しばしの休息を 3
一瞬焦りの顔を見せるエルフィ。この世界の仕組みや事実まで話してしまうのではないかと心配したが、それはわかっているというような大我の目配せを確認すると、エルフィはそれを信じ、すぐに感情の動揺を抑えた。
「あの時少しだけ話したっけ、両親や他のみんなの話」
「はい。確か、ここに来る前にみんな死んだって」
「……死んだというより、みんな殺されたんだ。抵抗もできず、一方的に」
"死んだ"と"殺された"では、そのニュアンスは大きく変わってくる。それを聞いた瞬間、しっかり耳を傾けていたティアの顔はさらに真剣味を増し、ぎゅっと手を握った。
「母さんや親父も、死んだ瞬間を見たわけじゃないけど、最後に見たのは二人の泣いてる姿だったんだ。その後俺は、ものすごく運良く生き残ったんだ」
「一体何が……」
「ティアは、人の形をした機械とか車輪の付いた機械とかは知ってるか?」
「えっと……オートマタのことですか? ネフライト騎士団の訓練をちょっと見学した時に見たような」
この場にいるティア以外の二人は、この世界の住人がそのオートマタのようなものだということを知っている。
その所在をティアのような現世界に生きる者に聞くのは、者によっては奇妙に感じるだろう。
「あとは……ドワーフの人達とか、外から来た人の中にごくたまにそんな感じのものがあったような」
「そう、そんな感じのやつ。みんなそいつらに一方的に殺されていったんだ」
ティアにはその内容が、聞いているだけではにわかに信じられなかった。
あまり馴染みのあるものではないが、そのような自動人形や機械の類は、人々が自由に暮らす中で生活の手助けをしてくれるような便利なもの。
用途こそ多岐に渡るが、それが人間を襲うとは到底思えない。話半分に聞いてしまいそうな切り出しだったが、大我の口から発されるそれは、どこか感覚的な信憑性があった。
「人の形した奴とか、虫みたいに動く奴とか、中にはむちゃくちゃにでかいのだったり空飛ぶやつもいたな。俺が住んでた場所は、ほぼ何の前触れも無くいきなりそいつらに焼き払われた。俺達を根絶しようと、逃げ惑う人々まで徹底的に殺していったんだ」
「酷い……!」
「背後から光線が飛んできて、知らない誰かが蒸発した。鉛弾を撃たれて蜂の巣にされたり、逃げる間で爆発に襲われかけたり、そしたら一緒に逃げてた人が吹き飛んだり。そんな戦場みたいになった場所から両親と一緒に逃げて、隠れられるかもしれない場所まで逃げ遂せた。けど、それもいつまで持つかわからない。母さんと親父は俺に指輪を渡して、自分を犠牲にして逃してくれたんだ」
「それから……大我はどうしたんですか」
「何も出来なかった。それからずっと動けず、いつの間にかかなり長い間眠っていたんだ」
ティアは話をしっかりと聞きながら、自分の知る常識内で内容を噛み砕き解釈する。
本来の事実は、大我はコールドスリープを受け、何千年もの間眠っていたという内容だが、ぼかす様に語られた内容によって、ティアは両親が消耗をしないように昏睡の魔法をかけつつ、その機械達の襲撃を受けないようにしてくれたのだろうと脳内補完した。
「それから目覚めた俺は、まともに動かない身体で外に出た。そしたら、俺の故郷は、知ってる世界はすっかり何もかも無くなってたんだ。家も建物も、人の気配も何もない。俺はもう何が起きたのかわけがわからなかった」
ティアは口を押さえ、戦慄し震える。
話を聞いている分では、その大我の故郷に行われた行為は一方的な虐殺、暴虐でしかない。それどころか、人々がいた痕跡すら残さず、かつてその場所があったという証拠すら残さない。それではまるで、最初からそのような人々はいなかったかのようにされているみたいだ。
どんな目的が相手側にあったのかは知らないが、一体どこまでの憎悪があれば、無辜の人々に害虫を駆除するような殺戮ができるのか。
あまりの現実離れした光景の説明に、信じ難さすら生まれてくる。
「それからしばらくして、俺はアルフヘイムを見つけた。とにかくどこか街に行かないとって、それからボロボロの身体で行くことにしたんだ」
「……それから、私とアリシアに出会った」
「そういうことだ。二人は本当に、俺の命の恩人だよ」
自分との出会いと話が繋がったその瞬間、ティアは俯きながら唇を歪めた。
何かあったんだろうと、訳ありの様子は最初から示されていた。しかし、そんな壮絶な出来事があったとは思わなかった。
可能性こそ考えてはいたが、その予測を大幅に超えすぎていた。
