この拳は何を穿つために 20
「次はどっちだ! どっちが来やがる!」
たった一人の生身の人間が挑む戦い、ようやくの希望に手が伸び始めた。
残る敵は四体。操り人形も同然であろう巨人を含めなければあと二体。どれだけの差があるにせよ、この魔女を倒すことが出来たならば、無茶を重ねれば多少なりとも勝ちに踏み入ることが出来るということが証明できた。
その先がどうなるかはわからない。あの女の声まで届くのかわからないが、まずは目の前の敵を倒すのが先決。
血まみれの状態で全力の啖呵を切りながら、大我は残りの敵が存在する後方へと振り向いた。
「反則だろそれは……」
後方へ視線を向けたその時、二刀が接近することは予想がついていた。
だが問題はそのさらに背後。一体の巨人の屋根のように大きな右手。その中にぽろぽろと溢れるほどの砂と瓦礫、そして破壊された敵の残骸が包まれていた。
大我がバレン・スフィアでの戦いで何度も使っていた、その場しのぎの数少ない変速戦法。それをさらに有効な形で、大我の何倍も力のある者に使用される。
大我のような人間一人が使うのであれば、ただの目くらましや遠距離攻撃だが、巨人が使うのであれば威力は何倍にも跳ね上がる拡散弾となる。
カーススケルトン達が放った矢の雨の時のようなその場しのぎの手段も無い。まさしく絶体絶命の状況に陥っていた。
「ああもうダメだ、考える余地もねえ! 全部耐えきってやる!!」
肉体由来の防御手段しかないならば、もう残された手段は一つしかない。
死なないこと、運の悪い場所に当たらないことを祈り、ただひたすらに全身で攻撃を受け止めて耐える。
根性論としか言いようのない手段だが、祈る以外に可能性はない。
何千年も前に死んだはずなのに生き残ったその豪運、今願わないでいつ祈るのか。
確実に一人を捕まえる策を脳裏に一つ念頭に置き、大我は迫りくる二つの脅威への防御態勢を取った。
「もう少し持ってくれよ俺の身体」
地面に支柱を立てるように足を踏ん張り、しっかりと目線の先を見据えて全霊の力を込める。
最初に襲いかかったのは、巨人が持つ砂混じりの残骸による拡散弾だった。
大我が破壊して回った人の形をした金属が、砲弾の如き強烈な一撃となって襲い来る。
人とは比べ物にならない程のパワーを最初から持ち合わせていることもあってか、全てのサイズのパーツが無数の種類の痛みを生み出す。
頭部や胴体、手足のような形のはっきり残った部品は、単純に威力のある砲丸でもぶつけられたような一発として、内部に組み込まれている小さな細かいパーツは、肉を貫通しては抉るような銃撃として、それが一斉に突風の如く襲いかかった。
「ぐうっ……がっ……いぎいっ……いっで……ぇ……」
もはや叫ぶような声を上げることもできない、無限に全身から襲い来る痛み。
どこか骨が折れたかもしれない、どこか肉が抉れたかもしれない。はっきりしないが、そのような感覚がある。
だが運のいいことに、大我の身体は擦り切れそうな状態ではありながらも、どこか一部分が欠損するというような状態になることはなかった。
その追い打ちの如く迫ってくる二刀。右腕に携えた剣を刺突の体勢で正面に構え、加速しながら直線的に突っ込んでいった。
「今更交わしながら動いてもどうにもならない。それなら、これしか!」
今ここで倒し切るチャンスを作る方法は殆ど残されていない。確実に一人ずつその好機、大我はこの身を道具としてでも、その僅かな光に賭けることにした。
真っ直ぐ僅かにぶれながら迫りくる刃。このまま行けばどこに突き刺さるかもわからない。細かく小さな動作で避け切るような力も少ない。それならばその力は攻めの方に回すほうがおそらくは確実なのだろう。
まるで処刑直前。男が携える刃に対し、大我は一切避けることはなく、その凶撃を腹部に貫かれながらガッシリと受け止めた。
「げふっ……ぐっ……はぁ……はぁ……こういう捨て身……やってみるもんだな……がはっ……」
一直線に背中まで到達しそうな程の刺突を喰らった大我。いつ頃だったか何で見たのか、わざと己を突かせ、その刃を自らの筋肉の力で受け止め封じる。
かつてはそんなばかなとも思っていたし、それをするようなことも無いだろうと思っていた。
だがそれが、起死回生の一回に活きたのだった。思いつきのアイデアは見事に成功。大我は二刀のうち一本をきっちりと捉えきった。
「どこ……に……い……」
いくら引っ張っても押し込んでも、殆ど動く気配は無い。その度に激痛が走ることは必然なのに、大我は苦悶の表情で大きく歪める様子もない。歯を食いしばり、真っ直ぐと二刀の男の顔を見据える。
