら、先に叩き潰しておくほうがいいだろ?」
「何より、こいつで名声を上げられれば、俺達にこの先もっとクエストが舞い込んでくるかもしれねえんだ。こんなチャンス逃せるかよ」
思い思いの願望を口にしながら、それぞれに臨戦態勢を整えていた若者達。
崖の下で岩の下敷きになっている肉塊を覗き、残念がる者もいれば、まだ何かいるのではないかと期待を残すものもいた。
そんな中、一人のエルフの青年が、肉塊が乗りかかった岩を動かすような勢いで蠢いているのを目撃する。
「おい、こいつまだ生きてるぞ」
「なんだって……?」
その言葉に驚く調査団の二人。青年はここぞとばかりにさらなる追い打ちをかけようと両手を崖下へとかざし、得意の雷魔法を思いっきりぶつける準備を始めた。
「よっしゃ、こいつは俺が止めを刺してやるよ」
最後の追い打ちならばたいした警戒をする必要もないだろうと、青年は完全に油断しきった精神で、自分が出来うる最大の一撃を悠長にため構える。
しかしその判断がとても甘いものだと、青年含めた若者達が知るのは、その数秒後だった。
直後、B.O.A.H.E.S.は自分の身体にのしかかった岩を全身の筋肉を使って跳ね飛ばし、正確に青年へ向けて大砲のように放った。
「えっ」
一瞬の出来事と慢心から何が起きたかの反応が大きく遅れてしまった青年。
その頭部は最後の言葉を紡ぐことすらできず、いとも簡単に上半身を吹き飛ばした。