大我の話す事実とティアの解釈。それぞれに微妙なズレや違いこそ現れているが、どちらにせよ凄絶であることには変わりない。
「誰か他に、生き残っていた人は?」
「断言できる。いない。生き残ったのは間違いなく俺一人なんだ。両親も仲間も、俺の知ってる人は誰一人として生きていない」
「そんな……一体なんでそんな酷いことを」
「大雑把に言えば、害になるから……みたいなこと言ってたかな」
言葉も出ない程に戸惑いと困惑の表情が何度も表出するティア。口に出さなくてもその優しさが感じ取れる。
それをよそに、チラッとエルフィの方へと視線を移す大我。
その詳細のデータを持っている上に、なによりその実行者を知っているエルフィは、非常にバツが悪そうな微妙な表情を見せていた。
「その……虐殺をした相手は、まだどこかに?」
やはりというような反応で顔を強張らせ、唾を飲み込む大我。
ティアがその酷いと嫌悪の顔で評した相手の所在は嫌でも知っている。他の誰でもなく、ティア達の神様がその張本人なのだから。
だが、それを簡単に口にするわけにはいかない。信じられないだろうし、何よりそんな事実を突きつけるのはティアには酷が過ぎる。
大我は質問に対しては、真実をぼかすように答えることにした。
「……ああ、まだいる。この世界にまだいる」
「どこにいるかは……」
「………………」
知っているとは言えない。知っていると言えば、アルフヘイムの中心に座する世界樹を指差さなくてはいけなくなる。
大我はその質問に対しては無言を貫き、どうか間違った答えを察してくれるようにと願った。
「わからないですよね。……そこまでの非道なことができる人がどこかにいるのが、悲くて怖いです」
ティアは沈黙を不明の答えと受け取り、納得した。納得してくれた。
その問い詰めない優しさに感謝しながら、大我はふっと笑みを浮かべて緊張の息を吐き出した。
「そういうことがあって俺は、ティアやアリシア、街のみんなが苦しみ殺されるようなことが起こるのが、同じようなことが起こるのが耐えられなくて嫌だったんだ。エヴァンさんと色んな人のとこに向かったとき、あれだけのことをしたバレン・スフィアは、間違いなくそれだけの脅威にはなるんだろうって。あの時と違って、今の俺には力がある。だったら、俺がやるしかないって」
「けど、何も一人で行くことないじゃないですか……エルフィを連れてる大我なら、誰か協力してくれる人だって」
「あれは俺にしかどうにもならなかったんだ。どれだけ強くても、穢れのせいで一方的にやられる。エヴァンさんがやられたのもそういうことなんだ」
大我は生物で、ティア達現世界の住人は非生物。それだけの違いだが、それだけかまとても大きい。
「俺には穢れは効かない。いずれにせよ、俺がいつかやるしかなかったんだ。どうせ元々死んでたはずの命だともその時思ってたし、俺は『ここ』では ただ一人の『異物』なんだ。そういうのもあって、行く決心がついた。いてもいいかもわからない、みんなとは違うイレギュラーなんだし、だったら助けてくれたみんなの為に動こうって」
「………………大我」
憤りに流されるままに大我を攻撃してしまったが、それでも大我の内にある本人にしかわからない苦悩や事情があるのだと、当たり前のことにどうして気づけなかったんだろうと、反省と共にしょんぼりと俯いた。
それでも、このバレン・スフィアの時は協力できなかったが、自分達の危機を取り除いてくれたお礼はできないかと思案し、一つの答えが浮かんだ。
「ねえ大我、その相手に対して今はどう思ってる?」
その質問に、じっと話を聞いては密かにリアクションを見せていたエルフィがはっとする。
それに対する答えは、つまりはアリアに対する本音でもある。命を助けてもらった手前、負い目もあって本音を誰かに言う機会はなかっただろう。
エルフィはこの後の大我の答えには、アリアの側にいる者として耳を傾けざるを得なかった。
「――――色々あったし思うこともある。その一つを言うなら……おもいっきりぶん殴ってやりたいし文句も言いたかったりするな」
なんとか言葉を選んでいるような長い沈黙から告げられた一言。一方的に殺された側としては至極当然の一言だった。
大我が世界樹ユグドラシルの中心へと入ったとき、強化措置から目を覚ましたとき。その二回において、大我は二度アリアの顔を本気で殴っていた。
この世界で生活できるようにと無数の施しをしてもらったとしても、やはりその根本の本音の一つは変わることはないのだろう。
エルフィは何も語らないまま、割り込むこともなく黙って聞いていた。