もう片方の手にある剣が身体へと振り下ろされる前に、大我は今持てる力を込めたストレートをその顔面に叩き込んだ。
狙ってこの状況を作り出した織り込み済みの大我と、その状態への認識にどうしても一瞬のタイムラグが発生する二刀側。次の行動を起こすまでなら、準備を事前にしているほうが優位。
完全な自律的意識の欠如している二刀側に、この一瞬の死線への付け入る隙を手に入れた大我は、頭部を完全に砕き切り、残る敵は実質一体となった。
「いああああ……ぐううう……! きつすぎんだろこれ……」
刺された剣を激痛と共にゆっくり引き抜き、血を拭っては港内に溜まったそれも吐き出す。
こんな命懸けの攻防一体、もう二度とやりたくないなと思いながら、大我は最後の目標を見据えた。
「あと……一人……!」
もしその希望的観測が正しければ、最後に残されたエルフを破壊すれば、存在そのものが非常に厄介な巨人の動作は止まるはず。そうでなければもう死んだも同然。
奥底から湧き上がる力も少なくなってきたような気がする。余計なことを考えるよりも、早く残された一体を倒すべきだ。
大我は前方と後方、それぞれにいる巨人の位置を確認する。
バレン・スフィアの奥側、前方にいるのはエルフと巨人一体。後方には先程残骸を投げた巨人。
距離は未だ離れている。再び投擲される可能性は大いにあるが、それまでに近づけば、或いは倒すことができればそれもまとめて回避できるかもしれない。
ともかく、今見える現状ではこれが最後。大我は一歩、また一歩と歩みを進め、徐々にスピードを上げていき、苦痛を噛み締めながら全身の筋肉を燃え上がらせた。
大我の意識は正面の一体に集中。巨人のことには目もくれない。
「あいつだけを倒せばいい。考えるのはそれからだ!」
鎌鼬のような疾走、一瞬でその距離を縮め、射程圏内へと入る。
そのスピードを乗せて思いっきり飛び上がり、大我はエルフの首元を狙って爪先から抉るようなキックを叩き込んだ。
エルフは一切の避けるような仕草も見せず、まるで諦めているかのような、これを受け入れるかのように、ただ黙って内部機構が壊れへし折れる音を鳴らしながら一回転二回転と吹き飛ばされた。
長い距離を吹き飛び転がるが、エルフはかたかたとぎこちない動作で起き上がろうとする。
まだ機能停止まで至っていないのかと、確かにはっきりと手応えを感じていた大我は、その状態に小さな焦りと危機感を覚える。
ここまで来て何かされてはたまったものではない。何か起こされる前にトドメを刺さなければと、大我は大きく吹き飛び開いた距離を更にダッシュで詰め寄り、最後の一発として、勢いをつけて飛び上がってからの落下を伴うストレートを放とうとした。
「ごはぁっっ…………」
拳が直撃するその一秒前。大我は後方から一気に接近していた巨人に、大木をも揺らすようなパンチを全身に喰らってしまった。
その図体が巨大な分、地上に立つ人間よりもその一歩の歩幅は大きい。動作そのものは鈍くても、いつの間にか距離が縮まっていたということもあり得る。
それが今回、最悪な形で現れてしまった。
大砲から射出されたように、大我は四回五回六回と何度も叩きつけられるように勢いよく土煙を上げながら地面を転がり、バレン・スフィアの奥へと吹き飛ばされていった。
二体の巨人はそこから更に追い込みをかけようとするが、その操者であるエルフが大我の一撃によって時間差で機能不全を起こし、目標の命を奪うところで到達できず、そのまま機能停止した。
それに連鎖し、ただ操られているだけだった巨人も、動作の支柱を失い動きを止め、ゆっくりと地面に倒れていった。
「が…………ぁ…………ぁぁ…………ぅ…………」
我慢や誤魔化しを積み重ねていたその身体に、車両が激突してきたかのような重すぎる一発を喰らわせられた大我。
全身が悲鳴を上げ、もはや声すらもまともに出せない。ばたばたと痛みに身体を揺らす余裕もない。もうどこの骨がどう折れたのかもわからない。意識がふわふわとしている。
右腕はかろうじて動くような、足もギリギリ動かせるような、そんな抽象的な感覚しか浮かばない。
一秒なのか一分なのか、時間の感覚すらも掴めない。そんな朦朧とした世界の中で、大我の耳に一つの足音がぼんやりと聞こえて来た。
その音は、大我の視線の先であるバレン・スフィアの奥から聞こえてくる。
遠退いてしまいそうな淡い感覚を命綱に、そのぼやけた視界でなんとかその姿を捉えた。
「驚いた。本当に全部倒しちゃったのね。人間なのにやるじゃない」




