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気がつけば、新世界!?  作者: 土装番
傷つく身体、錆びる心
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傷つく身体、錆びる心 4


 迅怜の家を離れ、一度アルフヘイム東へと向かう一行。

 悲しく苦しい話を聞いた五人の空気は、これまてとは比べ物にならないくらいに沈みきっていた。

 予想以上の状況になっていることを知ったエヴァンはもとより、ただ純粋に二人の苦しみを悲しむティア、憧れの一人が過剰なまでに傷ついている姿にショックを受けたラント。三者三様に複雑な心境を見せている中、大我は右手を見つめながら、何か思いつめている様子を見せていた。

 そんな姿を、エルフィがやや心配そうに見つめている。


「エヴァンさん、次はどこに?」


 その重さに少し耐えきれなくなったラントが、その静かな空気に声を加えようと、次の目的地を訪ねた。

 エヴァンは内心、声をかけてくれてありがとうと思いながら、その質問に答える。


「次は……クロエ、クロエ=グレイシアのところだね」


「クロエさん……そういえば確かにあの人も」


 その返答から最初に反応したのは、意外にもティアの方だった。

 

「知ってるのかティア?」


「はい。たまに図書館や本屋で会うことがあって、その度にオススメの本を教えてもらったりしてました。本好きで氷魔法が得意で気が合うって、よくルシールとも話してたりで」


「クロエさんは『銀界の魔女』の異名を持つ、その名の通りの魔女で、でもその実力を見た人は殆どいないらしい」


「よく冷たい眼してるとか、近づくと氷漬けにされるーみたいな噂も流れてたんだけど、そんなことはなくて、結構彼女は愉快な人だったよ。けど、それを気にしてるのか、もうちょっとうまく感情出せるようになりたいって相談を受けたっけ」


 その世界全てを氷塊にしてしまいそうな異名とは真逆に、ティアやエヴァンから入ってくる情報は中々に親しみやすいものばかりだった。

 それでもそんな噂がたってしまうということは、よほど感情表現が下手なのか、はたまたあまりに人と出会わないのかという推測が、大我の頭の中に浮かんだ。


「どんな感じだったんですか? その話」


「えっとね……」


 エヴァンは再び、過去の思い出を振り返る。




『ねえエヴァン、少し……いいかしら』


『うん、いいけど、どうしたの?』


『……私、なんだか感情まで凍ってるとか、人を凍らせてオブジェにしてるとかそんな怖い噂ばっかり出てるみたいで……』


『僕も聞いたことがある』


『そんなことしないのに……うまく感情を出せないのは認めるけど』


『うーん、まず笑顔から始めるとかはどう?』


『…………警戒されない笑顔ってどうやったらできるのかしら』


『ちょっと笑ってみて?』




 いざ笑顔を見せると、まさしく脆弱な者達を弄ぶ氷の女王のようなSっ気溢れる笑顔だったとは言えず、のらりくらりと感想を外した受け答えをしながら、その悩みに向き合っていた。そんな思い出を四人へと話す。


「ああ、それでだったんですね……」


 ティアはかつて、暑い日に出会ったクロエに無表情のままどうぞと氷の塊を渡され、そのまま過ぎ去ったあとでポンっという音と共に冷凍ミカンが飛び出してきたことを思い出した。

 似たような思い出はいくつもあるが、今思えばそれは所謂うまくできない感情表現と、固く思われている雰囲気を和ませようという本人のややずれ気味な頑張りだったのかもしれない。


