黒い炎心 7
一方、二対一の戦いを観戦しているティアとラント。
ティアは大我が怪我してしまわないか少し心配しながら見守り、ラントはその戦いを、興奮しつつ参考にしながら観戦していた。
ラントの視線は、九割方、エヴァンの方へと向いている。
「すっげえなあ……やっぱりすげえよ……」
「さっきからそれしか言ってないような」
「仕方ねえだろ、実際すげえんだから。俺の目指してるものとは違うけど、それでもすごいんだよ」
脳を削り取られたように貧弱な語彙で、何度もすごいすごいとつぶやき賞賛するラント。
勝負自体は間違いなくエヴァン優勢。ところどころチャンスや隙は見えても、魔法禁止という縛りを行っている状態。
細かい部分で見える卓越した技術と、その技量に、ラントはとにかく驚かされた。
ここで、ふとラントに一つの疑問が浮かび上がる。
「そういや、なんであいつ、あんな必死に戦ってんだ」
「……大我のこと?」
「ああ。あいつ、アリシアとは出会ってたいして経ってないだろうし、そもそも余所者なんだろ? それなのに、エヴァンさんに会いに来たのだって、アリシアのためだった。どういうことなんだ?」
ラントの疑問は至極当然の物だった。
それ程長い付き合いでも無いにも関わらず、ずっとどこに行ったかもわからない人物を探すということまでやってのけるというその行動力。
好意を抱いているのかもしれないが、ラントはそこがよくわからなかった。
「……たぶん、大我はお人好し……良く言えば、優しいんだと思う。それもとびっきりに」
「お人好しか……」
「私も、そんなに一緒に過ごしたわけじゃないけど……なんとなく分かるかな」
ティアの視線は、一度勝負の最中である大我へ向けられ、それからすぐにラントへと戻される。
「そもそも私達が大我と出会ったのは、アリシアが狙ってた巨大猪から逃げてきてた時なの。その時は今よりもふらふらで、あんなに強くもなかった。けど、そんな状態なのに、私を庇って逃げろとまで言ってくれたの。そんなの、相当なお人好しにしか出来ないと思うから」
大我と出会った時のことを喜々として話すティア。
その様子から、大我に対して強い信頼を置いているのだと、ラントは肌で心で感じ取った。
「なるほどな。あいつ、そんな奴だったのか」
一方的に嫉妬の如き悪感情を大我に抱いていたラント。何度か続いた交流を経てそれ自体は薄くなっているが、どんな奴なのかということまではまだ知らないし興味もなかった。
その壁が少しだけ、さらに崩れ薄くなったような感覚を覚えた。
* * *
それからしばらくの間、大我とエヴァンの勝負は続き、一種の膠着状態に陥っていた。
動き回り疲れの見える大我。足下を小さく爆破しながら動いた結果、何箇所も抉れた場所が散見される。
一方のエヴァンは、力配分の上手さか、大我程疲れている様子は見えない。
しかし、久方振りの対人戦。感覚を取り戻すまで時間がかかった分、それまでとは違う疲れが僅かながら蓄積していた。
「はぁ……はぁ……エルフィ…………何か思いつかないか」
「…………出てこないな」
手詰まり感の強い二人。強者相手に、素人がその場で思いついた戦法をとにかく試しても、すぐに対応されてしまう。
何か、せめて一発でも喰らわせられないかと頭を回す大我。その時、すぐ側で流れる川がふと視界に入った。
「なあ、エルフィ」
「どうした」
「少しいいか」
大我の脳裏に描かれた、次の思いつきの対抗策。それを聞いたエルフィは手をポンと叩き、最初に納得の意思を示す。が、続けて不安そうな表情を見せる。
「いいなそれ。けど、大丈夫なのか? そんな捨て身みたいなことやって」
「大丈夫だ、やってくれ」
「わかったよ。色々詠唱する分ほんのちょっとだけ時間がかかるからな」
軽く背中を叩いた後、エルフィは目を瞑って手を重ね、ぶつぶつと詠唱を呟く。
大我は身体に襲い始めた、重力がのしかかってくるような疲れをふんばって耐えつつ、走り出しの準備を整えた。
「……精霊の詠唱に大我君の構え。これは……先制したほうがいいかな」
何かやろうとしていることはわかる。しかしその判断材料が足らない。
詠唱を待ちつつ攻めてこない。ならば、精霊の魔法と共に攻めようとしていると思われる。
その思考へと誘導するためのフェイクとも考えられるが、一連の戦いからして、そのようなことを考えるとは到底思えない。
ならば、やはり当初に考えた同時攻撃が正解だと、エヴァンは考えた。
そうはさせまいと、ナイフを槍に変化させながら正面から突っ込んだ。
「まだか!?」
「今終わったっ!」
猛獣の如き素早さで接近するエヴァンに、思わず焦る大我。
その直後、エルフィの魔法の詠唱を終えたらしい言葉を聞く。
「よし、頼んだ!」
「任せろァ!」
気合の入った一声と共に、エルフィは前に拳を突き出した。
その時、エヴァンは川の水面に波紋が一瞬広がったのを、横目に察知した。
接近をその場で止め、顔をその川の方へと向ける。
「何かが来る……」
おそらくはハッタリではない。事前の準備もあり、何かを仕込んだのは間違いない。
一秒程の思考を置いたその直後、突如水面が盛り上がる。そして、その膨らみは破裂し、水を弾き飛ばす爆発を起こした。
「なっ……!」
