この拳は何を穿つために 18
「ごメんnaさイ……ごめ⬛なサい……」
「どこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいる」
「――――――――――――――――――――」
うわ言のようにノイズ混じりの同じ言葉を、またはただの不愉快な雑音を吐き出しながら佇む三体。
一体はずっと左目が白目を剥いたまま、折れたような首を垂れさせ謝罪の言葉を吐き続ける魔女。一体は右に左にふらつきながらエヴァンの右眼のような黒く染まった両眼で世界を睨みつける、二刀流の人間の男性。
もう一体は、両手の指を常にわきわきと動かし落ち着かないが、それ以外は時が止まったように動かないエルフの青年。
それぞれが見せる特徴と、成れの果てを思わせる言動。今の大我にそれをどうこうすることはできない。とにかく倒し、前に進むだけ。
敵の動作をしっかりと注視しつつ、大我は自らの身体を案じ、速攻で終わらせるために真っ直ぐ走り出した。
直後、エルフの青年が口を動かし左手を握る。大我はそれを見逃さず姿勢を低くして防御体勢を取るが、何かが即座に来るという気配はない。
ハッタリなのかと仮説を立てたその時、背後から巨人のストレートが大我は目掛けて放たれた。
「こっちかよ!」
まるで大木を落ちてくるかのような一撃。当たればおそらく死の瞬間をはっきりと感じる前に潰れて死んでしまうだろう。
大我は大きく前方へ飛び上がり、回避も兼ねた前進で距離を詰めようとする。
一撃は免れたと思ったのも束の間、今度は魔女の右手に風が集い、それを空気の弾丸として大我を追いかけるように放った。
さらに巨人の拳の着弾点。凄まじいインパクトが地面を抉り、無数の砕けた岩を飛び散らせた。
「がはっ……! ぐおっ!」
ワルキューレの光弾の際にも当てはまるが、大我は魔法攻撃に対するまともな防御手段を持ち合わせておらず、とにかく身体を丸めて衝撃を抑えるようなことしかできない。
現世界のシステムを使えない肉体故の限界。肉弾戦ばかりの敵ならまだしも、それを駆使する敵となれば話は大きく変わってしまう。
正面からの鋭い風塵弾と、後方から飛び散る無数の岩。挟み撃ちのような形になり、大我は身体の内部に直接衝撃を叩き込まれたような痛みに悶え苦しんだ。
「がはっ……いってぇ……あああ……ごふっ…………」
これまでの人生で体感したことのないような吐血と、体内の骨が何本か折れたと嫌でも感じさせられる感覚。
とにかくなんとか痛みを誤魔化そうと、小刻みに震えては声を上げる、
それでもこの甚大な苦痛は和らぐ気配はない。このままではまともに動けないと、大我はまた一粒黒粒を手に取った。
「げふっ……はぁ……はぁ……」
これを食えば、一度目のように痛みを忘れたように暴れられるかしれない。しかし、ドブをそのまま食べるような想像を絶する不味さが、現状を乗り越えて判断を鈍らせる。
「こんな贅沢……言ってられるか……」
今の状況を顧みれば、死の前には味の酷さは贅沢な悩みなのかもしれない。四の五の言っていられない。
大我は拒絶の意思を圧し殺し、もう一つの黒粒を口にした。
その場に一人、攻めもせず留まっている状況を確認した二刀流の男は、ふらっと予備動作無く加速し、好機とばかりに接近した。
「ぅ゛ぅ゛ぅえええ゛え!! げえっ! おえっ!」
その場で嘔吐き、吐き出さないようにと口を手で塞いで蹲る。そして、ほんの少しだけでも慣れが生まれたのか、それから数秒と待たずに立ち上がり、接近してきた一体にぶつかりあうような突進をかました。
「マシに……なったァ!!」
目に涙を浮かべながら、荒く途切れそうな肩での息で攻撃的な笑顔を向けた大我。
痛みは和らぎ、さらなるエンジンがかかってきた。命を削っているその様相、それでも今この時を乗り切る為に、大我は全力をここで振り絞った。
* * *