「もしよかったら、私もその力になれたりしませんか?」
「力に?」
「うん。そんな悪い敵がまだ生きてるのなら、私達だって危ないかもしれないし。それに、大我が私達の力になってくれたんですから、今度は私達が力になる番だと思うんです。大我の家族や友達、故郷やみんなの仇を取るためにも」
ティアの心の底から大我のことを思ってくれた提案。だがそれが、逆に大我の心に突き刺さる。
「その噂も聞いたことないから長くはなるかもしれませんけど、みんなが協力すれば何か情報くらいはあるかも……」
冗談でもなんでもない、本当に心からお返しをしたいと思ってくれているその優しさと笑顔。
だが目の前にいるティアも、その家族や友達、故郷を滅ぼした者から生まれた存在なのだ。
子供や子孫に罪はないことはわかりきっている。
だとしても、この流れでそんな残酷な事実を言えるわけがない。惜しげもなく向けられる健気な優しさが、歯を食いしばるようなジレンマを生み出す。
「私も出来る限り協力します。あんまり強くはないですけど、そんな悪人たちに一度は一泡吹かせたいですから」
心臓を縄で締め付けられらような、口に出せない歯痒い苦しみが大我の胸中を襲う。
その相手は人ではない。頂点から末端まで、創り出した生物兵器以外は全て機械のみ。
そして、目の前にいるエルフの少女も、その悪人と称された殺戮機械の末裔のようなもの。
だが、そんなこと言えるはずもない。長い時を経てもたらされた大きすぎる変化。それが巡り巡ってこのような対話を生み出した運命を、大我はこの時ばかりは恨みに恨んだ。
「だから、今度は私達をいくらでも頼ってくださいね。アリシアもラントも、きっと力を貸してくれますよ」
目の前の純白な笑顔がとても眩しい。眩しすぎて苦しみさえもたらしてくる。
その真実を知っていなければ、もっと単純に優しさを受け止めることができていたのだろうか。
拳を握って感情の逃げ道とすることもできない。左手が動かせないことがここまできついと思ったことはなかった。
これだけなんと言葉を返せばいいのかわからないことはなかった。優しさと事実の間に挟まれ、大我は唇を歪めて泥のように複雑に入り混じった感情を抑えに抑えた。
「……大我、泣いてるの?」
しかし人間という器は、その全てを抑えきれるほどに頑丈ではない。
大我は唯一動く右手を両目を隠すように当て、いつしか一筋の涙を流していた。
何か不躾なことを、傷つけるようなことを言ってしまったのではと、そっと大我の目の前まで顔を近づける。
「う……ぅ……ぁ……いや……なんでも……ない……」
「でも、そうやって泣いてるじゃ……」
「本当に……なんでもないんだ…………」
慈愛に満ちた優しい顔が大我の目の前に案じるように現れる。間違いなくそれは、純粋に大我を心配し思いやっている顔だ。決して誰かに操られているわけでもそうしろと命令されているわけでもない。
だが今は、それが余計にくるものがある。
「ティア……すまない……けど…………少し……エルフィと二人に……」
絞り出すような涙声で、どうか少しだけ離れていて欲しいと安寧のためのお願いをする大我。
最初は少しだけその言葉に戸惑ったが、怪我人に心労や負担を多大にかけるわけにはいかないと、ティアはそのお願いにおとなしく従うことにした。
「……わかった。それじゃあまた、夜に来ます」
「――――ティア」
「なんですか?」
「…………本当に、本当にありがとう」
「……私こそ」
そのやり取りを最後に、ティアは大我の部屋を去っていった。
もしかしたら気づかないうちに酷いことを言ってしまったかもと思っていたが、その最後のお礼に、ティアは少しだけ救われた気持ちになった。
ティアが部屋を離れた後、大我は一人、黙り続けるエルフィの側で声を必死に抑えながら、歯を食いしばって震えていた。
自分のことを案じてくれていることは、大我自身はよくわかっている。だが、その涙の理由をティアは知ることはない。
その心情の奥底、きっかけを知ることは、この世界の根幹や自身の生い立ちまで知ることになるからである。
心から心配をしていたティアが大我の過去を聞いた上で事実を知ってしまったとなれば、ティアがどれだけ傷つくのかは想像できない。
自分達の遥か遠い祖先が人々を虐殺し絶滅させ、さらには自分達はそれらと同じ機械であるということ。下手すればその心が壊れかねない。
そのあまりにも複雑怪奇な捻れ、時代を超えすぎた出会い。大我はその心の縛りが解けきるまで、しばらく泣き続けた。