正面からでは無く、別方向の搦め手の可能性を考えていなかったわけではないが、まさか先程使った土かけと似たような手を使うというのは予想外だった。
何百何千という水滴の水飛沫が、エヴァン目掛けて襲いかかる。
ただの水滴が当たるならば、ダメージも何も無い。しかし、この水滴は明らかに硬かった。
「凍らせたのか……!」
エルフィは、無数に放たれた水飛沫を一瞬で凍結させ、まるで散弾の如き氷雨をエヴァンへと浴びせた。
その状況を確認した大我。足下を爆発させながら、一気にダッシュを仕掛ける。
「そういうことか」
エヴァンはこの時、脳内で大我側が仕掛けた策を自分なりに解き始める。
川の一瞬の変化を悟らせ、足止めさせる。直後、爆破によってばら撒かれた水滴を凍結させ、ダメージを与えながら動作を封じる。
その隙を狙い、大我が一気に走り出し、爆破の加速を加えた一撃を叩き込む。
一連の行動を見るに、おそらくはそれが答えだろうとエヴァンは解を導き出す。
「クロエみたいなことを思いつくとはね……でも、そう簡単にはっ……!?」
過去の仲間の名前を出しつつ、エヴァンは片腕で氷の飛沫を防御しながら、もう片方で槍を持ち、真っ向から大我を迎え撃とうとした。
しかしここで、意識外の罠にかけられたことに気づく。
「足下を凍らせた……!」
構えを整えようと立ち位置の調節を始めたその時、足元にそれまで無かった抵抗を体感した。
何をされたのかと視線を真下に向ける。エヴァンの足下は、周囲一帯の土ごと固定するように凍らされていた。
思いっきり力を入れれば引き剥がせそうな程の、大したことはない硬さではあるが、まさしく一瞬の足止めという選択肢には充分な一手だった。
魔法を使用すれば、すぐにでも溶かし体勢を立て直せるが、この勝負は魔法縛り。枷によって有効打となった正解の選択。
一方の大我は、爆発と共に走っている。そんな状態ならば、地面が凍っていることなどまず関係ない。
引き剥がした頃には、その拳は自分に到達しているだろうと、エヴァンは諦めたように両腕を構え、防御の体勢を取った。
「一本取られたよ」
「おらああああぁぁぁぁぁぁ!!」
渾身の叫びと共に、加速した身体に乗せて、大我は全力のストレートを叩き込んだ。
その威力を乗せ、エヴァンは地面を削りながら、後方へと勢いのまま押されていった。
「硬い……?」
全霊のパンチを確かに叩き込んだ大我。しかし、ダメージは与えられただろうが、感覚的な手応えが無い。
両腕に走る痺れるような衝撃が抜けてきた頃、エヴァンはその体勢を解き、ナイフを鞘へと仕舞い、笑いながら近づいてきた。
「いやー、思わず魔法使っちゃったよ。これは僕の反則負けということで、そろそろ終了でいいかな?」
爽やかな顔で、両手を振って攻撃をしないという意思を見せながら近づいてくるエヴァン。
元々はアリシアの所へ連れて行くため、手加減も付けての雑念払いの組み手。真剣勝負ではないものの、ここで中断されるのは、どこか煮え切らない想いが大我には芽生えていた。
「…………もしかして、最後はわざと使ったんじゃあ」
「さて、それはどうだろうかね。けど、これだけは言える。あそこでちゃんと防御してなきゃ、ちょっと危なかったかも」
「…………ちょっとかよ」
諦めの念のような、疲れた様な息をふっと吐いてから一笑する大我。
そもそもは魔法無しのハンデ戦。それなのに、勝負はほぼ一方的で、時々チャンスが転がり込んでくる程度。
先程の衝撃を軽減させたらしい魔法も、通常時なら容易に使えるものだろうと考えられる。
もしこの状態から魔法が使えるとなれば、もはや笑うしかない。最強と言われる所以は伊達ではなかったらしい。
「でも、久々にこんな気持ちになったよ。あの時からずっと、戦っては嫌な気持ちになってばっかだった。ようやく楽しく戦えた。そんな相手には、せめてもの敬意を払わなきゃね」
「それじゃあ……」
「ああ、アルフヘイムへ帰る。この戦いのお礼だ」
悔しさは残るものの、当初の目的がようやく達成された。
わからないなりに突っ込んだのは無駄じゃなかったと、エルフィの小さな手と手を叩き合い、その成功を喜んだ。
直後、かっ飛んでくるように、ラントが大我へと飛びかかった。
「大我おめーよお! さっきの氷ちくちく飛んできて痛かったぞ!」
「そういう風に撃ったエルフィに文句言えよこの野郎!」
「俺は大我の言う通りに撃っただけだぞ」
「あっ、汚えぞ!」
「てめーこの野郎ー!」
わちゃわちゃし始めた三人。悪態をつきながらも、その様子はどこか楽しそうに見えた。
その一方、ティアはエヴァンの方へ近づき、そっと三人の姿を見守っていた。
「ありがとうございます。戻ることを選んでくれて」
「いつかはこんな日が来るんじゃないかとは思ってたよ。けど、色々積み重なってここまで面白いとは思わなかったけどね」
「色々?」
「こっちの話さ。君達が来てくれたのは、所謂天啓なのかもしれないな」
「――そういう大層なものじゃないですよ、私達は。ただ、大切な友達が元気になってくれるのを期待してここまで来ただけですから。そこに神様とか啓示とか、関係ありません」
「そうか……」
二人の間で、他愛ない会話を優しく交わし合う。
二人と三人、それぞれに形成された空間は、エヴァンにとっては懐かしい、悪意も敵意もない温かい場所だった。