その頃のバレン・スフィアの外。地面を崩し、炎を巻き上げ、雷の矢を走らせる。
膨大なスペックに裏打ちされた魔力の余裕をこれでもかと活かし戦い続けるエルフィ。
だが、残骸が積み重なるに連れて、それを足場にしてさらにアンデッド達が近づいてくる。
この無限にも思える掃討戦はいつまで続くのか。どれだけの死体を掻き集めたのかと改めて戦慄を覚える。
そして、エルフィはその中に未体験の違和感を一つ覚え始めた。
「なんだこれ……? 無理やり繋げられてんのか?」
しばらくの間から戦い続けてきたアンデッド達は、残骸をそのまま無理矢理動かしたような、まさしくゾンビの如き群れだった。
しかし途中から妙なものが混ざり始めている。頭部、四肢、胴体、別種族の繋がらないはずのパーツが強引にくっつけられているような個体の存在が確認され始めた。
『あら、さすがにそこ気づく? パーツ単位でしか残ってなかったりするのを無理矢理くっつけてキメラみたいにしたんだけど、強さそのものはそのアンデッドと大差ないのばっかりだったのよね』
組み立てた玩具への拘りを指摘されて喜んでいるかのような態度で、再びその声を表したフロルドゥス。
どこかその声色は退屈しているようにも聞こえた。
『というか、ほんっとあんた達しぶといのね。もうどれだけ時間経ったと思ってるのよ』
「負けるわけにはいかねえだろうよ! アリア様の為にも、この世界の為にも、大我のためにも!」
『ふーん……ほんとそういうとこつまんないわね。そうだ、その大我なんだけどぉ、今あんたの相棒がどうなってるか、見せてあげようか?』
未だ途切れることのない気力を目の当たりにし、心底つまらなさそうな声を出すフロルドゥス。
少しはその必死に頑張ろうとする姿を歪ませて壊したいと、わかりやすくその突き刺さるネタで誘導するために、バレン・スフィアの膜の色を薄め、向こう側をはっきり見えるように調整した。
「大我! ああ……」
エルフィがまず目撃したのは、一面に広がる夥しい数の残骸。この場所に来た当初に視界に写り込んだその軍勢は、全て大我によって蹴散らされていた。
中には単純な動きを繰り返す個体も存在するが、機能停止するのは時間の問題だろう。
そしてそのずっと向こう側。遠く離れた場所にピントを合わせると、巨人が見下ろすその下で、大我が3体の敵との全力の抗戦を試みる姿を確認できた。
無数の傷と出血、動きのキレも明らかに大きく落ちているが、我武者羅にかつ自分なりに考えながらギリギリの戦いを繰り広げている。
「待ってろよ大我、俺も今すぐこいつらを全滅させて……」
この状況を打破し、なんとかバレン・スフィア内部へと入り込み、力を合わせなければと意気込んだ次の瞬間、エルフィの背中に重い衝撃が加わった。
それは倒れたアンデッドの頭部。意識の大半が大我へと向いたその一瞬、今の状況への大きな油断を生み出すこととなってしまった。
なんとかここまで大きな傷を負わずに済んだエルフィに脳内にノイズが走るかのような痛みが加わる。
それを皮切りに、ここまで魔法によって防がれ続けていた攻撃の波が押し寄せ始めた。
なんとか体勢を立て直そうとするが、ダメージの影響か、目立つ一発一発は防げても細かな物にまでは意識が向けられない。
再びバリアを張るその時までの耐久戦。エルフィに試練が課せられた。
『思ったよりすんなり喰らってくれたわね。これだから他人に意識向けたら駄目なのよ』
概ねフロルドゥスの思惑通り。苦しんで無念のまま潰れてくれれたこれ以上の面白みは無い。
せっかくのそれなりに歯応えのある敵なのだから、その大元の心を折るような痛めつけをしなければ気が済まない。
味をじっくりと噛みしめるような楽しみ方で、時折介入しながら傍観を決め込むフロルドゥス。
その下々の戦いを眺めるような視線は、限界に近い状態で肉体を奮う大我へと向けられた。




