傷つく身体、錆びる心 1
アリシアが寝込んだ次の日の早朝。ネフライト騎士団の訓練所では、灯りの消えた室内で一人、副団長のエミルが両足を広げた立ち姿で精神統一を行っていた。
右手は腰の剣に当て、目を瞑り呼吸を整える。
その状態から三分ほど経った頃、室内にぞろぞろと訓練用の魔導人形が六体入室する。
デッサン人形のような髪も顔もないシンプルな丸い頭に、使い捨ての木の剣が握られた関節丸出しの手。見た目こそ典型的な人形のそれだが、その立ち姿は人間そのもので、一体一体がそれぞれに別々の剣の構えを取っていた。
ジリジリとゆっくり近づいてくる人形達。しかしエミルは微動だにしない。
そしてその内の一体が、剣を大きく振りかぶり叩き降ろした。
「ふんっ!」
あまりにも大きな予備動作の一撃は、エミルに一閃されるだけの長過ぎる余裕を与えた。
居合斬りの要領で抜かれたその斬撃は、人形の首と胴体、木剣を握る右手を綺麗に切断した。
その攻撃を合図に、残りの五体も一斉に斬りかかる。
「はっ! せやっ! はあっ!!」
エミルは数の圧力に動じることなく、一体一体丁寧に斬り伏せていく。
一体は脳天から真っ二つに、一体は頭部と胸を一突き。突きに入った一体は手首ごと剣を手放され、その隙に袈裟懸けに両断。残る二体はまとめて横一閃。力業とも見まごうような豪快な大切断に、人形達は為すすべ無く倒れていった。
全て斬り伏せたエミルは、ふっと息を落ち着けて剣を鞘へしまい込む。
直後、剣の鍔を指で軽く押して剣身を空気に晒し、一気に暗闇に向けて振り抜いた。
抜かれた瞬間、剣は一瞬で炎を纏い、その虚空への一閃は炎の斬撃となって放たれた。
その先には、弓を持った魔導人形がひっそりと構えており、攻撃の準備動作に入ることもなく真っ二つに燃え尽きた。
その完璧な所作から、傍から見ると満足できそうな結果にも見えるが、エミルの表情はどこか不満そうにも見える。
ふと、切り落とした手を右手に持ち、暗闇の方へとぶん投げた。
「いたっ!」
ゴンっと何かにぶつかる音が鳴り、同時に痛がる女性の声が聞こえてきた。
「はぁ……君だろシャーロット。出してもない人形を動かしたのは」
「全く、なんであたしがそんな正確にわかるのよ」
影から姿を現したのは、ラフな薄着を着た、そこそこに背の高くスタイルの良い、豊満な胸を持つ銀色の長髪のシャーロットと呼ばれる女性だった。
その容姿からは、二十代中頃という雰囲気が感じられる。
「その人形は君が練習でよく使ってるだろう?」
「……えっ、それ以外は無いわけ?」
「そうだけど。あとは全部気配と勘だよ」
「ほんっと化物だわ副団長。同じ人間とは思えないくらい」
「褒め言葉として取っておくよ」
「……それで、今度は何があるわけ? こんな朝に身体を動かしてるってことは、何か重大な任務でも課せられてるんでしょ?」
シャーロットは訓練所備え付けの鎧に身を包みつつ、その鍛錬の理由を問いただす。
常日頃から熱心に研磨を続けるエミルだが、何か大きな任務が待ち受ける時は、万全に整えるために早朝からの訓練を行う。
そしてその姿を、シャーロットはいつも見かけていた。
「今はまだ。けど、おそらくそのうちに来る。間違いなく」
「それって、最近蔓延ってるキメラやアンデッド達のこと?」
「多分関係してる。確証はないけどね。近いうちに、アルフヘイム全体を脅かす何かが来る予感がする。あそこまで醜いキメラは、今までに見たことがない」
「ふーん…………ま、副団長が言うなら間違いないかもね」
「嫌な予感ほど当たるものだからね」
シャーロットは、改めて起動させた人形が構える弓の射線上に立つ。
やや緩めな速度の矢が真っ直ぐ放たれると、彼女はそれを片手で突き刺さる前に掴んだ。
右耳に着けたピアスがじんわりと青い光を帯びると、キャッチした矢が氷に覆われる。
それをカウンターの如く人形の足元へ放つと、床から突き出した氷の槍がその身体を貫き、串刺しとなった。
「今回は間違いなく一筋縄ではないかない。本当に何が起こるかわからない。だからシャーロット、しっかりと気を引き締めてくれ」
「わかったわよ。それで、他の皆にはそれ言ったの?」
「まだだね。君がその最初だ」
「ふーん……まあ、その旨は私の隊にも伝えとくわ」
「よろしく頼む」
「…………ちょっと練習付き合ってもいいかしら?」
「もちろん」
話を聞いているうちに胸中に積もったその危機感。
エミル程の実力者の表情に余裕が見えず、それはシャーロットにも伝染する形となった。
感覚的にではあるがその肌で感じる。異形のキメラやカーススケルトンのような穢れを帯びたアンデッドの数が増えていることは間違いない。
(アンデッドも異形のキメラも、私達なら掃討できる自身はある。しかし……なんなんだこの不安は? それだけでは終わらないような、最悪の可能性を感じるような胸騒ぎは)
それが何を指しているのかはわからないが、その不安の未来がまだ訪れていない以上、今は準備を整えることしかできない。
二人は改めて気を引き締め、その時が来るまでの準備を整え始めた。