「ともかく、彼女の氷魔法は本当に凄い。けど、異名のような冷たい人じゃないよ。……っと、そろそろかな」


 思い出話に花を咲かせていると、第二の目的地であるクロエの自宅へとたどり着いた。

 周囲の家からは距離を開けており、やや威圧感のある西洋風の暗い佇まいでいかにも魔女の屋敷という様相を呈している。

 この屋敷の雰囲気もその印象に一枚噛んでいるのではと思いながら、大我は玄関に手を伸ばした。


「……開いてる」


 鍵でも閉まっているのかと思いきや、その扉は閉ざされず開放されていた。

 先程の紅絽のように止める人物も見られない。もし何かあれば、自分が話をしようとエヴァンが考えながら、五人はその屋敷の中へと入っていった。


「僅かながら感じるね。エルフィはどう?」


「俺も、穢れを感じる。こりゃあたぶん」


「近づく程に強まるみたいなパターンかな」


 単体で穢れへの対抗を行える二人の発言に、ティアとラントの表情にやや難色の色が伺える。


「あの、それって大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ。コツも教えてもらったしね」


 信用していないというわけではないが、その軽さに若干の不安を覚えるティア。

 だがその台詞通り、今の所四人にはそれらしい異変が起きる様子も、奇妙な感覚も発現していない。物音一つしない室内を、四人は悠然と歩く。


「やっぱり、この穢れは何か違うみたいだね」


 静かな廊下を進む度、穢れの濃度が強くなったり弱くなったりと移り変わる。

 その中でエヴァンが感じていたのは、アリシアの中にあった穢れと今現在対処している穢れの違いである。

 そのことに関しては門外漢であるためにどうにも言葉では言い表せないが、汎用的な物と特別性の何かというような、感覚的な違いをそこに見出していた。


「誰もいない……わけじゃないよな」


 しばらく歩いているうちに、大我がぼそっと呟く。

 入口から一階のフロアを歩き回っていたが、誰かの気配は全く感じられない。それどころか、室内はまるで廃墟のような寂れた空気に包まれていた。

 廊下はくすみ埃が溜まり、そこかしこに張られている蜘蛛の巣。食器棚も殆ど手を付けられている様子はなく、かろうじてキッチンに触れられた形跡が見られる程度である、

 水回りも汚れているが、使われ続けた不衛生さというよりも、全く手を付けられていない捨てられたような汚れ方をしている。

 人を訪ねるよりも、心霊スポットにいる幽霊を探しているような雰囲気になり始めた一行は、続いて階段を上り二階へと進む。

 誰かが何度か踏み入れてるのか、階段の面は足跡のような薄い埃の跡があり、それが逆に妙な恐怖を煽り立てた。

 室内が陽の光でまだ明るいことが唯一の救いである。


「確か二階に、書斎兼大広間があるんだ」


 エヴァンは、かつて部屋に入った際の記憶を頼りに足を勧めていく。一階程酷くは無いが、二階の廊下にも埃と蜘蛛の巣が溢れていた。

 完全に閉じられていないドアの隙間からは、客人用の部屋らしき一室が見えるが、その中は虫達の住処のようになっていた。

 それをちらっと見てしまった大我は、思わず目をそらして鼻で深呼吸する。


「埃吸うぞ」


「ああ悪い。ちょっとへんなもん見ちゃって」


 エルフィの細かな体調への気遣いが、今はとてもありがたい。その慣れ親しんだ声でも、どこか安心するものがあった。


「ここだ。穢れも濃くなってる。何かあったら早めに言ってほしい」


 二階の廊下を奥まで進み、五人は突き当たりの扉の前で立ち止まる。

 エヴァンからの改めての注意を促し確認を取る。そして、比較的汚れの少ない取手に手をかけ、ゆっくりとその扉を開けた。


「うわ、ひっろい……げほっげほっ!」


 五人は入ったその部屋は、薄暗いために見えづらいが周囲をいくつものぎっしりと詰められた本棚に囲まれた、まさしくエヴァンが言っていた通りの大広間だった。

 部屋の中心には椅子が一つ不自然に置かれており、何かが乗っているようだが暗くてよく見えない。

 本が劣化しないようにと、陽の差す窓には遮光性の高いカーテンがかけられており、そのために明かりの点いていないこの部屋はまだ昼時だというのに沈むように暗い。

 なぜこんなに暗いのかと思いながらも大我は部屋中を見渡しながら前に進み、エヴァンは慣れた手付きで備え付けられた灯りを点ける。


「…………うわあっ!?」


 明かりが灯ると同時に、大我の目の前にあった不自然な椅子にも光が差す。

 そこには、まるで等身大の陶器の人形のような、美しい白銀色の長髪を持った美女が座っていた。

 その光景に思わず声を上げて大我は後ずさる。人形はその瞬間的な大声にも反応する様子は見られない。

 よく見るとその人形には、髪や肩、手の甲や服の上、中々に大きな胸の上に雪のように埃が積もっており、その綺麗な顔にもやや同様の汚れが見える。

 腰をかけている状態でもわかる程の整ったボディラインも相まって、非常に背徳的な景色を作り出していた。


「びっくりした……あれ、どうしたんだよみんな」


 肝試しで驚いたようなリアクションの一方で、残りの三人がそれぞれにいくつもの感情が入り混じった驚きの表情を見せる。

 一際その起伏が激しかったのは、エヴァンとティアであった。


「クロエさん……?」


「えっ?」


「大我君。そこに座ってる彼女が、僕達が会いに来たクロエ=グレイシアだよ」


「……はっ?」


 何を言っているのかわからない。ここまで人形感の強い人物がそうなのかと言われても、すぐに信じることができない。

 大我はもう一度振り向き、椅子に座っているクロエと呼ばれた人形のような女性に視線を移した。

 その時、開いたままの瞳がぐるっと大我の方を凝視する。それから遅れて、それを追いかけるように、まさしく機械的て直線的な動作で頭を動かし、しっかりと目の前の少年を視界に捉えた。


「こんにちは。私はクロエ=グレイシアです。皆様、何かご用でしょうか?」


 口だけを動かして、明瞭な発音と感情のこもっていない喋りで自己紹介を行った人形もといクロエ。

 エヴァンの回想やティアの思い出、ラントの記憶の中にある口調や雰囲気とはまるで違いすぎる無機質な、まさしく感情が凍っているような様相。

 友の変わり果てた姿を見たエヴァンは、唇を歪ませて一言つぶやいた。


「――情失症か」

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